何か視線が突き刺さるような気がするのは、錯覚だろうか。 キラの隣に座ったアスランはそう思いながら、姿勢を直す。 「アイシャさん……」 あまりアスランをいじめないでください、とキラが苦笑混じりに告げる。それで、この居心地の悪さが自分の錯覚ではないとわかった。 「アラ、いじめてなんていないわヨ」 くすり、と笑いを漏らしながらアイシャが反論をしてくる。 「ただ、歌姫にお願いをされているだけヨ」 いろいろとね、と付け加えられた言葉がこわい、と思うのはアスランだけではなかったらしい。キラが小さなため息をつくのが耳に届いた。 「ラクスも、何を考えているんだよ」 「……さぁ、な」 それは自分が知りたい、とアスランもため息をつく。 「ラクスのことだから、キラの不利になることだけじゃないことは想像が付くが……」 言いたくはないが、公式に《婚約者》である自分よりも彼女はキラを大切に思っていることは否定できない事実だ。もちろん、それに関して文句があるわけではない。むしろありがたいと言える。 しかし、とアスランは心の中で付け加えた。 最近、自分に対する風当たりが強いように感じられるのは錯覚なのか。 そうされる理由に心当たりがあることはある。というよりも、ラクスの怒りを買ったとすれば、あの一件しかないだろう。 「アスランの立場も考えてくれればいいのにね、ラクスも」 本当に、とキラは呟く。 「……どうやら、君の考えすぎのようだったな、アイシャ」 二人の会話から何かを察したのだろうか。バルトフェルドが笑いとともに彼女に視線を向けた。 「つまらないワ」 あの、何が……でしょうか。アスランは心の中で思わずこう問いかけてしまう。 「せっかく、可愛い娘に付いた虫をいじめる母親の役ができると思ったのニ」 ですから、それは一体……とアスランは凍り付く。 「そんなことしたら、本気で縁を切らせて頂きますからね、僕は」 アイシャだけではなくバルトフェルド隊からも……とキラは笑顔とともに口にする。だが、その瞳はまったく笑っていない。それが危険信号だ、と目の前の二人は知っているのだろうか。 「だから、やらないわヨ。歌姫からは許可をもらっていたケド」 キラに恨まれるのはいやだもの、と彼女は笑う。 「すまん。女性陣を止めきれなくてね」 その隣で、バルトフェルドがため息とともにこう告げる。 「女性が強いのは、昔からでしょう」 あのパトリックだってレノアには勝てなかったのだから……とアスランは取りあえずバルトフェルドの言葉に同意をして見せた。 「……それに関しては否定しないけど……」 でも、とキラはアイシャをにらみ付ける。 「僕たちのことには口を挟まないでくださいね。でないと……最後のカードを開かせて頂きますよ」 にこにこと爆発一歩手前の表情を作りながらキラはアイシャにこう宣言をした。 「それは困るわネ」 彼女は即座にこう言い返してくる。 「いったい、何を握られているんだか」 苦笑とともにバルトフェルドがこういった。 「内緒ヨ」 聞いたら別れるから……とまで言い切る彼女の様子から、間違いなく彼には知られたくないことなのだろう。しかし、いったいキラは、それをどうやって調べ上げたのか。 などと考えなくても簡単に想像が付く。 ネット上に情報があるのであれば、キラが入手できないはずはないのだ。 「キラと私だけの秘密、という所よネ」 「そうですね」 アイシャがアスランをいじめなければ、の話だが……とキラは笑い返す。 「彼じゃなければいいノ?」 だから、そういう問題ではないのではないか。アスランはそう思う。 「任務に支障がでない程度でしたら、ご自由に」 しかし、キラはこう言い返す。 「……というところで、そろそろ食事を終わらせてしまおう」 その後で、仕事の話をしようではないか、とバルトフェルドが口を挟んでくる。 「そうですね」 その方がいいですよね、とキラも頷き返す。 これである意味こわい会話から逃げ出すことができるのだろうか。アスランはそう思う。 「それにしても、こんなものを俺に任せるとは……」 上層部も何を考えているのか……とバルトフェルドは笑いながら再びプレートの上の料理に手を伸ばした。 「うかつな人間に任せられないからでしょうね……あの一件もありますし」 そして、オーブのこともだ、とキラは言い返す。 「確かに、委員長直属の人間がブルーコスモスの一員で、重要データーを持って逃げるとは思わなかったがな」 一般兵であればともかく、本部付きで重要な地位につくものは、一応、精神鑑定とは言わないまでもそれなりのテストを受けさせられる。それなのに、気づかれなかったというのはかなりの精神力だな、とバルトフェルドも頷く。 「あるいは、事前にマインドコントロールを受けていたか、ですね」 連中であれば、そのくらいはするだろう……とキラは言い返す。 「そうだな」 だからこそ、さっさと叩きつぶしたいのだが……という言葉には誰もが同意だろう。 「その前に、さっさとあれこれ使えるようにしないとダメでしょうけどね」 それが一番厄介なのだ、とキラはため息をつく。 「がんばれとしか言ってやれないなぁ」 バルトフェルドが苦笑とともにこういう。 「邪魔しないでさえくれれば、それでいいです」 これは間違いなくキラの本音だ。だから、自分も気を付けないと……とアスランは心の中で呟いていた。 |