戦場で余裕を感じたことは少ない。
 だが、ここまで追いつめられたことも初めてかもしれない……とそうも思う。
「……本当にナチュラルなのかよ、こいつらは……」
 ミゲルはそう呟く。
「だからといって、負けてやるつもりはさらさら無いけどな!」
 そんなことになれば、後から何を言われるかわかったものではない。いや、それどころかあの世――そんなものがあるのかどうかは知らないが――でもゆっくりと眠っていられないはずだ。
「……ともかく、三機の連携を崩す方法を考えないとな……」  個別であれば何とかなるのではないか。そう思いながら、ミゲルは敵の機体を見つめる。
「っていっても、俺一人じゃ無理、だけどな」
 だからといって、クルーゼに声をかけるのは少しためらわれる……と言うのも事実だ。向こうから書けてくれるのなら万々歳だけど、とも付け加える。
「やっぱ、キラかラスティと一緒の方がよかったなぁ」
 そうすれば、別の意味で気を遣わなくてもよかったのに……とも思う。もちろん、これも言っても仕方がないことだ、と言うことはわかっていた。
『ミゲル』
 まるでタイミングを見計らっていたかのように、微かな苦笑を含んだクルーゼの声が通信機から流れてくる。
「……聞いていましたね、やっぱり……」
 回線をオープンにしていた以上、その可能性がないとは言えない。だが、普通は聞いている余裕なんてあるはずがないのだ。
 もっとも、クルーゼを《普通》の範疇に入れることなんてできるはずもないが。
『取りあえず、ヴェサリウスの方向へどれかを追い込め』
 それは他の連中に任せよう……と彼は付け加える。
 他の誰か、というのが誰のことかはわからない。だが、彼ができると判断した相手なのだろう。あるいは、一人ではないのかもしれない。連中以上の連携が取れているのであれば可能なのか、とそう判断をする。
 ならば、自分が口を挟む問題ではない。
「了解です」
 自分にできることは、彼の指示に従うことだけだ、とそう結論を出す。
 その代わりに、即座に思考を切り替える。
 いったいどうやって追い込もうか。
 そう考えた瞬間、何かぞくぞくとしたものがわき上がってくる。その気持ちのまま、ミゲルはM−1の向きを変えた。

 手応えがないくせに雲霞のごとく襲いかかってくる地球軍のMSに、いい加減イザークの理性は切れかかっていた。
「こいつらは!」
 何故、こんな風に、無駄に命を捨てようとするのか。そう考えれば、さらに機嫌が悪化していく。
『イザーク』
 そんな彼の耳にディアッカの声が届いた。
「何だ!」
『クルーゼ隊長からお呼び出しだ』
 厄介な連中とやり合っているらしい、とその後に続く。
「……隊長とミゲルで片づけられないのか?」
 珍しいこともあるものだと思いながら、襲いかかってきた機体を撃ち落とす。
『例の、連中らしいぞ』
 だが、この言葉で納得ができる。
 人工的にコーディネイターレベルの身体能力を与えられた人間。そんな連中が複数相手であれば、確かにあの二人でも苦戦するかもしれない。
「わかった」
 そう言うことなら、応援に駆けつけなければいけないだろう、とイザークも判断をする。
「母艦の方は……しばらく、キラとアスランに任せておけばいいか……」
 そして、厄介な連中さえ自分たちが引き受けていれば、ミサイルの迎撃は他の連中でも大丈夫だろう。
『そう言うことだ』
 もっとも、キラには不満かもしれないが……とそんなことも考えてしまった。
 彼が、他人を傷つけるという行為に強い罪悪感を抱く人間であることはよくわかっている。そして、今回、キラが奪っている命の和は、今までの比ではないのだ。
 だからといって、代わってやれるわけではない。
 精神的なフォローは――忌々しいが――アスランに任せるしかないだろう。ならば、自分は気分転換の方法をいくつか用意してそれに付き合わせるしかないのではないか。
「くだらない戦いは、さっさと終わらせるに限る」
 この呟きとともに、イザークはヴェサリウスの方向へとスロットルを切った。

 この戦いを根本的に終わらせるにはどうしたらいいか。
 ニコルはそんなことを考えていた。
 いや、彼だけではない。他の者も、だ。
『きっと……地球軍を全滅させてもダメなんだ』
 いつのことだったろう。キラがこんなセリフを口にしていた。
『それを命じる人がいる限り、また人が集まるんだろうね』
 その時は聞き流していた言葉を、どうして今思い出してしまったのか。きっと理由があるはずだ、とニコルは思う。
「……この場であれば……指揮官が出てきているかもしれません」
 自分ならとても考えられないが、自分たちの勝利を過信している地球軍の指揮官であれば、自ら戦場に出てきているかもしれない。
 その指揮官を捕らえることができれば、この戦争を終わらせることはできないか。
 そう、ブリッツの機能を使って、だ。
 しかし、それを行うには自分一人では無理、と言うこともわかっている。
「ラスティ……ちょっと協力をしてくれませんか?」
 だから、今はコンビを組んでいる相手に向かってこう声をかけた。
『何をする気だ?』
 即座に彼がこう聞き返してくる。
「雑魚を相手にするのにもあきてきたので……敵の旗艦を拿捕してしまおうかと」
 にっこりと微笑みながら付け加えられた言葉に、さすがのラスティも一瞬絶句したようだ。だが、すぐに笑い声が返ってくる。
『面白そうじゃん』
 そして、こう言い返してきた。
「ラスティ?」
『そう言うことなら、付き合ってやるよ』
 何をすればいい? と彼は付け加える。
「取りあえず、この場をお任せすることになる、と思います。かまいませんか?」
 自分が敵の旗艦を探し出すまで……と問いかければ、
『了解』
 と即座に返答が戻ってきた。それにニコルはにっこりと笑う。
「では、行ってきます」
 そして、こう告げるとともに行動を開始した。