ヴェサリウスとエターナルから送られてきた情報は最高評議会すらも混乱に陥らせかけた。
「また……また、あの悲劇を繰り返そうというのか……」
 開戦を決定づけたあの悲劇。
 それをまた……と誰もが言葉を失う。
「……だが」
 不意にパトリックが口を開く。その瞬間、シーゲル以外の者達の視線が彼へと向けられた。シーゲルの視線がこちらに向けられないのは、今までさんざん話し合ったからだろう、とパトリックにはわかっている。
「あの時とは違い、我々は既に地球軍が何をしようとしているのかを知っている。それは、対処が取れる、と言うことではないか?」
 プラントに主要な隊を呼び戻し、何があっても対処できるように陣営を整えるための時間はあるだろう、と彼は付け加えた。
「だが、それでよいのか?」
「こちらから、逆に打って出なくては……」
 地球軍が到達をする前に、地球軍の本拠地を叩いておかなくていいのか、と誰かが口にする。
「それでは、本国の防衛が手薄になる」
 即座に否定の言葉が投げつけられた。
 だが、とパトリックは思う。
 どちらを優先しなければいけないか、と考えれば、プラント本国の防衛だろう。地球軍の本拠地を叩いたとしても、守るべき者達が失われてしまえば意味がない。そう思うのだ。
 しかし、それを自分たちが強要してはいけない。
 彼等が納得をしてくれなければ、どこからかほころびが出る可能性がある。
「……パトリック……」
 シーゲルが彼にだけ聞こえるように声を潜めて呼びかけてきた。
「なんだ?」
「ラクスが……画策していることを、彼等に知らせなくていいかな……」
 非常に言いにくそうに彼はこう問いかけてくる。
「……そうだな……」
 確かに、パトリックにしても彼女に関してはこういう態度を取りたくなってしまう。
 自分はアスランを《プラントの次世代》を担うための存在として育ててきたつもりではあった。だが、レノアの意向もあって多少甘い面は見られる。それに、月で経験したことが彼の精神状況に大きな影響を与えていたことは否定できないことだ。
 だが、それが悪かったとは思えない。
 むしろ《キラ》という存在と知り合い、その関係でアスハとのパイプを持ったことはアスランにとってプラスになっていると考える。
 しかし、ラクスは微妙に違う。
 シーゲルがそのような育て方をするとは思えない。そんな気配もなかった。と言うことは自分でそうなるように努力をした、と言うことだろう、彼女は。
 それはそれでこわいな、と思う。
 だが、そんな彼女がアスランとともに歩いてくれるなら、間違いなくプラントの未来は括弧としたものになるだろう。同時に、彼女がキラとの子を望んでいると言うことも、又しかり、だ。
 それに関して、彼等の間で話が決まっているのであれば、自分が口を出すことでもない、と考えている。彼等が自分の立場をわきまえていることは、よくわかっているからだ。
 それよりも、と思考の流れをパトリックは止める。
 今は別に考えなければいけないことがあるのだ。
「ラクス嬢のことはもちろん、ウズミ達のことも知らせた方がいいかもしれんな」
 彼等が地球上で何をしているのか、と言うことをだ。
 それだけで、少しは目の前の者達の気持ちは落ち着くかもしれない。もっとも、ラクスのことに関してはあきれる可能性もあるだろうが。
「……そうか……」
 複雑な口調でシーゲルはこう告げる。
 その理由もしっかりとわかってしまった。だが、必要である以上、仕方がない、と考えるしかないだろう、と思う。
「それと……うウズミ達からのメールも見せた方がよかろう。現状ではあのばかげた声明を信じているものはいないが、今後どう動くかわからん。せめて、ここにいる者達だけでも、彼等に関する疑念を払拭しておくべきではないか?」
「わかっている」
 彼等二人の存在は、ザフトだけではなく、プラントにとっても大きな支えとなっている。あの声明に関しては民衆に流されてはいないが、いつまでその状況が続くかわからない。
 情報は漏れるものなのだ。
 問題はあくまでもそのタイミングだろう。
「ともかく、彼等を一時的にでも静かにさせる方が先決だと思うが」
 それが一番の問題かもしれない。目の前の光景に、そんなことを考えてしまうパトリックだった。

 そのころ、ラクスは妙に楽しげな表情を浮かべながら、あれこれ指示を出していた。
「カガリ達がいらっしゃいますもの。心地よく過ごして頂かないといけません」
 そして、確実に彼女たちを守らなければいけない。
 ブルーコスモスのスパイはもちろん、プラントにいる過激派からも、だ。
 ナチュラルを全て滅ぼしてしまえばいい。そうすれば、この戦争は終わる、と主張している者達もいることは否定できない事実だ。そんな者達にとってカガリ達は恰好の標的となるのではないか。
 もちろん、最高評議会が責任を持って彼女たちを保護しようと思っていることはわかっている。
 それでも、バカに付ける薬はないのだ。
 だが、自分の元であればそのバカもうかつに手を出しては来ないだろう、とラクスは考えている。
「それに、キラ達には何の憂いもなく戦いに臨んで頂けるようにしなければいけませんものね」
 そのために、自分にできる努力はしなければいけない。
 それがプラントの一員としての自分の義務だろう、とそう思う。
 もっとも、それは半分口実だ。
 本音を言えば、自分がようやくできた同性の友達を守りたいだけなのだろう。だからといって、やめるつもりはない。
「さて……後は何が必要なのでしょうか」
 こうやって考える時とも楽しい。ラクスはその思いのまま次ぎの指示を口にした。