クルーゼの指示通り、彼の部屋へと足を踏み入れた瞬間だ。フラガの爆笑が彼等にたたきつけられた。
「……ムウ兄さん?」
 いったい、何がそんなにおかしいのか……とキラは呟く。しかし、本人にそれを答える余裕はないようだ。
「隊長?」
 仕方がなく、クルーゼに視線を向ける。
「バカが馬鹿なことを主張しているだけだ」
 その内容がそいつのツボをついただけだろう……と彼は一件冷静な口調で告げた。しかし、その言葉の裏に怒りが見え隠れしているような気がしてならない。いや、同時におもしろがっているようにもキラには感じられた。
「バカが馬鹿な主張?」
 それは何なのか、とカガリが聞き返している。しかし、彼女にしてもクルーゼの怒りを感じ取っているのだろう。珍しく腰が引けているのがわかった。
「見てみるかね?」
 そう言いながら口元だけ微笑むその表情が凶悪だ、とキラは心の中で呟く。
 仮面で顔の上半分が見えない状況だから、彼のことを知らない人間には彼が笑っているとしか思えないだろう。だが、付き合いが長い人間にはそれが危険信号だ、とわかってしまう。
「……はい……」
 だからといって、原因を知らないわけにはいかない。そう思って、キラはこう告げる。
「……俺、ちょっと、席外します……」
 彼とは一番付き合いが浅いシンも何かを感じたのだろう。そっとこう囁いてきた。
「ダメだ」
 しかし、そんな彼の首に自分の腕を回してカガリが却下をする。
「お前にも責任を持って付き合ってもらう」
 一緒に恐怖を分け合え! という言葉にアスランがため息をついた。
「……いいのか。隊長の前で他の男とじゃれ合って」
「こいつが男の範疇にはいるか! お前とじゃれ合うのと変わらん」
 そういう問題でもないのではないか、とキラは思う。
 しかし、彼等の口論に付き合っている場合でないこともわかっていた。だから、あえて無視をして、クルーゼの側まで進む。
「まったく……見ていてあきないな、カガリは」
 先ほどまでとは違う微笑みを口元に浮かべると、クルーゼはこう呟く。その笑みは、自分やカガリに向けられるあの優しさに満ちたものだったから、キラは少しだけ安心をする。
「それで、どこのバカがどのような主張をしているのですか?」
 地球軍か、それともオーブか、とキラは問いかけた。それによって、対処を変えなければいけないだろう、とも。
「見ればわかる。ムウが先に爆笑しなければ、私がしていたかもしれんな」
 なかなかにインパクトがある内容だぞ、と言いながら、彼はハードコピーをした文章をキラへと手渡す。
 それに目を通した瞬間、キラは呆然としてしまった。
「……カガリ……」
 こうなれば、この文章に書かれている当人にもこの感覚を共有してもらおう。そう思って、彼女の名を口にする。
「どうかしたのか、キラ」
 どうやら、いつの間にか復活していたフラガも加えて三人で遊んでいたらしいカガリがこちらに視線を向けてきた。
「……こっちに来て、見ればいい。確かに、笑うしかないな、これは」
 しっかりとキラの側に来ていたアスランが、手の中の書類を見てこう口にする。
「そうなのか」
 アスランにまでこう言われたからだろう。カガリは興味津々、と言った様子で近づいてきた。そんな彼女に、キラは手にしていた書類を手渡してやる。
 さすがにこのような書類には慣れているのだろう。カガリはさほど時間をかけずに読み終わった。と言っても、そう時間がかかるような内容でないことも事実ではあるが。
「……あの大馬鹿者が!」
 次の瞬間、カガリが手にしていた書類を握りつぶす。その場で破かなかったのは、最後の最後で彼女なりの理性が働いたからだろうか。
「私が、いつ、あのバカと婚約をしたんだ!」
 断った記憶なら、山ほどあるがな……と彼女は怒鳴り始める。
「その上、キラを強引に連れ出して、プラントに縛り付けている、だと! その前に、貴様らがキラとラウ兄様の命をねらったという事実を忘れているだろうが!!」
 それでなければ、キラはオーブ軍にいたかもしれないし、でなければモルゲンレーテが三顧の礼を持って自分たちの所に来てくれるように頼んでいたはずだ。どちらにしても、オーブという国のために努力をしてくれたことは間違いないだろう、と彼女は言い切る。
「……まぁ、そういう状況なら、そうしていただろうけどね」
 オーブにいたのであれば、オーブのために動くことは当然だ、と思っていただろうとキラは頷く。
「でも、今はこういう状況だから……オーブの人からすれば彼等の主張は受け入れやすいのかもしれないね」
 それでも笑えるのは、あくまでもキラとカガリは被害者だ、と言うところだろう。
「使えるうちは自分の手の中に引き込みたい……と言うところ、だろうな」
 特に、有能なプログラマーでもあるキラは、連中にとって喉から手が出るほど欲しい存在だろう、と言うことはわかっている。ついでに、今現在、一番の邪魔者であるクルーゼを合法的に排除したい、と考えたのではないか。フラガはこう告げる。
「二兎を追う者は一兎をも得ずっていうのにな三兎をねらっていやがるっていうのは、嫌らしいよな」
 しかも、それをブルーコスモスまでもが煽ってくれているらしいとなれば、厄介だとしか言いようがない。
「まぁ、ウズミ様ももちろん、サハクも他の二家反対してくれているようだなが」
 声の大きさが全てを決めるのであれば、セイランが有利だ、と言うことは間違いないだろうと彼はため息をつく。
「ともかく、これに関して早急に対処を取らなければいけないだろう。カガリ達のこともあるからな……一度、本国に戻ることになった」
 キラが気にしているあのこともあるしな……とクルーゼは口にする。
「それと……この件に関しては、取りあえずオフレコにしておけ」
 いずればれることだが、と彼は続けた。
「わかりました」
 キラは素直にこう頷いてみせる。
「と言うことで、カガリとシンのことを頼むな。俺たちはあちらの隊長さんも交えて話し合いをしないといけない」
 あぁ、ついでにマリューも頼む……とフラガは付け加えた。
「……何か、ムウ兄さんが口を開くごとに仕事が増えていくね」
「これ以上増える前に、退散しようか」
 キラの呟きにアスランがこう囁いてくる。それがいいかもしれない、とキラは思う。
「では、失礼をします」
 逃げるが勝ち、という言葉もあることだし、と心の中で呟きながらこう告げる。
「休息だけは、十分にとっておきなさい」
 きびすを返そうとしたキラの背中に向かって、クルーゼがこう言ってきた。それにしっかりと頷いてみせる。そして、そのままアスラン達とともに彼等の前を辞した。