次々と、クルーゼ隊の面々が輸送船に乗り込んでいく。
 その中には、もちろんキラも含まれていた。
「……キラさん……」
 シンはその周囲と比べても細いとしか言いようがない後ろ姿から視線を離すことができなかった。
 同時に、どうして自分はあの背を追いかけることができないのか、とも。
「割り切った、はずなのにな……」
 今、彼の側に立てないことは……とシンは小さな声で呟く。
 それでも、彼のためにできることをしようと決意をしたのに、とも思う。
 なのに、どうしてここでキラの後ろ姿を見送っているのが悲しいのだろうか、とも思うのだ。
「それは、貴方がキラちゃんを好きだから、でショ?」
 シンのつぶやきが耳に届いたのだろう。そうっとアイシャが彼の肩に手を置いてくる。
「でも、笑ってあげないと、キラちゃんが心配をするわヨ」
 彼が不安になっては、万が一の時の対処が遅れるかもしれない。そうなれば、どうなるかわかるだろう……とアイシャはさらに付け加える。
「わかっています」
 だが、どうして微笑むことができるだろうか。
 相手の心が自分にないことはわかっている。
 だが、それでも自分は彼に心を捧げたのだから――それが間違いかもしれないとはわかっていてもだ――その相手との別れに微笑むことができるだろうかとも思う。
 それでも微笑まなければならないのだ、とシンは自分に言い聞かせた。
 キラに余計な負担を与えないように。
 それを第一に考えなければいけない。
 シンは必死に笑みを作ろうとする。
「そうそう」
 そんなシンの努力をくみ取ってくれようといているのか。アイシャがさらに優しい声で囁いてきた。
「オトコノコだもの。少しぐらいのやせ我慢は必要でショ」
 そして、それがキラにもわかっているはずだ、と告げられて、シンはうなずく。
 彼がわかってくれて、それでも自分を信じてくれているのであればいい。
 いつか、自分が彼の側に立つと言うことを。
 それがどのような立場かはまだわからないが……とシンは心の中で付け加えた。
「……俺はいつか、貴方に勝ちますよ……」
 アスラン・ザラ……とシンは呟く。
 その深紅の瞳の先には、キラの肩を抱くアスランの姿があった。きっと何かを話しているのだろう。仲むつまじいといえる様子で彼らは顔を近づけている。
「そうそう、オトコノコはそのくらいの気概がないとネ」
 シンの呟きをしっかりと聞き取って微笑む。
「ほら、キラちゃんがこっちを見ているわよ」
 アイシャに言われなくても、シンにはそれが見えていた。
 口元に浮かべた微笑みはやはりぎこちない。
 キラにはそんなシンの気持ちがわかったのだろうか。彼はふわりと微笑んでみせる。そして、軽く手を挙げた。
 シンもそれに応えるように手を挙げる。
 それを見て安心したのだろうか。キラはそのまま輸送機の中へと姿を消した。
「泣いてもいいのよ?」
 その瞬間、アイシャがこう囁いてくる。だが、シンは黙って首を横に振って見せた。
 ゆっくりと輸送船が動き出す。
 シンはにらみつけるようにして、それをいつまでも見送っていた。

 窓から見える光景が次第に小さくなっていく。
「キラ?」
 どうかしたのか、とアスランが問いかけてきた。
「……何度体験しても……ある場所から離れるって言うのはつらいな、って思って」
 キラはこう言葉を返す。その視線の先には、既にごま粒ぐらいの大きさにしか見えないシンがいた。
「俺がいるだろう?」
 それが気に入らないのだろうか。
 アスランはこう口にすると同時に、キラの肩に手を置く。
「俺は……もうお前から離れる気はないからな」
 任務であれば仕方がない。だが、自分が帰るのはキラの隣だ、と彼は言い切る。
「僕だって同じだよ、アスラン」
 自分も、帰りたいのはアスランの隣なのだ、とキラは言葉を返す。
「あんなことをされてもね……嫌いになれないんだよね」
 本当に、とキラはわざとらしいため息をついた。
「だから、それに関しては『悪かった』と言っているだろう?」
 一応、自分は断ったのだ、とアスランは口にする。それでもラスティがあきらめてくれなかったのだ、と。
「そもそも、誰が原因なの?」
 アスランが余計なことに気を回したからじゃないか、とキラはアスランへと視線を向けた。そして彼をにらみつける。
「……俺だな……」
 これに関しても自覚があったのだろうか。それとも、自覚させられたのか。
 どちらにしても、今まで見えなかった面が見えてくれたのはそれなりにうれしいと思う。もっとも、こういう場面でなければ、と考えてしまうのも事実だ。
「あいつは……きっとまた俺たちの前に姿を現すよ……」
 本当、困ったものだね……とキラは心の中で呟いたときだ。アスランがまるで予言をするようにこう口にする。
「アスラン?」
「その時までに、もっと余裕を持てるようにしておかないとね、俺が」
 もっともっと、キラに好きになってモラル用にがんばらないと、とアスランは笑った。
「……それよりも先に、この戦争を終わらせられればいいんだけどな」
 だが、不意にまじめな表情を作ると、アスランは呟く。
「そうだね」
 それはキラも同じ思いだ。
 だが、そのためにはどうすればいいのか。
 そのための道を見いだせないというのもまた事実。
 だが、アスランが側にいてくれるのであれば……とキラは心の中で呟いていた。






シンちゃんは男の子ですね。
やせ我慢も立派な男の子です。それに比べてアスランは……と言いつつ、キラもキラだからいいのか、と言うことで。