心臓が口から飛び出しそうなくらい、大きく脈打っている。
 それは、戦闘に飛び込む前、いつも感じることだ。
「……こんな事、慣れない方がいいのは事実だけどね……」
 戦争がなければ知るはずのなかった感覚。
 だが、その場にあることを選んだのは最終的に自分なのだ。だから、それは甘んじて受けようとキラは思う。
『お互い、このときだけは緊張するよな』
 その時だった。苦笑混じりのミゲルの声がキラの耳に届く。
 迂闊な……とは思うものの、気がつけば彼のジンはストライクのすぐ近くまでやってきていた。そして、装甲を触れあわせての会話だ、と確認できる。
「そうだね」
 彼の接近に気がつかなかった自分の迂闊さにため息をつきながら、キラが言葉を返す。
「でも、僕らよりも彼らの方が大変かもね」
 ほとんど初陣に近いのだろう? といいながらキラは意識をアスラン達へと向ける。
『小競り合い程度なら、何度か経験しているはずだけどな』
 小さな笑いと共にミゲルが言い返してきた。
『実はお前の方が心配性かもしれないな』
 こう付け加えられて、キラは口元に苦笑を浮かべる。
「人のことが言えるわけ? ラスティの機体の整備、自分のより念入りにさせていたって話じゃないか」
 整備陣から聞いたよ、と付け加えれば、ミゲルが低く笑ったのが伝わってきた。
『お互い様、と言うことだな』
 相手が相手でなければこんな事はしない、とミゲルはさらに付け加える。それに関してはキラも同意を示すことにした。
「アスランには割り切れって言ったけど、実は割り切れていないのは僕の方なのかもしれないね」
 控え室でキスを送ったのもそのせいだ。
 どうしたわけか、以前からキラのキスは御利益があるとか、無事に帰還できるというお守りだとか言った噂が出て、せがむ連中が多かったのだ。
 おそらくジンのコクピットで平然とした表情を作っているだろう相手も、その中の一員である――きっと今回はラスティにそう言ってせがんだのかもしれない、とキラは思っている――そして、実際にキラがキスをしてやった相手は無事に帰還していた、というのもまた事実だった。
 もっとも、ただの偶然だと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。だが、そんな《偶然》でも頼りたくなってしまうのは、ここが戦場だからだろうか。
『何にせよ、出来る限り俺らがフォローしてやらないとな……それが、験をかつぐと言ったようなことでもさ』
 出来るだけ平等にとは思うものの、やはりひいきしてしまうよなぁ……と口調混じりの声が戻ってくる。
「人としては当然の感情なんだろうけどね」
 隊長にばれたら怒られるかなぁ、と呟くものの、そんなことはあり得ない、と言う自信もキラにはあった。
『そこはまぁ……臨機応変って事で』
 ミゲルも同じ結論を出したらしい。こう言い返してくる。
「と言うところで、そろそろ、お仕事に戻ろうか」
 作戦開始まで間もないことだし、とキラは口にした。自分たちがなれ合っている時間があるのであれば、他のメンバーに声をかけてくる方がいいのではないか。そう判断したのだ。
『そうだな。ルーキー――というと怒られるだろうが――連中の様子を確認してくるか』
 後はニコルからの通信次第だな……と言い残すと、ミゲルのジンがゆっくりと離れていく。それを見送って、キラは小さくため息をつく。
「彼が役目をきっちりと果たしてくれれば……間違いなく作戦は成功するんだけど……」
 さて、大丈夫だろうか……とキラは若草色を思い浮かべながらこう呟いた。
 自分がチェックしたところ、彼は一番このような任務に向いている性格だろう。
 だが、そんな彼でもこの緊張感に耐えられるかどうかわからないのだ。実際、プレッシャーは想像以上だろうと思う。
「でも、きっちりと果たしてもらわらないと……失われるのは彼の命だけじゃないしね」
 はっきり言ってしまえば、自分にとっては彼の命よりももっと重い存在が、今回の作戦ではかかっているのだ。
 それと同等といえるのはアスランだけだと言っていい。
 自分は万能ではないから、どうしても優先順位を付けなければならない状況が来るだろうと思う。
「だから、悪いけど……切り捨てなきゃないときは遠慮なく切り捨てさせて貰うよ」
 後でその事実を後悔することになったとしても、彼らさえ生きていればかまわない。
 彼らさえ生きていれば、後悔もいずれ薄まるだろう。
 こう考えてしまう自分が一番いやだ……とキラが心の中で呟いたときだ。
「どうやら、作戦開始だね」
 今までの考えは一端捨てよう。
 そして、戦闘が終わったときに改めて考えればいい。
 キラは自分に言い聞かせるかのように心の中で呟くと、スロットルを握り直した。

 実際の戦闘が、これほどまで怖いものだとは思わなかった。
 それがラスティの本音だ。
 いや、怖かったと言えば先日死にかけたヘリオポリスでの時の方が実感できたかもしれない。あそこでは硝煙と血の匂いが手を伸ばせば届くところにあったのだ。
 だが、ここでは《死》は実感できない。
 あるいは、自分がその立場にあってもそう思えるのではないだろうか。
 ここでは、死はほぼ、一瞬で押し寄せてくるのだから。
「……だからといって、それに、飲み込まれちゃまずいんだよな」
 そんなことになれば、間違いなく自分は二度と戻ってこられない場所へと行くはめになってしまうだろう。そうすれば、本気でミゲルに嫌われる。
「って、死んでしまったらそれを確認できないんだよな」
 だからといって、そんな状況になるわけにはいかない。ラスティは知らないうちに乾いてしまった唇を舌先で湿らせながらこう思う。
 意地でも、出撃前にかわした約束を果たして貰わなければならないのだから、と。
「せっかく拾って貰った命だし、な」
 言葉と共にラスティはビームライフルの照準を目の前に飛んできた機体にロックしようとした。
 その時だ。
 別の角度から飛んできたミサイルが、ジンのショルダーを破壊してくれた。
「くそ!」
 一番厄介な機体が出てこないか、と思えば、これかよ……とラスティは毒づく。同時に、自分が目の前の敵にだけ集中して、他へと注意を払えなかった、と言うことに怒りを感じてしまう。それは、間違いなく自分に向けられたものだ。
「……あの機体が出てきていないって事は……MSの方かよ」
 本当に厄介だな、と言いながら、ラスティは周囲を見回す。だが、どこから発射されたのかわからない。
「まさか、もう一機いるわけ?」
 それも、ブリッツと同じ機能の奴が……と呟いたときだ。
『ラスティ! 下がって、ミゲル達と合流!! そのまま、アスランのフォローに行って』
 ミラージュコロイド機能搭載のミサイルらしいから……とキラの声がラスティの耳に届く。
『ジンの装甲では防ぐのが難しい。ここは僕たち三人が引き受けるから』
 どうやら、MS相手のようだし……と言うセリフに、ラスティは一瞬否定の言葉を口にしようとした。
 だが、すぐにキラの意見は正しいと思い直す。
「了解!」
 ここで彼らの足手まといになるよりも指示に従った方がいいだろう。
 そう判断をして、ラスティはその場を離脱した。



と言うわけで、戦闘シーン前編です。今回はキラとラスティ視点ですね。