「……キラ……」
 大丈夫か、と口にしながらそっとアスランは彼の体を抱きしめる。
 パトリックから話を聞いて、即座に彼の元に駆けつけた。
 だが、そこには既にクルーゼがいた。
 その事実に、少しだけ悔しい思いを抱いたが、それでもすぐにそんな感情はわきに押しやる。クルーゼの立場であれば、自分よりも先に情報を入手していたとしても当然だと思い直したのだ。
 それでも、自分の姿を確認すると同時にクルーゼはキラを任せてくれたのだ。
 文句を言うわけにはいかないだろう。
 何よりも、キラの方が優先だ。
「一応、は」
 そう言いながらも、キラの言葉にいつもの力強さは感じられない。
 やはり、衝撃を受け止めているだけで精一杯なのか。アスランはそう心の中で呟く。
「少し、休むか?」
 少なくとも、落ち着くまで……と問いかける。
「これ、早めに仕上げないといけないから……」
 そんな彼に対し、キラはこう言い返してきた。
「キラ……」
「それに……何かしている方が、気が紛れるんだ……」
 作業をしている間は、何も考えないですむから。キラは泣きそうな声でこう呟く。
「そうなんだ……」
 キラの性格であればそうなのだろうな、とアスランは思う。しかし、それがいいことなのかどうかわからない。
「でもね、キラ」
 それでも、とアスランは心の中で呟くと口を開く。
「一人で抱え込まなくていいんだよ。確かに、俺じゃ頼りないかもしれないけど、それでも話を聞くぐらいはできる」
 こうして抱きしめることも、とできるし……と告げれば、キラは小さく頷いてみせる。一応、自分の言葉が彼の耳に届いた、という事実に、アスランは少しだけ安心をした。
 だが、これも解決ではない。
 いったい、自分に何ができるのだろうか。
 アスランがそう考えていたときだ。
「アスラン」
 不意にクルーゼが声をかけてくる。
「何でしょうか」
 本当であれば、キラの体を手放してから視線を向けるべきなのだろう。だが、今のキラから離れてはいけないような気がしてならない。クルーゼにしても、自分たちの関係は知っているのだから、多少のことは目をつぶってもらおう。そう思って、視線だけを彼に向ける。
「キラを頼んでかまわないな?」
 実際、クルーゼは特に気にしていないようだ。
「私はあちらとの連絡が取れないかどうか、確認してくる」
 オーブ本土は無理でも、フラガ達なら何とかなるのかもしれない。彼はそう付け加えた。
「もちろんです」
 彼の行動はもっともなものだ。
 それに、自分を信頼してくれてキラを任せてくれている、ということもわかっている。
 同時に、彼が使おうとしているのが合法的な手段ではないのか、とも考えてしまう。もっとも、それに関しても最低限パトリックは認証しているのかもしれないが。
「……ラウ兄さん……」
 ふっとキラがアスランの胸から顔を上げると、クルーゼへと呼びかける。
「どうかしたのかな、キラ」
 混乱しているのか。それとも、別の理由からかわからないが、キラは彼のことを「隊長」ではなく「兄さん」と呼んだ。それに関して何も言わないのは、やはりキラの心情を考えているからだろうか。
 ある意味、彼もキラと同じ立場だというのに、だ。
 もっとも、自分が知っているムウであれば、この程度のことでは自力で対処できるだろう、ということも事実だろう。そして、カガリのこともきっと守れるに決まっている。だから、彼には幾分余裕があるのかもしれない。
「僕のサーバーに、カガリに直接連絡が取れるシステムがあります」
 それであれば、誰にも気づかれずに連絡が取れるかもしれない、とキラは口にする。
「そうか」
 では、それを借りよう……とクルーゼは頷く。キラが作った物ならば大丈夫だろう、とも。
 その意見にはアスランも賛成だ。
 キラの様子からすれば、今までもそれでカガリと連絡を取っていたはずだ。だが、誰もそれに気づいていない。それは、それだけの性能を組み込まれているから、と見ていいだろう。
「お前も、無理はしないように。取りあえず、基本のOSは完成したようだからな」
 後は、実際に運用しながら調整してもかまわないだろう……と彼は続ける。
「ですが……」
 しかし、キラはそれに対して言い返そうとした。だが、クルーゼの方で耳を貸す様子を見せない。
「アスラン」
 その代わりというように、彼はアスランの方へと視線を向けてきた。
「何でしょうか」
「今晩は返さなくてもかまわない。ただ、明日の任務に支障が出ないように頼む」
 さらりと告げられた言葉は、やはりそういう意味なのだろうか。
 一応、認めてもらっていることは知っていたが、だからといって……とアスランは思わず凍り付く。
「兄さん!」
 キラはキラで思わず抗議の声を上げた。
「明日には、いつものお前に戻っているように」
 さらりと、クルーゼはこう言い残すとそのままその場を立ち去る。
「……兄さんってば!」
 そんな彼の後をキラは慌てて追いかけようとした。その体を、アスランは慌てて抱き留める。
「アスラン……」
 どうして、とキラがアスランをにらみ付けてきた。
「あきらめろ。隊長にかなうわけないだろう」
 ため息とともに、アスランは言葉を口にする。
「それに、隊長の場合、こうやって俺たちをからかうのが、気分転換になっているのかもしれないだろう?」
 このセリフには、キラも返す言葉がないようだった。