打ち合わせも終わり、取りあえずエターナルに戻ることになったのだが。
「シャトルはアスランに任せていいよね?」
 不意にキラがこんなセリフを言ってくる。
「キラは?」
 いきなり何を、とアスランは思う。一緒に来たのだから、てっきり、一緒に帰るものだ、と思いこんでいたのだ。
「僕は、シン君とM−1で行くから」
 そうすれば、キラはあっさりとした口調でこう言い返してくる。
「キラ!」
 よくよく見れば、キラの斜め後ろでシンが『してやったり』という表情を作っていた。その表情は、キラが好きだった古典的童話に出てくる化け物猫の印象によく似ている。
「一応、確認したいからね。いろいろと」
 それによって、ムウのM−1もOSの修正をしなければいけないから……とキラは何でもないというような口調で言う。
「それなら、ミゲルのアストレイでもいいんじゃないのか?」
 あれのシステムは既に完成しているじゃないか……とアスランは言い返す。それなのに、また手がける機体を増やすのか……とも。
 今でさえオーバーワーク気味なのに、これ以上増やしたらキラが倒れるのではないか……と不安になっていると言うことも否定しない。そうなれば、自分は心配で使い物にならなくなるだろうと言うことも簡単に予想できる。それは他のメンバーも同じなのではないか、と思うのだ。
「ミゲルのは、ミゲルにしか使いこなせないよ。それに、忘れているようだけど……ムウ兄さんは、ナチュラルだよ?」
 ミゲル用のじゃ参考にならない、とキラは苦笑を浮かべる。
「……忘れてた……」
 フラガの実力が自分たちと大差がないから……とアスランは素直に口にした。
「でも、そいつだってコーディネイターだろう?」
 そういう意味では役に立たないのではないか……とそう思う。
「大丈夫だよ。シン君が使っているのは汎用だから。それをナチュラル用に流用する補助システムは既にあちらに乗せてあるし」
 だからこそ、フラガがここまであれを操縦してくることができたのだ、とキラは説明をしてくれる。
「それに、今回だけ、かな? 僕が手を出すのは」
 後は自力で何とかしてもらうし……と彼が続けた瞬間、心外やそうな表情を作った。それを見た瞬間、少しだけだが胸がすっとする。もっとも、そんな自分に気づいて、すぐに自己嫌悪に陥ったが。
「後はアイシャさんが全面的に面倒を見てくれるって言ってたし」
 アイシャは、あれでもバルトフェルドに負けないくらい有能だからね……とキラは微笑む。だから、本当にやばい状況にならなければ自分が手を出す必要がないだろう、とも彼は続ける。その口調から判断をして、ひょっとしたら自分たちの思惑に気づいていないのかもしれない、彼は。
 いや、それはあり得ないな……とすぐに思い直す。
 では、どうしてこんな態度を取っているのだろうか。
 キラにはキラなりの理由があるのだろうが、自分にはどうしても思いつかない。
「そう言うことだから。お願いね、アスラン」
 しかし、満面の笑みとともに告げられたこの言葉に結局自分は逆らえないのだ。それもアスランはよくわかっている。
「……わかったよ」
 敗北感にのしかかられながら、アスランはこう言い返す。
「ごめんね」
 言葉とともにキラがそっと寄ってくる。そして「カガリに頼まれたから」と耳元で囁いてきた。
 そう言うことなら仕方がないのか、とアスランは心の中で呟く。自分がキラに勝てないように、キラはあの双子の片割れのお願いには弱いのだ。もっとも、それが認められたと言うことは、周囲の者達もそうして欲しい、と考えているからだろうと言うことも推測できる。
「……部屋に帰ったら、甘えていいか?」
 これが妥協する条件だ、と言えばキラは苦笑を返す。
「いいよ」
 それでも、しっかりとこう言ってくれる。なら、大丈夫かな……とアスランは微笑みを浮かべた。

 キラと二人きりだけ、というのはやはり嬉しい。
 同時に、いいところを見せなければいけないな……とも思う。
 だからだろうか。緊張のあまり指が震えてしまうのは。
「シン君……」
 その時だ。シンの耳にキラのため息混じりの声が届く。
「はい!」
「僕が乗り込んだだけでそんな風に冷静さを欠いてしまえば、実戦では実力が出せないってことだよ」
 それでは、即座に撃墜されてしまう……とキラは冷静な口調で指摘をしてくる。
「……すみません……」
 確かにその通りだろう……と言うことはシンにもわかっていた。そして、彼の気配を感じるだけでこんなに緊張してしまうのは、自分の経験不足のせいだ、と言うこともだ。
「謝らなくていいから。それよりも、まずはきちんと動かして見せて」
 でなければ、アドバイスのしようもない……とキラは付け加える。
「はい」
 キラの指摘は、オーブにいた頃はまったく受けたことがない種類のものだ。と言うことは、やはり見ている観点が違う、と言うことだろう。シンはそう考える。そして、その理由はやはり、実際に戦場に出ているかどうかの差だろう、と思う。
「大丈夫だよ。落ち着けば、きちんとできるから」
 君の実力であれば……とキラは穏やかな口調で付け加えた。それだけで心が落ち着きを取り戻せるような気がするのはどうしてなのだろうか。
 いや、気持ちだけではない。
 指の震えまでもが消えてしまった。
 落ち着けば、操作自体は手慣れたものだ。手早く機体を起動する。
「こちらM−1。発信許可をください」
 シンはCICへと呼びかけた。
『了解。これから発信シークエンスを開始する。所定の位置に移動をしてくれ』
 返ってきた言葉に反射的にシンはキラを振り向く。そうすれば、彼は小さく頷いて見せた。
 なら、後は自分の判断で行動をしなければいけないのだろう。シンは唇をかみしめると、スロットルを握りしめる手に力をこめた。