月面に地球軍の艦隊が集められている。その光景を、アズラエルは満足そうに見つめていた。
「……アズラエル様……」
 そんな彼の耳に、部下の声が飛んでくる。
「何ですか?」
 人払いをしていたにもかかわらず声をかけてきた……と言うことは、何か重大なことが起きたのではないか。そう判断をして、視線を向ける。そうすれば、サザーランドの顔が確認できた。
「先発隊が……ザフトと接触をしたそうです」
 そして、相手に逃げられた……とサザーランドは続ける。
「そうですか」
 この時期にうかつなことを……とアズラエルは思う。それでこちらの作戦が知られる可能性だってあるのだ。
「どうせなら、見逃せばいいものを」
 気勢を上げようとしたのだろうが、相手に気づかれては意味がないだろう。そう付け加える。
「申し訳ありません」
 即座にサザーランドが頭を下げた。だが、それは彼の保身からではないか、と思う。
「言葉だけの謝罪では意味がありません。後は行動で示して頂きましょう」
 あの忌々しい砂時計を破壊する、という……と告げれば、目の前の彼はしっかりと頷いてみせる。
「あぁ、そぉでした」
 不意にあることを思い出して、アズラエルは口を開く。
「目標だけは殺さないでくださいね。傷つけてもかまいませんが」
 生きてさえいてくれれば、いくらでも利用できるが、殺してしまっては元も子もない。
「一応、どこにいるかぐらいはそのうち情報が入ってくるはずですしね」
 まだまだ、手駒はあちらに残っている。だから心配はいらない……と笑うアズラエルに、サザーランドは尊敬の眼差しを向けてきた。
「仕方がありませんね。作業を急がせてください」
 ばれているのであれば、全力で叩きつぶせばいい。数は自分たちの方が有利なのだから。
「全兵力を向けて一息に叩きつぶします」
 それでくだらない争いは全て終わるはず。
 残ったあれらは、自分たちのために死ぬまで働かせればいい。それはすばらしい富を与えてくれるだろう。
 まだ確定した未来ではない。だが、アズラエルの中でそれは既に決定事項だった。

 目の前に一機のシャトルが停止する。
 その瞬間、その場に並んだ者達の背筋が伸ばされた。
「おやおや」
 その様子に、クルーゼは苦笑を浮かべる。もっともその声を聞いたのはすぐ側にいるカガリ達と背後にいるイザーク達だけだろう。逆に言えば、そうだからこそこんな呟きを漏らしたのだが。
「さすがは、ザフトの歌姫か」
 フラガもまた感心したような呟きを漏らす。
「だが、よかったのか?」
 しかし、その後でこう問いかけてきた。
「何が、だ?」
 この調子であれば、自分の疑問を解消しなければいつまでもぶつぶつと呟きかねない。それがわかっているから、クルーゼは仕方がない、と言うように聞き返す。
「キラとアスランを呼び出しておかなくて、だ」
 前回の様子だと、キラがいなければラクスごねるんじゃないのか、と彼は付け加える。
「あの二人は、今、睡眠時間だ。そう言えば、ラクス嬢も納得してくださるだろう」
 ここに集まっているものも、多くは睡眠時間のものと手が放せないものは除外されているのだし、と彼は続ける。
「だから、あの二人を呼び出すのは明日でいいだろうな」
 それに、とクルーゼは意味ありげな笑みを浮かべた。その瞬間、パイロット達が緊張に体をこわばらせているのがわかる。
「ここにはカガリがいる」
 だから、今日一日は何も心配はいらないだろう……と付け加えた。
「私?」
 いきなり話題を振られたからだろう。驚きを隠せないという様子でカガリが聞き返してくる。
「ラクス嬢がおいでになった理由はお前だからな」
 だから、責任を持っておつきあい頂きなさい……とクルーゼは優しい口調で告げた。
「わかりました。でも……」
 自分は一人では勝手に行動するな、と言われている……とカガリは小さな声で呟く。それは、万が一のことを考えてのことだったのだが、ちょっと脅かしすぎただろうかと思う。
「あぁ、心配するな。そこにいる四人のうち、誰かを付き合わせる」
 それに、ラミアスさんも一緒にいてくれるだろう……とクルーゼは付け加えたときだ。背後から、意味不明のうめき声が響いてくる。それがどういう意味で発せられたものなのかはあえて問いかけない方がいいだろう、とクルーゼは思う。
「まぁ、ラクス嬢も今日はお疲れのようだからな。無茶はなさらない、と思うが」
 相手が相手なだけに確実とは言えないのだが……とクルーゼは苦笑を深める。
「……わかった」
 取りあえず、今日だけはあの二人の邪魔をさせなければいいんだな? とカガリが問いかけてきた。
「そう。今日だけでいいからね」
 明日からは自力で何とかできるだろうし……とクルーゼは彼女に微笑みを向ける。
 その瞬間だった。
 シャトルのハッチが開く。
 同時に、鮮やかな桜色が視界に飛び込んできた。