ゆっくりと目を開けば、あどけない表情を浮かべたまままだ眠りの中にいるキラの顔が確認できる。
「……無理をさせちゃったかな」
 いつもなら、自分が起きるのと同時ぐらいに彼も目を覚ましてくれるのに、とアスランは眉を寄せた。
 だが、今日はまだ眠りの中にいる。
「それとも……それだけ、疲れがたまっていたのか」
 そっちの可能性も大きいな……とアスランは思う。この航海に出てから、ゆっくりとしている姿を見たことがなかったのだ。だから、と思う。
「……もう少し、寝かしておいてもいいよな」
 というか、そうしてやろう……と考える。せめて、時間ぎりぎりか、でなければ呼び出しが来るまでは、だ。もちろん、その時のキラの怒りは覚悟している。
 そんなことを考えながら、ゆっくりと寝返りを打つ。そして、キラの体を抱きしめようと手を伸ばしかけたときだ。
「……そうさせて差し上げたいのは山々なのですが……」
 この場で聞くとは思わなかった声がアスランの耳にたたきつけられる。
 いや、その声に限らず基本的に二人だけのこの空間で、自分達が招き入れることなく他人の声が聞こえるはずがないのだ。
 だが……と心の中で呟く。
 彼女であれば、常識を放り出してでもやってくるに決まっている。
 でも、できれば何かの間違いであって欲しい。そんなことを考えながら、アスランはゆっくりと視線を向ける。
「私、キラと貴方にお願いがありますの」
 しかし、自分の目の前でにっこりと微笑んでいる相手は、やはり予想通りの人物なわけで。
「ラクス!」
 キラが隣で眠っている、という事実を忘れて、アスランは思わず叫んでしまう。
「……う、ん……」
 それがキラの眠りを妨げてしまった……と気づいたときにはもう遅い。彼の瞳はゆっくりと開かれてしまう。
「……アスラン……」
 それでも、まだ完全に意識が覚醒していないのだろう。どこか幼さが残る微笑みをまっすぐにアスランに向けてくる。二人だけなら、本当に嬉しいシチュエーションだよな、と心の中で呟いてしまった。
 だが、ここにはもう一人《悪魔》がいる。
「あぁ、やっぱりキラはかわいらしいですわね」
 感極まったような声音で彼女がこういう。
 それがキラの意識を一息に覚醒まで導いたらしい。
「え? ラクス??」
 慌てたように体を起こそうとする。そんな彼をアスランは慌ててベッドに沈めた。
「……ダメだよ、キラ……」
 さりげなく彼の鎖骨のあたりを指先でつつけば、何を言いたいのか察してくれたらしい。
「ともかく、ラクス」
 アスランはため息とともに彼女に向かって声をかける。
「一度、部屋から出て頂けませんか?」
 自分たちに身支度を調える時間を与えて欲しい、とアスランは言外に付け加えた。自分ならともかく、キラの裸を彼女に見せたくはない、とも思うし。心の中でそう付け加える。
「私は気にしませんわ」
 にっこりと微笑みながら、彼女はこう言い返してきた。
「俺たちが気にするんです!」
 ともかく、さっさと出て行け! とアスランは言外に告げる。もっとも、それで彼女がおとなしく出て行ってくれるような性格ではない、と言うこともわかっていた。だから、アスランはさらにこうも付け加えることにする。
「どこに誰の目があるのかわかりませんからね。俺はともかく、キラに関してあれこれ言われると、まずいと思いますが?」
 特に、今の時期は……と言えばようやくその事実に気が付いたらしい。
「そうですわね」
 思い切り不本意だが、とラクスは吐息とともにはき出す。そのセリフさえ聞かなければ、まさしく《歌姫》らしい仕草だと言える。だからこそ、皆が騙されるのだろうか。
「残念ですけど、仕方がありませんわ。外でカガリ達と一緒にお待ちしておりますわね」
 しかし、その後に続けられた言葉は、キラをさらに追いつめてくれる。
「……カガリ……?」
「それと、シン様とラミアス様……それに、ディアッカ様ですわ」
 男性陣二人に関してはいい。彼等も自分たちの関係はよく知っているはずだ。それにこういう状況に踏み込んだからと言って、今更焦るような性格をしてはいない。
 しかし、カガリはどうだろうか。
 はっきり言って、ものすごくまずい、と思う。
「なら、最初から外で待っていてくださればいいのではありませんか!」
 端末で連絡を入れてくれれば、自分たちはちゃんと起きた! とアスランは心の中で呟く。
「それでは私が楽しくないではありませんか」
 きっぱりと言い切る彼女に、アスランは二の句を告げない。そして、そんなアスランの隣で、キラがしっかりと体をこわばらせているのがわかった。
「ラクス……」
 本当に、どうしてこうもいい性格になってくれたのだろうか、彼女は。
 最初に出会った頃のあの印象のままでいてくれればどれだけ幸せだっただろう……とアスランは心の中で呟く。
 キラであれば、どれだけ印象を裏切ってくれてもかまわないのだが……と付け加えるあたり、自分がどれだけキラを好きなのか、わかってしまうが。そのくらい、自分の中でこの二人の間には格差があると言うことだろう、とアスランは結論づける。
「できるだけ、早く出てきてくださいませね。そうですわね……三十分経っても出ていらっしゃらないときはまた踏み込ませて頂きますわ」
 ピンクちゃんは鍵を開けるのが得意ですのよ……という言葉に、アスランは呆然としてしまう。自分はそのような機能は付けた覚えがないのだ。
「……アスラン……」
 ようやくラクスが部屋の外に出て行ったことを確認して、キラが呼びかけてくる。
「カガリに踏み込まれなかっただけでも……マシだ、と言うことにしよう……」
 アスランはこう言い返す。
「そう、だね」
 着替えようか……と呟きながら、キラが体を起こした。そんな彼の象牙色の肌にうす紅色の花弁が散らばっているのが見える。その瞬間、やばい衝動がわき上がってきそうになるのをアスランは必死にこらえた。
「まずは、シャワーかな」
 水でも浴びれば、少しはすっきりとするだろうか。そう思いながらベッドから滑り降りる。
「……そうしようか」
 その後を、当然のような表情でキラが付いてきた。
 シャワールームでアスランが自分の理性を試されたのは言うまでもないだろう。