「ようやく、か」 これで、キラだけではなく自分も安心できるか……とクルーゼは小さくため息をつく。 「アデス」 副官に声をかけながら、クルーゼはシートから腰を浮かせた。 そんな彼にアデスが視線を向けてくる。 「デッキへ行って来る。心配はいらないと思うが、万が一と言うこともある。敵艦の動きから視線を離すな」 敵の主力であるMAは既にこちらの手の中にある。しかし、あちらにはまだあのMSがあるのだ。体勢を整え直して追撃をしてくる、と言う可能性も否定できない。 「わかっております。ガモフと共に全速力でこの宙域を離脱します」 ラクス・クラインは守らなければならないから、と彼は口にする。その言葉にクルーゼは微かな苦笑を浮かべた。 「任せよう」 自分の判断で、必要と思う対処を取るように。 こう言い残すと、クルーゼはそのままブリッジを後にする。 自分ではどうしようもない、と判断すればアデスは間違いなくクルーゼに連絡を入れてくるだろう。そう判断するだけの信頼感をクルーゼはアデスに抱いていた。 しかし、それは盲目的なものではない。 無条件で信じられる人間と言えば、艦内でもほんの一握りだ。 だが、それで十分だろうとも思う。秘密を共有するものは少ないに越したことはないのだ。 でなければ、どこからその秘密がもれるかわかったものではないだろう。 その結果、不利益を被るのが自分であればいい。だが、自分たちが抱えている秘密が漏洩した結果、困るのは自分ではなく、大切な存在なのだ。 「それでは……彼らの遺志を無駄にしてしまう事になるからな」 そのために、自分たちはこうしているわけではない。 「とりあえず、第一の危機は脱した、と見るべきだろう」 しかし、何処に何が潜んでいるかわからない。この艦内にもあるいは、と思わせる事件があったこともまた事実なのだ。 その相手の裏を調べられるとしたら、ただ一人だけだろう。だが、彼にそんな重荷を背負わせるわけにはいかない。今ですら、かなりの激務をこなしているのだ、キラは。 「本当に、あの子の才能は……」 後半のセリフをクルーゼは飲み込む。 自分が指揮を執っている艦内とは言え、安心できないことを思い出したのだ。 「……何とかしなければならないだろうな……」 せめてキラが、目の前の戦闘にだけ集中できるようにしてやらなければならないだろう。でなければ、あの子供の命が失われる可能性があるのだ。それは、自分をはじめとした者たちの本意ではない。 第一、あの才能が失われる損失がどれだけ大きいかなどとは言わなくてもわかるだろう。 ザフト――コーディネイターとナチュラルの未来のためには、どうしても《キラ・ヤマト》の存在は必要になる。 あの子供の存在を少しでも守ろうとして、こうして手元に置いているというのに、それが逆に作用しては意味がないであろう。 そんなことになれば、他の者たちに何を言われるか。 「アレはともかく、あちらにはなにも言われたくないからな」 難しい問題だ……とクルーゼはため息をつく。そしてそのまま体を艦内移動用のエレベーターへと滑り込ませた。 全ての者が帰還をしたことを確認して、ヴェサリウスのハッチが閉じられる。同時に、MSデッキ内に再び空気が満たされた。 整備兵達はそれぞれの任務を遂行するために動き出している。その合間を縫うようにして、キラは《保護》されてきた機体へと向かう。 「キラ!」 その時だ。 アスランの声が耳に届く。 反射的に視線を向ければ、誰かがこちらに一直線に向かってくるのがわかった。 その手には何か光ものが握られている。 避ければいいのだろうが、今は体勢が悪い。 どうするか。 判断が付かないまま、キラはまぶたをきつく閉じた。 イージスから降り立ったアスランの瞳の端を、小柄な人影がよぎる。 それが誰であるかなどとは確認しなくてもわかってしまった。 自分にとって一番大切な存在。 しかし、それはこれから直面しなければならない問題と表裏一体の事柄でもある。しかし、彼の存在を自分が手に入れるためには仕方がないことでもあるか……とアスランは心の中で呟きながら、ゆっくりと床へと移動をした。 そこには、あの地球軍のMAが固定されている。そして、その中には《ラクス》が彼女を救い出してくれた《協力者》とともにいるはずだった。 その二人がまだ出てこないのは、自分たちを警戒してのことだろう。 もちろん、そうしているのはラクスではなく、もう一人の人物だ、と言うことも想像が出来た。その人物が知っている相手は、クルーゼかキラか自分だけだろう。だから、自分が呼びかければあるいは……と思いつつその独特のフォルムを持った機体へと近寄っていく。 「キラを……待った方がいいのかな?」 それとも、彼を待って一緒に声をかけた方がいいのだろうか。 問いかけようとしてアスランがキラを振り仰いだときだ。 こちらに向かって流れてくるキラに誰かが近づいていくのがわかる。 それだけなら別段おかしくはない、と判断してもかまわないだろう。彼の判断を必要としているものはここには特に多いのだから。 しかし、その手に何か光ものを見つけて、アスランは眉を寄せた。そして、その正体を確認しようとさらに目を細める。 次の瞬間、信じられないと言う思いがアスランの全身を包む。 「まさか……」 あれでキラを傷つけようとしているのか、とアスランは全身から血の気が引いていく感覚に襲われる。 このままでは、間違いなくそうなってしまうはずだ。 キラに――この場にいる全ての者たちに注意を促さなくてはいけないのに……どうして声が出ないのだろうか。 のどがからからに渇いて舌が動かない。 「キ、ラ……」 それでも、アスランは必死に彼の名を口にした。 自分に残された、唯一の者。 そして、何があっても失えない存在の名を。 かすれて、自分でも何を言っているのかわからない声で、何度も何度も繰り返す。 「キラ!」 忘れた歌を思い出したかのように、ようやくアスランの口は思い人の名をはっきりと吐き出すことが出来た。 それは彼に届いたのだろう。 その菫色の双眸がアスランの翡翠のそれとぶつかる。次の瞬間、菫が優しく微笑んだ。だが、それはすぐに驚愕でかき消される。 「キラ!」 アスランのつま先が床を蹴った。 今から向かっても間に合わないのはわかっている。だが、それでも黙ってみていることなんてできなかったのだ。 その時だった。 デッキ内を一筋の光が切り裂く。 一瞬遅れて、緋色がその場に広がった。 ようやく、持って帰ってきたっていうのに、まだ中から出てきませんよあの方々。それどころかものすごくまずいことになっているようだし……いいのか、それで(^_^; |