「どうして、カガリ・ユラが地球軍の戦艦にいたんだろうな」
 ふっと思い出した、と言うようにアスランが呟いている。
「ヘリオポリスにいたのは確認していたんだけどね」
 と言うよりも、自分が安全な場所まで避難させたのだ、とキラは心の中で呟く。あそこから出たとしても、オーブの人間が彼女を地球軍に引き渡すはずがないのに、と思う。
「……ムウ兄さん、知っています?」
 悩んでいても仕方がない、と判断をして、ミゲルと同じ色の軍服をだらしなく着崩している相手に向かって声をかけた。
「俺も、最初から乗っていたわけじゃないからな……母艦が落とされて、あちらに転がり込んだときには、もういたぞ?」
 おそらく、それは自分たちがヘリオポリスを離れてすぐのことだろう。
「カガリの素性が、ばれたのかな?」
 地球軍の連中の中に、カガリの顔を知っていた者がいたのかもしれない。そして、あの秘密工場の中で見かけた者が、わざわざ拉致をしたのだろう。
 もっと最悪な状況もキラは思いついてしまった。
 彼女の身柄と引き替えに、さらなる技術協力を強要しようとしたか、それとも、オーブ軍をこの戦争に巻き込もうとしたとも考えられる。
 どちらにしろ、そうであればオーブへと要請――脅迫と言ってもいいだろう――が行っているはずだ。
「後で、オーブに確認を取った方がいいのかもしれないね」
 もし自分の考えが当たっているとすれば、話は思い切り厄介なことになる。キラは心の中でそう呟いた。
「そうだな。どちらにしても、俺としても上の判断を仰がないといけないしな」
 今後どうするか。
 フラガの言葉はもっともなものだろう。
「ともかく、それも含めて、隊長と相談ですね」
 彼のことだ。今頃根回しを終えているかもしれないが……とキラは心の中で付け加える。
 ラクスもいるのであるから、本国には連絡が行っているはず。そして、クライン議長は穏健派だ。オーブ本国へのパイプも持っていたように記憶している。十分可能であろう、と判断したのだ。
「そう言えば……」
 軍服の襟元を確認しながら、アスランが言葉を口にし始める。
「地球軍のMSのパイロット、何者なのですか?」
 あれだけ動ける人間が普通のナチュラルだとは思えない。彼の言葉ももっともなものだ。実際、自分もそう思っていたのだから。
「あれか……」
 その瞬間、ものすごく言いにくそうな表情と共にフラガはため息をついた。
「……同胞、ですか?」
 それだけでこう推測できるのも、彼とのつき合いが生半可なものではないからだろうか。
「……それについても、あいつのところでだ。あんまり広めたくはない話だからな」
 さらにこう言われてはアスランも気づかないわけはない。
「わかりました。もっとも、その場に自分が同席を許可されるか、わかりませんが」
 あっさりと引き下がる。その時は教えてくれ、と翡翠の瞳が告げていた。それに、キラは小さく頷き返してみせる。
「大丈夫だとは思うが? お嬢ちゃん達がいるし」
 知った顔が側にある方が安心できるだろう……とフラガは笑いながら口にした。
「知り合い?」
 今まで黙っていたラスティが口を挟んでくる。
「そう言えば、あのお嬢さん、アスランの顔を平然とぶん殴っていたっけ。何者?」
 いや、あのストレートは見事だった、と笑う彼に悪気はないのだろうが、言葉を向けられた方は複雑な表情を見せている。
「僕の、従姉だよ。月にいた頃にアスランとも面識がある」
 実はそれだけではないのだが、とキラは心の中で呟いた。だが、それは当人達の口から言って貰った方がいいだろうとも思う。
「そう言うことだな」
 さて、案内して貰おうか。
 それ以上の会話を封じるかのようにフラガが立ち上がる。それにキラ達は頷くと行動を開始した。

 予想していた最悪のパターンだったか。
 カガリの話を聞き終わった瞬間、キラは小さくため息をつく。
「まぁ、捨てる神あれば拾う神ある、って事だろうな。ムウ兄様がいたんだから」
 おかげで無事に脱出できた、とカガリは笑った。
「そういう問題じゃない、と思うんだけどね」
 本気で頭が痛くなってきた、とキラは心の中で付け加える。どういえば彼女に自分の立場を理解させることが出来るのか、とも思う。もっとも、それができていれば今頃、彼女はこんな所にいないだろうとも。
「……一つだけ、聞いてかまわないか?」
 ミゲルがおずおずとした様子で口を挟んでくる。彼は未だに事情が飲み込めないらしい。いや、今同席を認められていない者たち――ラスティだけではなくガモフ組もだ――もそうだろう。
「何かね?」
 その他の者を代表してクルーゼが聞き返す。
「そちらのお嬢様って何者ですか?」
 地球軍にとってそれだけ有益な相手なのか、と彼は言外に付け加える。
 その瞬間、カガリがむっとしたような表情を作った。まさか自分のことを知らない相手がいるとは思っていなかった、と言うところだろうか。
「カガリ……ミゲルは地球はおろか、オーブのコロニーにも足を運んだことはないんだよ?」
 ともかく彼をフォローしておこう、と言うようにキラはこう口にする。
「……カガリのフルネームは……カガリ・ユラ・アスハだ、と言えば納得するか?」
 そして、アスランもまたこう告げた。
「アスハって、あのアスハか?」
「そう。それも、ウズミさまの一人娘だよ、カガリは」
 だから問題なんだって、とキラが付け加えた言葉をミゲルは認識していただろうか。
「あら……でも私、カガリ様とキラ様はご姉弟だとお聞きしましたが?」
 それで話が一応すんだか、と思ったのにもかかわらず、伏兵が爆弾発言をしてくれた。
「マジ?」
 さらなるショックを受けたのだろう。ミゲルが完全に凍り付いた。
「……いろいろ、複雑な事情があるんだよ」
 それを伝えなくても話を終わらせることは可能だったのに……とキラは思う。だが、一度出てしまった言葉を取り戻すことは不可能だろう。だから、こう告げた。
「オーブの首長家に連なる家柄で、コーディネイターに親近感を持っている家では、上をナチュラル、下の子をコーディネイトする場合が多いんだよ」
 それにフラガもまたフォローを入れてくれる。
「不本意だが、そこの奴が俺の弟だ、と言うのと同じようにな」
 こうなったら彼を完全に巻き込んでしまえと思ったのか。
 それとも同席を許されたことで信頼されていると判断したのか。
 フラガはさらに言葉を口にした。
「ただ、馬鹿共がな、そいつらの命をねらい始めたんでな。建前上、親戚と言うことになっているだけだ」
 その方が目立たなくて良いと判断したんだろう。最初のうちは確かにそれは成功していたのだ。
「結局ばれて、プラントに移住することになったけどね」
 本当に、とキラはため息をつく。アスランと離れたのは仕方がないが、カガリを見張れなくなったのは厄介だ、とも思うのだ。
「じゃ、戦争が終わったらオーブに戻るとか?」
 さらに、ミゲルがこう問いかけてくる。それにどう答えようか、とキラは考えた。そして言葉を口にしようとしたのだが、それよりもさらに大きな爆弾をカガリが口にしてくれる。
「当然だろう。キラは私の弟だし、ラウ兄様は婚約者だからな」
 次の瞬間、ミゲルだけではなくアスランまで絶句しているのがわかった。
「カガリ……」
 頼むからこれ以上厄介事を増やさないでくれ……とキラは深いため息をつく。
「事実は事実だろう? 確かにこの戦争のせいでお披露目が出来ないでいるが、私は他の馬鹿となんか結婚する気はないぞ。特に、地球軍に関わっている奴なんかとはな」
 つまり、そう言うことがあったのだろう。
 あるいは、今回のことをお膳立てした他の首長家からそんな話が舞い込んできているのか。
 どちらが正しいのかはわからないが、オーブとプラントの関係を考えればマイナスだと言っていいだろう。
「……カガリと隊長が……」
 さすがにつき合いが長いだけはある。そう言っていいのかはわからないが、アスランの方が先に我に返ったようだ。
「カガリを制止できる人間が他にはいないって事かもね。ラウ兄さんにはカガリも懐いていたし」
 年齢差も妥協範囲、と言う話になったのだ、とキラはアスランに告げる。
「ラウ兄様は、誰かのように身持ちも悪くないしな」
 だから、どうしてこう爆弾発言を連発してくれるのか、女性陣は。キラは本気で頭が痛くなってくる。
「……カガリ。いい子だから、少し口を閉じていなさい」
 話が進まなくなる、とクルーゼが彼女に注意をした。それに素直に従う姿は昔と変わらない、と思う。
「そう言うことなのでな。キラがヘリオポリスに潜入できたのもウズミさまがお膳立てをしてくださったからだ」
 納得したかね? とクルーゼはミゲル達に問いかける。
「……わかりました……もっとも、俺の許容範囲をかなり超えていますが……」
 疲れ切った口調でミゲルが言葉をつづり出す。
「と言うことは、そのお嬢さんの素性その他に関しては内密にしておいた方が良いわけですね?」
 それでも、彼はすかさずこう判断をしたらしい。クルーゼ達へと確認を求めてくる。
「そうしてくれるとありがたいな。どうやら、艦内にも地球連合はもちろん、オーブとの関係を好ましくないと考えている者もいるようだ」
 そして、キラの素性を知っているらしい者も……とクルーゼは言外に付け加えた。
「そう言うわけだ。ミゲル、アスラン。キラのフォローをお前達に頼もう。こちらに関しては、わたしの方で注意を払う」
 もっとも、ラクスはともかく他の二人は迂闊に艦内を歩かせられないから、とクルーゼは告げる。
「もちろんです」
「こいつにいなくなられると最悪ですからね」
 だから、心配しないで欲しい……と二人が即答をした。
「それと……整備の連中についても、こっそりとチェックしておきます。少なくとも、信頼できると思える奴らもいますから」
 ミゲルがさらにこう付け加える。
「そうして貰おうか」
 自分一人ではさすがに手が回らない、とクルーゼは笑う。
「僕も気を付けますけどね」
 しかし、どうして自分が命を狙われたのか、とキラは未だに不思議でならない。オーブに関して言えば、カガリがいる限り何の権利も持たないのだ。
 それとも、と思う。
 ブルーコスモス内にコーディネイターがいるように、ザフト内にも潜入しているのだろうか。
「カガリ達を安全なところに連れて行くまでは」
 最優先にしなければならないのはこれだろう。
 キラは心の中でそう呟いた。



と言うわけで、書きたかったシーンその2です。と言うことで、ワガママ娘の面倒を押しつけられた哀れなクルーゼ隊長、と言うことで。一番の災難を被っているのは誰でしょうね(^_^;