パイロット控え室の中に、微妙な空気が流れている。
「……なぁ……」
 それに耐えきれなくなったディアッカが口を開いた。
「お前らは、知っていたのか? 隊長とキラの正体……」
 それは、どれのことだ……とミゲルは思う。しかし、そんなこと聞かなくても答えは一つしかないだろう、と言うこともわかっている。
「正体って……隊長もキラも、俺らが知っているとおりの人間だろう?」
 他に、何が必要なんだ、とラスティがきっぱりと言い切った。
 あの二人に関しては、自分よりも彼の方が知っているはずだ。特に、オーブでのキラの立場、と言うものはその目で目の当たりにしているはず。それでもこう言い切れる彼を、ミゲルは内心誇らしく感じてしまう。
「……それはわかっているんだけどな」
 それでも、とディアッカはどこか煮え切らない態度を崩さない。
 いや、彼だけではない。
 口には出さないまでも、イザークやニコルも同じ気持ちなのだろう、と言うことはわかる。そして、彼等がこの様子では隊の結束――元からあったかと言われると悩むが――がバラバラになってしまうのではないか、とそうも考えてしまう。
「じゃ、話は変わるけどさ。お前ら、隊長とキラを信用できないのか?」
 仕方がない、と言うようにミゲルは口を開く。
「まさか」
「そんなはずはないでしょう」
 即座にイザークとニコルがこう言い返してくる。その隣で、ディアッカが『そんなこと考えたこともございません』としっかりと顔に書いていた。いったい、この男のどこが《狡猾》なのか、と以前、アカデミーから送られてきたプロフィールを思い出しながら考えてしまう。もっとも、それを言うなら、アスランも同じだ。今のへたれぶりを見ていると、冷静沈着、という言葉が別の意味に思えてならなくなる。
 それに関しては、後でキラから感想を聞こう。
 こう考えることで、取りあえず今は思考の片隅に押しやる。それよりも先にしなければいけないことがあるのだ。
「だったら、あの二人が何者か、なんて考える必要はないだろう。最高評議会が指示を出したんじゃないのか?」
 いくら何でも、オーブのしかも《アスハ》の直系に近しい位置にいる人間を、何の思惑もなく放り出すわけがないだろう、とミゲルは付け加える。あるいは、そういう立場だからこそ、周囲にそれを隠すように指示をされていたか、だ。
「そして、オーブの方でもあいつらのことは――少なくともアスハ関係者の中では――公然の秘密、だったんじゃないのか?」
 つまり、彼等のことは認められていたのだろう。
「だったら、せめて話してくれても……」
 それほど、自分たちは信用がなかったのか、とディアッカははき出す。
「ばかばかしい」
 それに対して、ラスティが一言でこう切り捨てた。
「信用しているしていないじゃなくて、俺たちが混乱しないようにって考えてくれたんだろう」
 でなければ、そもそもカガリとの関係だって教えられないに決まっているじゃないか、と彼は吐き捨てるように口にする。
「俺やミゲルならともかく、お前らは最高評議会議員の子息だ。オーブとの会合の席で、あいつと会うことだってあったんじゃないのか?」
 カガリの方と……と言われて、三人はいきなり視線を彷徨わせ始めた。
「……カガリと会ったことがあるんだ、お前ら。あの時より前に」
 さりげなくつっこめば、それこそ困ったような表情を作る。
「だってなぁ……」
「あの上品なお姫様と、彼女が同一人物だなんて思えませんでしたし……」
「むしろ、キラが女装してあの場にいた……と言われた方が納得できるぞ」
 三人がそれぞれこんなセリフを口にしてくれた。
「それって、さりげなくひどいセリフだな」
 しかし、それに対してミゲルが口を開くよりも早く別の声が感想を告げる。しかし、それは決してここで聞いてはいけない声だった。
「でも、僕でもそう思ったよ。公式の場にいるカガリって、全然別人じゃない」
 さらりとキラが三人の言葉をフォローするようにこういう。
「否定はできないな」
 さらに、アスランまでもが頷いては、カガリの方が分が悪い。
「仕方がないだろう。一応、オーブの体面って言うのを考えて行動しなきゃない立場なんだから!」
 不本意だが、とふてくされたように口にするカガリの様子からは、とても《オーブ》という国の次代を担うとは思えない。だが、逆にそれがいかにも彼女らしいと思えてしまう。
「それで、特大の猫をかぶっている、という訳か。無意識にあれこれやらかしてくれるキラと、本当にいいコンビだよ、お前は」
 深いため息とともにこう呟くアスランは、間違いなく二人の幼なじみだ。そんな彼をシンが気の毒そうに見つめている。
「それに、お前達を信頼していなかったわけじゃない! お前達を巻き込みたくないと考えていただけだ、ラウ兄様は」
 ともかく、状況を何とかしようと思ったのだろう。カガリはこう告げる。
「それで信頼していない、と考えるのであれば、お前達は私よりもダメだってことになるぞ」
 そこまで言うか、とミゲルは思う。しかし、カガリはあくまでもまじめだ。
「だが……お前達以上のおおバカせいで、それも無駄になったがな」
 誰があんな奴の嫁になるか! とカガリは本気で怒鳴る。
「カガリ」
「はっきり言って、あいつは自分大事で、他の連中なんてただの道具ぐらいしか思ってないんだぞ! そんな奴が私の婿になってみろ! オーブはどうなる」
 他の誰かを選んでも、あいつだけはぜったに選ばない! と叫ぶ彼女に、さすがのイザークも気おされている。
「第一、ラウ兄様より劣る人間なんて、選べるか!」
 それ以上の人間だったら、ちょっと考えるが……と言うところは、現実的なのだろうか何なのだろうか。ちょっと悩むよな、と思う。
「……そうだけどな……でも、ちょっとショックだった……って言う、俺たちの気持ちもわかってくれると嬉しいんだが……」
 このまま言い負かされるのは気に入らない、と思ったのだろう。ディアッカがこう言い返してくる。
「否定はしないが……そのせいで、キラや兄様に迷惑を変えてみろ。最低の烙印を押してやるからな!」
 それとも……と付け加えかけた彼女の口をキラが慌てて塞ぐ。
「キラ?」
「どうかしたのか?」
 その様子に、イザーク達が目を丸くして問いかけている。
「……聞かない方が身のためですよ。こういう時のカガリ様は、オーブの姫とは思えない言葉を口にしてくれますから……」
 ぼそっとシンが呟くように口にした。
「ムウ兄さんだろう。どうせ、カガリにそんな放送禁止用語一歩手前の単語を教えたのは」
 さらに、アスランがため息とともにこうはき出す。
「地球軍仕込みって、本人は笑っていたけど……その前からああだよ、兄さんは」
 さらに、キラがこう追い打ちをかける。
「なんて言うか……隊長とは正反対の性格のお人のようだな……」
「逆じゃなくて、よかったんじゃないのか」
 あれが自分たちの上司だったら、ディアッカ以外はいづらいと思うぞというイザークの言葉は正しいのかもしれない。
 取りあえず、いつもの雰囲気に戻ってきたな……とミゲルはそっと胸をなで下ろしていた。