パイロットスーツの襟元をくつろげたところで、キラはほっと安堵のため息をついた。
「キラ?」
 そんな彼の耳に、アスランの声が届く。
「途中、おかしかったけど……何かあった?」
 それがエターナルやクルーゼとの会話のことをさしているのだろう、ということは簡単に推測できた。だが、それを直接告げるわけにはいかない。まだ、完全に確証をもてているわけではないのだ。
 だから、ととっさに別のいいわけを探す。
「やっぱり……テストは繰り返していても、実戦だとずいぶん違うよね」
 修正箇所がいくつか見つかっちゃった……とキラは苦笑をとともに視線を彼へと向けた。 「ジャスティスの方はどうだった?」
 そして、こう問いかける。 「別段、気になるところはなかったな」
 取りあえずは……とアスランは言い返してきた。
「本当?」
 自分を気遣ってそう言っているだけではないのか。そう思いながらキラは聞き返す。
「本当だって。キラはフリーダムよりジャスティスに時間をかけていただろう? こちらに来てから、ずっと張り付いていたじゃないか」
 その時に、不具合については全て修正してもらっただろう、と彼は付け加える。
「隊長のプロヴィデンスも同じ。そういう意味で一番手をかけられていないのはフリーダムじゃないのか?」
 だから、不具合が出たのかもしれない、とアスランは微笑む。
「そうかな」
「そうだよ」
 キラが小首をかしげれば、アスランは即座にこう言い返してくる。
「それよりも、早く着替えてブリッジにあがった方がよくないか?」
 でないと、こわいことになると彼は真顔で付け加えた。
「……こわいこと?」
 何だろう、それは……と思いながらキラは小首をかしげる。バルトフェルドへの報告は先ほどしたし、クルーゼ達が無事にヴェサリウスに戻っていったことも確認した。他にしなければいけないことは何なのだろうか、と思う。
「カガリの来襲」
 そんなキラに向かって、アスランはきっぱりとこう言い切る。
「アスラン?」
「あいつが、キラと別の艦にいることを我慢できると思うか?」
 いくら任務のために必要だと言っても、それをどこまで理解してもらえるか……とアスランは付け加えた。それが、以前の経験上から出た言葉だ、ということはわかっている。そして、他の者もそう思っていることも、だ。
「……向こうには隊長がいるけど……」
 だから、何とかなだめてくれるんじゃないのかな……とキラは頬を引きつらせる。それに、フラガもいるし、とも。
「それでおとなしくしているようなら、周囲も楽なんだけどな」
 過去のあれこれを思い出すと……と付け加えられては、キラとしてもそれ以上の反論ができなくなってくる。
「それがカガリだからね」
 仕方がないというようにキラはため息をつく。
「その分、回りがフォローしなきゃないから……実力だけは付くけどね」
 いいのかどうかはわからないけど……と付け加えれば、
「まぁ、それが可愛いと言い切れるうちはいいんじゃないのか」
 とアスランが言い返してきた。
「そうだね」
 少なくとも、クルーゼに愛想を尽かされないうちはかまわないのではないか、とキラも思う。
 それでも、現状を打破することはできないだろう、ということもわかっている。
「でも、シャワーを浴びるくらいの時間は、待ってもらわないと……」
「それは賛成だな」
 頷いたところで、アスランはふっと首をかしげてみせた。
「アスラン?」
 どうかしたのか、とキラは彼に問いかける。
「……いや、以前のミゲルとラスティの心境が、ちょっとわかったような気がしただけだ」
 シャワールームでことに及んでいた……と彼は言葉を濁す。だが、アスランが何を言いたいのかは、キラにもきちんとわかる。
「だからといって、やれないけどね」
 あちらではともかく、アイシャであれば無条件でシャワールームの中にまで踏み込んでくるだろう。さすがに、そういうシーンを見られるのは恥ずかしい以前にいやだ。
` 「……わかってるよ」
 自分もまだ、五体満足でいたいからな……とアスランも頷いてみせる。だが、それは微妙に違うのではないか、とキラは首をひねりたくなる。
「ほら、いこう」
 本気で時間がなくなる、とアスランが笑いかけてきた。
「……なやむ時間もないんだ……」
 まぁ、戦場ではそれが普通なのかもしれないが……とキラは最初とは別の意味でため息をつく。とは言っても、たまにはこんな風にくだらないことで悩む時間が欲しいな、とも思うのだ。
「カガリがいなければ、付き合ってやるんだけどな」
 アスランは苦笑とともにキラの髪に指を絡めてくる。
「今は我慢だな。でないとカガリがヴェサリウスのブリッジを破壊するぞ」
 それだけは避けないと……というのは冗談なのだろうか。
「アスラン」
 問いかけようと口を開く。そんなキラの頬に、アスランの唇が一瞬だけ触れて離れていった。