せっかく、キラと同じ艦に移動してきたのに、なかなかゆっくりと話す機会がない。それは仕方がないことだ、とはわかっていても、ちょっと悔しい……とシンは思ってしまう。
「どこを見ているノ?」
 くすり、と笑いを滲ませながらアイシャが問いかけてくる。彼女のことだ。当然、自分がどこを見ていたかなんてお見通しだろう、とそう思う。それでも、問いかけには答えなければいけない。それもわかっていた。
「キラさんです……疲れているのかなって……」
 彼の背中が小さく見えるから……と付け加えれば、アイシャも同意をするようにため息をつく。
「今、忙しいのはわかるんだけどネ」
 少しは休まないと……と彼女は呟いた。
「アンディに言って、強制休暇でも取らせるべきかしラ」
 それとも、薬を盛って強引にでも眠らせるべきか……と物騒なセリフを付け加えられては、シンとしても見過ごせない。
「アイシャさん」
「冗談ヨ」
 即座にこう言い返してくれる。だが、そう思えなかったのはシンの錯覚だろうか。いや、と彼は心の中で付け加える。八割は本気だったに違いない、と。
「ともかく、確かにチョット休ませた方がいいわネ。今の様子なら、当分、地球軍は出てこないでショ」
 本国に戻ってしまえば、そんな暇はなくなるのではないか。そう彼女が呟いたときだ。
 艦内に非常警報が鳴り響く。
「ナニ?」
 地球軍の襲撃か! と誰もが思う。
 しかし、どう聞いても警戒警報ではないのだ。そして、戦闘を知らせるものでもない。
「艦内で、何かありましたか?」
 それとも……とシンの背筋を冷たいものが伝い落ちていく。
「カガリ様が、何かしでかしたのか?」
 その可能性の方が大きいかもしれない……と思ってしまう自分はどこか間違っているのだろうか。
「戦争ではないから、そうかもしれないわネ」
 しかし、アイシャもそれを否定はしてくれない。
「取りあえず、確認してみまショ」
 そうでなければ意味がない……と口にしながらアイシャは立ち上がる。そして、そのままM−1のハッチから身を乗り出した。そして、そのまま、下にいる整備クルーに呼びかけようとしているらしい。
 だが、彼女が口を開くよりも早くキラの声がデッキ内に響き渡った。
「ラクスが! どうして本国が彼女の出国を認めたんですか!」
 しかも、目的はここか! とキラが焦りを隠せないというように言葉を重ねている。
「きっと、ラクスの目的はカガリだな……」
 その後にアスランの諦めきったような声が続く。
「待ちきれなくて、迎えに来たんだろう」
 というよりも、そういう口実で本国を追い出されたか……だな、とアスランの声が続ける。
「アスラン……」
「……父上にでも確認してくるよ」
 その声も、信じられないくらい力がない。
「あの二人が怖がるような相手なのか、その人……」
 話を聞いていただけでは、とてもそうは思えなかったけど……とシンは悩む。
「本人に会ってみればわかるわヨ」
 その声が聞こえたのだろう。アイシャがこう言って苦笑を浮かべていた。

 同じ頃、ヴェサリウスでも動揺が広がっていた。
 いや、正確に言えばごく一部で、だ。
「……本当なのか、それは……」
 本気で嫌そうな表情でイザークがこういう。
「嘘じゃないぞ。口実もあるらしいからな」
 例の声明に対する本国の意思表示なんだろうな……とディアッカは言い返した。
「本国は、無条件で隊長とキラを信じる、と言いたいんだろう」
 というより、疑う方がおかしいのだ……とディアッカは思う。これが、ブルーコスモスのスパイだった、というのであればともかく、あの二人はオーブでも《親コーディネイター》と言えるアスハ家に連なるものなのだから。そんな彼等が、それこそウズミの命を盾に取られない限りうかつな行動を取るはずはない。
「カガリ嬢がここにいる以上、不安はない、と思いますけどね」
 ウズミであれば歴戦の勇者と言うことだろう。キラ達の言葉から推測すればそう言うことになるのではないか……とニコルが口を挟んでくる。
「だが、一番の理由はそれじゃないかもな」
 ぼそり、とラスティが爆弾発言をしてくれた。
 いや、誰もがそれは考えていたのだ。しかし、あえて口にしていなかっただけ……とも言える。
「……ラスティ……」
 それなのにどうして……とディアッカはため息をつく。
「いやな……何か、ラクス嬢がとんでもないことをしているらしいって話を、聞いたからさ」
 それと関係あるのかな、ってそう思って……とラスティは頬を引きつらせながらこういう。
「……とんでもないこと?」
 なんだそれは……とイザークが問いかけている。いや、イザークだけではなく自分もニコルも興味津々だと言っていい。どこから仕入れてくるのかわからないが、ラスティが掴んできた情報は何よりも正確だったりするのだ。
「……オーブにな、噂と怪文書を流しているんだと」
 取りあえず穏和な部分だと……と彼は言い返してくる。
「噂?」
 穏和な、という部分も気になったが、取りあえず内容が知りしたいと思う。そう思ってこう問いかけた。
「あの声明は、ふられ男の嫌がらせだ……って言う噂」
 証拠までそろえてあるあたり、嫌がらせだよな〜〜、とラスティは笑う。しかも、文書の方はデリられると別のアカウントで再アップしているとか。しかも、最近はどんどんミラーサイトまでできていて、その噂を消すためにオーブのバカは必死らしい、と彼は付け加える。
「……えげつない……」
「お前が手を貸しているわけじゃないだろうな、ニコル」
 こういう手法は彼が得意だったはず、と思ってついつい問いかけてしまった。
「残念ですが、手を出していませんよ」
 自分であれば、もっと別の手法も組み合わせる……とニコルは言い切る。
 やはり、こいつはこわいな……とディアッカは心の中で呟いた。
「ともかく、来るものは仕方がない。目的はオーブのじゃじゃ馬だろう? 押しつけておけば、こっちに被害は来ないんじゃないのか?」
 希望的観測だが、とその代わりにこういう。
「そうあることを祈りたいものだな」
 イザークのこの言葉が、全員の気持ちを代弁していた。