「……どう、したのですか?」
 自分たちの顔を見た瞬間、ニコルが目を丸くしている。
「まぁ、な……ちょっと……キラの逆鱗に触れちまって……」
 あはははは……とかわいた笑いを漏らしながら、ラスティはこう白状をした。それは全てではないが、だからといって、相手が相手なだけに全部隠せるはずもない。ここは適当に教えておいた方がマシだ、と判断しただけである。
「そうですか。同じような青あざをミゲルとアスランもつけていたので、気になっただけなのですが」
 三人にそうやって青あざをつけられるだけの猛者がバルトフェルド隊にいたのであれば、顔を見てみたいと思ったのだ、と悪びれる様子も見せずに彼は口にした。
「一人一人であれば、別段おかしいとも思いませんけどね」
 いくら彼らでも、一対複数では青あざぐらい作るだろう。だが、三人セットでは負けるわけはない。その程度ぐらいの認識は自分にもあるのだ、とニコルは笑う。
「でも、相手がキラさんなら、無条件で殴られるでしょう、あなた達も」
 そして、逆鱗に触れた、とわかっているのであれば余計に、と彼は付け加える。
「否定できないから怖いよな」
 実際、あんな体でよくもまぁ……とラスティも思った。
 同時に、ミゲルがどうしてあれほどまでにキラを怖がっていたのかも理解できたし……とラスティはため息をつく。
「まぁ、おかげで惚れ直したけどな、キラに」
 今まで以上に、と苦笑を浮かべれば、
「お願いですから、アスランとミゲルを巻き込んで泥沼に突入しないでくださいね」
 と言い返されてしまう。
「そう言う意味じゃないって……」
 確かに、あんなことも楽しい。だからといって、本気で体を重ねたいわけではないし、アスランとの間に割り込む気はない。今後そう言うことがあるとすれば、きっと、オーブに赴いたときのようにそれぞれのパートナーと離れたときにお互いを慰めるときぐらいだろう、と思う。
「……そう言う感情は抜きでさ。キラがますます好きになったって言うだけだよ」
 友情と尊敬がさらに増したって感じ、と言い返せば、
「わかっていますよ。冗談に決まっているじゃないですか」
 とニコルは微笑む。どうやら、自分が彼にからかわれているらしい、とようやくラスティは気づいた。
「……頼むよ……ただでさえ、疲れているのに、さらに疲れさせないでくれってば……」
 自業自得なんだけど……と呟く。
「自覚しているのであれば、やめますよ。キラさんの方が大変そうでしたし」
 でなければ、こんな風に絡むつもりはなかった、とニコルは口にする。つまり、キラがつらそうなのを見て、大まかな見当をつけて自分のところにやってきたのか、とラスティは判断をする。
 アスラン達に行かなかったのは、彼として手を出しずらかったからだろうか。
「宇宙に戻ってしまえば、逆に忙しくなるはずですからね」
 キラは、と言う意見に、ラスティもうなずき返す。
「だから、夕べだったんだけどなぁ……あとは、チャンスがなさそうだしさ」
 これも、あまり多くの連中に見られなくてすむだろう、とラスティは笑う。
「本当に、そう言うところは抜け目がありませんね」
 それに対するニコルの答えがこれだった。
 これは賞賛の言葉なのだろうか、とラスティは一瞬考える。
「ありがとうよ」
 だが、ここで自分にいい方に受け止めるのが《ラスティ・マッケンジー》だろう、と判断して、さらに笑みを深めた。

 アスランの視線を感じながらも、キラはゆっくりとシンに歩み寄っていく。
「……君は……いつ向こうに戻るの?」
 本来であれば、自分が預かったのだ。だから、オーブまで自分が送り届けるのが筋、と言うものだろう。キラはそう考えていた。
 しかし、軍人である以上、命令に逆らうわけにはいかないのだ。
「俺は、来週です。その間に、アイシャさんがあれこれテストをしてくださるそうなので」
 それを片づけないと……と彼は笑う。
「そうなんだ」
 本当は自分がすべき事なのではないか、とキラは小首をかしげる。しかし、彼女であれば任せても大丈夫なことはわかっていた。
「……途中で、余計なことがあったからね……ごめんね」
 本当であれば、もっといろいろと面倒を見る予定だったのに、とキラは言外に告げる。
「いえ。あんなことを企てた連中がバカなんです」
 だから、キラのせいではない。シンはそう言って微笑みを浮かべた。
「それに、キラさんにはあれこれご迷惑をおかけしているのは事実ですから」
 自分がいなければ、キラはもっと自由に動けたのではないか、と彼は付け加える。その判断ができるようになったのも、ここでいろいろと経験をしたからだろうか、とキラは思う。
「……でも、そのおかげでわかったこともあります……」
 実際の戦闘と、ただの訓練の差が……とシンはそれを告げてくれた。
「それがわかれば……十分だと思うよ、今は」
 まずは、それが第一歩なのだから、とキラは思う。
「そうですね。俺は、何も知らなかったから……」
 何でもできると思いこんでいたのだ、とシンは口にした。そうでないとわかったからこそ、いろいろな意味で周囲を見回すことができるようになったのだ、とも。
「だから、まず、俺に何ができるかを、考えてみたいと思います」
 こう言って、彼は微笑む。
「……今の君なら、できることはたくさんあると思うよ」
 そんな彼に向かって微笑み返す。
「だと、うれしいのですけど」
 シンはどこかはにかんだように口にした。
「まずは……キラさんを見送りことから始めようか、と思います」
 送られるよりも見送る方が好きだ、と付け加えられて、キラは困ったような表情を作る。まさかそう言われるとは思わなかった、と言うのが本音だ。
「シン君」
「でもいつか、貴方の隣に立ちます、俺は」
 そんなキラに向けて、彼はこう告げる。
「楽しみにしているよ」
 そんな日が来るかどうかはわからないが、彼の意欲をそぐことはしないでおこう。キラはそう考える。
 その意欲だけは大切だろう、と思うのだ。
 彼が隣に立つのが自分ではなくカガリだとしても、オーブにとってはマイナスにならないだろう、とも。
「……キラさん」
 ふっと何かを思いついたというようにシンがキラを見つめてくる。
「何?」
 そんな彼の視線をまっすぐに受け止めながらキラは言葉を返した。
「お願いがあるのですが……」
「……僕にできること?」
 こう聞き返せば、シンはしっかりとうなずき返してくる。
「……一度でいいです……キス、させてください」
 それだけでがんばれるから、とシンは口にした。それは、決して冗談でも何でもないだろう、とはわかる。
 だが、とキラは悩んでしまう。
 アスランが見ているしなぁ、と思うのだ。
 でも、そのくらいはいいかもしれない、とも。それで、シンががんばれるというのであれば、と。第一、自分のキスはある人々にとって《お守り》とも言われているのだから。
「一度だけだよ?」
 こう告げれば、彼はうれしそうに微笑んで見せた。






だから、どうしてそう周囲を煽るような行動を取ってくれるのでしょうか、キラは。しかも、これが半分は無自覚だというあたり……何とも言いようがありませんね(苦笑)