約束の場所にたどり着けば、もう待ち合わせの相手が待っていた。
「遅れてしまいましたでしょうか」
 苦笑とともにこう問いかければ、彼は首を横に振ってみせる。
「気になさらないでかまいませんよ。貴方がお忙しいのは、プラントにいる者はみな知っておりますから」
 苦笑とともに告げられたこの言葉に、ラクスはさらに苦笑を深めた。
「同じ言葉を返させて頂きますわ、クルーゼ様」
 ザフトの中で、彼以上に忙しいと言えばキラだけかもしれない。
 忙しいという印象だけなら軍事関係のファクトリーも当てはまるのではないか。
 MSを製造するファクトリーは確かにフル稼働をしている。だが、その中で働く者達は交代で休むことができるのだ。
 そう考えれば、交代をする相手がいない彼は……とラクスは思う。
「今回は、バルトフェルド隊長も手を貸してくださるそうなのでね。早速、あれこれお願いしてきただけです」
 言外に、彼に押しつけてきたとクルーゼが言い返してくる。
「あらあら」
 それならば大丈夫なのだろうか。
 だが、休息を取らなければならない時間を邪魔してしまったのかもしれない、とラクスは心の中で呟く。
「それよりも、これが頼まれましたプログラムです。これであれば、どこにいようとカガリと連絡が取れます」
 実験済みです、と笑いながら、彼は手のひらに収まるほどのディスクを差し出してきた。
「ありがとうございます」
 これで、いろいろと根回しができる……とラクスは微笑み返す。
「蛇足、とは思いますが……くれぐれも悪用だけはなさらないでください」
 カガリをたきつけるようなことだけはしないでくれ……と彼は口にした。
「そんなことをするように見えまして?」
 私が……とクルーゼをにらみ付ければ、
「貴方にその気はなくても、あの子が誤解をしかねませんから」
 ちょっと背中を押せば、すぐにでも飛び出して行きかねない……と彼は苦笑を返してくる。
「あらあら……そのような状況ですの?」
 それほど、カガリに余裕がないのだろうか。それとも、彼女が爆発寸前なのかもしれない。
 考えてみれば、キラも今ひとつ余裕がないように見えた。
 それでも、キラの方がまだ自制心がある。彼よりも沸点が低いと思われるカガリであれば、仕方がないのかもしれない。
「不本意ですが」
 どこで教育を間違えたのか……と彼はため息をつく。
「あれとキラの性格が逆でも、また問題ですがね」
 特に現状では……という言葉の裏に、深い愛情を感じる。それだけクルーゼがあの二人を大切にしている、という証拠だろう。
「でしたら、しばらく私がカガリの愚痴の聞き役をさせて頂きますわ」
 二人で愚痴の言い合いをしていれば十分ガス抜きができるのではないか……とラクスは口にした。
「ほどほどになさってください」
 それはかまわないが……とクルーゼは口にする。
「そうですわね」
 その時、ラクスの端末がアラームを鳴らす。
「あらあら……もっとゆっくりとお話をしていようと思いましたのに」
 もう時間ですの……とラクスはため息をついた。
「仕方がありますまい」
 ラクスの歌を待っているものが大勢いるのだ、とクルーゼは微笑む。
「貴方の歌声が人々に心の平穏を与えているのです」
 その中にキラもいるのだ、と彼は付け加えた。
「それならば、心して歌わなければいけませんわね」
 キラのためにも、口にしながらラクスは腰を上げる。
「新曲を、期待させて頂きますよ」
 そんな彼女に向かってクルーゼは言葉を投げかけてきた。
「できあがりましたら、ファイルを送らせて頂きますわ」
 ディスクは無理だろうが、データーだけなら可能だろう……と微笑み返すと、彼女は彼に背を向ける。そして、そのままゆっくりと歩き出した。
「……これは、少しでも早く動きませんといけませんわね」
 そのままこう呟く。
「マルキオ様を通じてあちらの情報を入手して、キラ様達にご連絡すれば、少しは安心して頂けるでしょうし」
 それだけで、キラとクルーゼの心労は減るのではないか。
「もっとも、一番の原因はカガリ、でしょうけど」
 あの感情の激しさがカガリのよい点でもあり悪い点でもある。それをうまくコントロールできるようになってくれればいいのだが……とラクスは思う。
 それでも、と心の中で呟く。
 今度のことは、ある意味彼女にとってよい試練なのではないか。
 これで、彼女が大きく成長をしてくれればいいのに……とそう考える。
「きっと、大丈夫ですわね」
 あの時も、実際の戦闘を目の当たりにして彼女はそれまでの認識を改めたのだ。だから、今回も、と期待をしたいのかもしれない。
「せっかくできた、同じ性別のお友達ですもの、ね」
 だから、とラクスは微笑みを浮かべた。