このような状況でも、M−1のテストを続けなければならない。
 その理由はシンにもわかっていた。
「……いつまで、ここでテストを繰り返していればいいんだよ……」
 それでも、こう呟いてしまうのは、今の状況に納得ができないからだ。
「オーブにいる連中を追い出せば、終わるんじゃないのか」
 思わずこう呟いてしまう。
『その結果、人命が多く失われても?』
 この呟きをしっかりと聞かれてしまったらしい。即座にマリューの厳しい問いかけが飛んでくる。
「そういうわけじゃないですが……」
 でも、とシンは続けようとした。だが、それより先にマリューが口を開く。
『焦ってもダメよ。ウズミ様達が今、下でいろいろと動いていらっしゃるし……プラントとも内密に交渉をしているわ』
 それがうまくいけば、きっと、被害を最小限に抑えることができるだろう。オー卯という国にとってどちらがいいのかを考えてみればいい、と付け加えられては反論のしようがない。
『それに、キラ君だってクルーゼ隊長だって動いてくださっているはずだわ』
 真っ先に《キラ》の名前を出したのは、そうすることで自分の注意が向く、と思ってのことだろうか。それが真実であるだけにシンには反論の余地がなかった。
「……はい……」
 しかし、自分の手で故郷を救い出したい……と思う気持ちも事実だ。
 自分たちが作り上げた機体で自分のふるさとを守りたいと思う気持ちも否定できない、とシンは唇を噛む。
『ここにあるM−1は、試作機であるあなた方の分を含めても二十機ほどなのよ。パイロットも同様だわ』
 それだけで地球軍を全て追い出すことは不可能だ、ということはわかっているだろう……と言う指摘はシンの意識を現実に引き戻してくれる。
「……わかっています……」
 悔しさと現実であれば、どちらの方に比重を置かなければいけないのかもわかっていた。
 というよりも、彼等にたたき込まれた……というべきか。
『それに、今、シン君にいなくなられるとこまるのよね』
 不意に口調を変えてマリューがこう言ってきた。
「あの? ラミアス、さん?」
『実力でカガリ様を止められる人間が減るでしょう?』  このセリフはいったい何なのか。
 思わずシンは目を丸くしてしまった。
「何で、カガリ様……」
 自分はカガリ直属じゃないのに……と呟く。
『体力勝負であの方と互角に付き合えるのは、貴方かムウか……キサカ一佐だけなのよね〜』
 その中で一番、自由に動けるのはシンだ……という言葉は信頼されているのかどうかのか、判断に困る。本気で悩むシンだった。

 情報だけは自分の元にも回してくれるように頼んではある。
 もちろん、そんなワガママが普通なら通るはずがない。しかし、ラクスには最高評議会さえ『否』といわせないだけの権限を持っていた。
 だからこそ、こんな無理を通すことも可能だったと言っていい。
「これでは……キラ様達もなかなか動けないでしょうね」
 彼等の周囲――特にキラの、だ――利権だのなんだのががんじがらめになっている。
 それでも、彼等がザフトの中でも飛び抜けて有能であること。
 何よりも、キラの本当の立場を知っている者が信頼できるものだった……という事実が最悪の事態を食い止めているのではないか。
 そして、とラクスは思う。
 決して彼という存在を政治の材料にしてはいけない……とそう思う。
「お父様やザラ様には、しっかりと釘を刺させて頂きましたが……」
 他の者達はどうだろうか。
 クルーゼ隊に子息がいる者達に関しては大丈夫だろうが……とラクスは小さくため息をつく。
「少しでも、キラ様の味方を増やして差し上げなければ……」
 オーブという国は、二つの種族が共存していく上でどうしても必要なものだ。そして、その国の中枢に、二つの種族を差別しないものがいて欲しい、とも。
 そのために自分ができることをしよう、とラクスは思う。
「バルトフェルド様ならば、心配はいらないと思うのですが……」
 彼であれば、決して誰かの脅迫等に屈しないはずだ。そして、その周囲の者達も、決して他人の言うなりになるような存在ではない。
 だが、とラクスは心の中で呟く。
 どこにどの陣営のものがいるのか、はっきりとわからないのだ。
 あのクルーゼ隊の中にも、キラを亡き者にしようとしたものがいたではないか、と。
「……それに関しては、お手伝いをしてくださる皆様にお任せするしかないのですが……」
 後は、クルーゼ隊とその関係の部署に自分の味方を多く配置してもらうよう、圧力をかけておけばいいのかもしれない。
「私たちの願いを叶えるためには、努力が必要ですわよね」
 カガリ、とラクスは同じように窮状に追い込まれている友人の名前を口にする。
「ですから……決して短慮だけは起こさないでくださいませね」
 それに対する答えはもちろん返ってこない。
 だが、そう言わずにはいられないラクスだった。
「……では、私も本気で動き出しましょうか」
 でなければ、何も始まらない。
 毅然と顔を上げると、ラクスは立ち上がった。