取り残されたのは、硝煙の匂いと血の匂い。そして、放置されたままのMS一機だった。
「さて……」
 あちらこちらに倒れている人々に生存者はいるのだろうか。キラは顔を嫌悪にゆがめながら周囲を見回す。そうすれば、一際目立つ深紅のパイロットスーツが視界に飛び込んできた。
 その体躯からして、自分と同年代だろう。あるいは、これが初任務だったのかもしれない。それで命を落としては……とキラが心の中で呟いたときだ。
「……まだ、生きている?」
 放り出されたままの腕が微かに動いたように見える。もしそうだとするのであれば、せめて治療が出来るところまで運んでやらなければならないだろう。キラはそう判断をすると、まずはその側まで駆け寄る。
「生きているか?」
 声をかけながら、キラは相手の様子を確認する。どうやら、頭と肩に銃弾を受け、意識を失っただけらしい。
 ヘルメットで、銃弾の角度が変わらなければ間違いなく彼は命を失っていただろう。相手のねらいが正確だったが故に、どうにか命をつないだ……という状況だと言っていい。
 だが、あの状況であれば《死んだ》と認識されても仕方がないのではないだろうか。だが、このまま放置しておいても彼の命は失われるに決まっている。そう考えながら、そうっとヘルメットを外してやった。
 そして、とりあえず額の傷を止血してやる。そして、肩の方も……
 その衝撃で意識が戻ったのだろうか。彼が微かに目を開く。
「生きているね。なら、少し我慢してくれるかな。ヴェサリウスに連れて帰って上げるから……」
 こう声をかければ、彼は小さく頷いて見せた。そして、何かを伝えようとするかのように唇を震えさせる。
「無理はしないで」
 それよりも、今は体力を温存した方がいい……とキラは彼に囁く。
 だが、その言葉は彼の耳に届いただろうか。
 安堵のためかもしれない。彼はそのまま意識を手放してしまったのだ。
「……急いだ方がいいね、これは」
 キラは自分よりも一回りは大きい体を抱きかかえて立ち上がる。そして、素早く残された機体へと駆け寄った。
 今は放置されているとは言え、地球軍の兵士が取り戻しに来る可能性があるのだ。
 とはいうものの、人を一人抱えてコクピットまでよじ登るのは辛い。彼が腰に付けていた小型ジェットがなければ、いくらキラでも不可能だったのではないだろうか。
 狭いコクピット内で、彼の体をどうしようか……と考え、キラはとりあえず予備のベルトで彼を固定をする。そのままシートに腰を落とすと、キラはキーボードを引き出しOSの確認作業に入った。
「……何、これ……」
 こんな穴らだけのOSでこれだけの機体を動かそうとしたのか……とキラは呆れたくなってしまった。
「無謀……」
 はっきり言って、これではナチュラルはおろかコーディネイターでも動かすことは不可能だろう。おそらく、他のメンバーが奪取していった機体には、応急的にジンのOSを入れていったのではないだろうか。
 しかし、幸か不幸か、自分の手元にそれはない。
「……いいや……勝手に書き換えちゃえ」
 背後で気を失っている彼であれば、あるいは持っているかもしれないが、それを確認するために起こすのはためらわれる。それに、探すよりも自分で一から直してしまった方が早いだろう。
 そう判断をしたキラは、ものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。
 五分とかからずに、その動きは止まる。
「さて……と……誰が近くにいるかな」
 機体だけではなく、他にも持ち帰らなければならいものがある。そうである以上、誰かの手を借りたいのは事実だ。それに、今は怪我人もいるし……とキラは心の中で付け加えながら、ゆっくりと機体を起動させた。

『ラスティは……失敗した……』
 この言葉が先ほどからミゲルの脳裏を駆けめぐっている。
「……あの、バカ……」
 自分たちは軍人だ。
 そして、ここが戦場である以上、いつ、命を落としたとしても不思議ではない。まして、彼らにとってはこれが初めての任務だ、と言ってもいいのだ。
 しかし、とミゲルは心の中で付け加える。
 強引に押し切られたような形になった、とは言え、相手は自分が認めたただ一人の存在だ。
 それを失って平然としていられる男が、一体何処にいるだろうか。
「それもこれも、全部、貴様らのせいだ!」
 まだ抵抗を諦めようとはしない地球軍らしき者たちへとミゲルは銃口を向ける。
 これは戦争ではない。
 ここまで武力差があるのであれば、ある意味、ただの殺戮だと言っていいかもしれなかった。あるいは、私怨といえるのかもしれない。
 それでも、この鬱憤をどこかで爆発させなければ、現状に耐えられないのだ。
「さっさと諦めろよ! ナチュラル風情が!」
 この叫びと共に引き金を引こうとした、まさにその時である。
『……そこのジンに乗っているのは、ミゲル・アイマンか?』
 聞き覚えのある、だがここで聞くとは思ってもいなかった声が彼の耳を叩く。
「……マジ?」
 そう言えば、相手はどこかに潜入任務に就いていると耳にした覚えがあった。それがこの地だったのだろうか。
 だとすれば、クルーゼに情報を流したのも彼なのかもしれない。
 とはいうものの、あまりの驚愕に、ミゲルはすぐに声を返すことが出来なかった。
『違うの?』
 だとしたら厄介だな……という呟きが再びミゲルの耳を叩く。
「違わない! 俺だ、俺!」
 慌ててミゲルは声を上げる。
 ここで相手が誤解をしたら、とんでもない行動に出かねない。その事実を思い出して、ミゲルは慌てて肯定の声を上げる。
『よかった……最後の機体を奪取したんだけど、ちょっと厄介なことになってさ。手伝ってくれないかな?』
 それも、大至急……と声が続けた。
「厄介事?」
 彼がそんなことを言うのは珍しい……と思いながらミゲルは聞き返す。
「おまえがそんなことを言うなんて、珍しいな、キラ」
 ミゲルの言葉にキラが苦笑を漏らす。
『これ、汎用を目指したのか、バックアップパーツがあるんだよね。それがないと意味がないし……それに、怪我人を一人、保護している。少しでも早く、軍医に診せたい』
 紅服をまとっているけど、どうやら新人らしいし……と付け加えられた言葉に、ミゲルの中でそれこそ《まさか》と言う思いが生まれる。
 クルーゼ隊の中で、今回の作戦に参加している紅服は全部で五人。
 そのうちの四人は既にこのコロニーを脱出している。
 と言うことは、残りは一人しかいない……と言うことだ。
「わかった。すぐに行く」
 そして、それは自分が失いたくないと、失ったと聞かされてショックを受けた相手なのではないだろうか。
 もしそうだとするのであれば、こんな連中と遊んでいる暇はない。
 そう判断をして、ミゲルはさっさとキラから指定された場所へとジンを移動させたのだった。



と言うわけで、ようやくこの二人が絡んでくれることになりました。こっちはこのままさくさくとアスキラ中心で進めていくことにします。気力があったら、後でミゲラスシーンを追加、と言うことで(^_^;