「そう言えば、昨日のシミュレーションの結果は、すごいね」
 隣を歩いていたキラが、不意にこう話しかけてきた。
「……でも、負けました……」
 かなり追いつめることができたと思ったのだが、最後にカウンターを食らってしまったのだ。かろうじて全壊は回避できたが、それでも動けなくなってしまったのだから、意味はないのではないか、と思う。
「それは、やっぱり経験の差だよ」
 こればかりは仕方がない、とキラは口にする。
「彼はあれでもザフトでもエースクラスのパイロットだしね。そんな彼に対し、機体本来の性能を引き出す間を与えない、というのは十分すごいと思うよ」
 もっとも、自分の主観だけど……とキラは付け加えた。だが、シンにしてみればそれで十分という気持ちもある。
 一番重要なのは、彼に認められることなのだから、と。
「……でも、イザークさんや……アスラン・ザラには、歯牙にもかけてもらえません……」
 アスランの名前を口にするのは微妙にためらいがあるのを、キラは気づいているだろう。
「彼らはね……彼らの同期の間ではトップ二人だから……仕方がないのかな?」
 しかし、それには気づかなかった……というように、キラはさらりと流してくれる。そう言う点も、彼の余裕なのだろうか。それとも別の理由があるのか。そこまではわからない。
「でも、やっぱり負けるのは悔しいです」
 だから、自分の気持ちを素直に口にした。
「その気持ちが行き過ぎてしまえば問題だけど……普通だと思うよ。むしろ、目標は高い方がいいんじゃないのかな」
 自分もそうだったし、とキラは唇の端を持ち上げた。
「キラさんの目標は……どなただったのですか?」
 キラの口調からすれば――そして、今の彼の技量を考えれば――かなり高い目標だったのではないだろうか。だとすれば、どのような相手だろう。そう思ってシンは問いかける。
「ラウ兄さんだよ」
 そうすればキラはあっさりと言葉を返してきた。
「今でも、勝てないからね……ラウ兄さんには」
 三回に一回ぐらいは互角に持ち込めるんだけど、とキラは微笑みに苦いものをにじませる。
「でも、絶対に二回に一回は勝てるようになるんだって、思うんだ」
 そのためには訓練を欠かしたくはないのだが、プログラミング等の任務が入るとそう言うわけにもいかない。キラは悔しそうにこう告げた。その様子は自分と変わらないように思える。
「でも、キラさんでなければできない任務なのであれば、仕方がないですよね」
 そして、それだけ声をかけられると言うことは、彼は本当にすごいのだろう、とシンはシンは考えていた。実際、彼が作ったOSは信じられないほど自分が思い描いていたとおりの動きをアストレイに伝えてくれるのだから、と。
「でも、僕はあくまでもパイロットでいたいんだよね」
 自分の才能を認めてくれるのはうれしいけど、とキラは小さくため息をつく。
「いろいろと……難しいものですね……」
 シンは小さな声でこう呟いた。
 そう、本当に世の中は難しい。
 キラの願いだけではない。自分の気持ちすら、自分でどうすることもできないのだから。
 それでも、キラの隣にいられる今は幸せなのだろう。
 別れの日は目前まで迫っているのだから。
 その事実から目をそらしたくて、シンはキラの横顔を見つめていた。

 キラの報告を耳にして、ラウは難しい表情を作る。
「それに関しては……バルトフェルド隊長のおっしゃるとおり、我々はもう触れない方がいいだろうな」
 そしてこう告げた。
「隊長?」
 どうしてなのか、と疑問の声を上げたのはイザークだ。
「これ以上、この一件に首をつっこむと言うことは、本格的に情報部の任務に手をつけると言うことでもあるからな。つまり、キラをそちらに移籍さえなければならなくなると言うことだ」
 自分たちはあくまでも実戦部隊であり、そのための情報収集はともかく、地球軍の根本に関わるそれは越権行為に当たるだろう。言外にラウはこう告げる。
「バルトフェルド隊が行えるのは、彼らの内部にブルーコスモスのものがいたからだ」
 どのルートで彼らが潜入を果たしたのか。
 隊を危険にさらした以上、確認を取ることを誰も問題視はしないだろう。
 いや、むしろ同じような事態にならないためには必要だと判断されるのではないか。ラウはこう付け加える。
「それなら、我々はキラを危険にさらされました。彼が連中の標的であることは明白だと思いますが?」
 ならば、と口を開いたのはディアッカだ。
 どうやら、自分が思っていた以上にキラは彼らにとって重要な位置を占めているらしい、とラウはうっすらと微笑む。
「だが、我々は宇宙に帰る。ヴェサリウスとガモフ。その艦内にそのような者がいないことは既に調べ上げてある」
 もっとも、それを行うように命じたのは自分ではない。
 いや、そうするつもりだったのだが、それよりも早く指示を出した者がいた、と言うのが現状だ。
「……いつの間に……」
 ラスティのつぶやきがラウの耳に届く。
「家の父あたりが手を回したのかもしれないな」
 そんな彼に向かってアスラン楽章混じりにこう告げている。
「僕の父も、手を貸した可能性は否定できませんね」
 ニコルもまた、そんな彼に同意の言葉を口にした。
 それが当を得ていることを知っていたが、あえてラウは指摘をしない。
「それだけ、キラさんの存在はザフトで重要だ、と言うことなのでしょうけどね」
 ニコルが微笑みながらさらに言葉を重ねた。
「確かにキラを奪われたら……あいつらの機体の性能は飛躍的に向上しいてしまうだろうな」
 そうなれば、これまで以上に厄介なことになるとミゲルもうなずく。
「じゃ、お二人が動いたとしても仕方がないのか」
 ここまで言われれば、彼らもその裏側が読み取れたのだろう。文句を言う者はいない。
「そう言うことだ。だから、とりあえず我々が使用している艦から優先してチェックが行われたらしい。そして、喜ばしいことに、どちらの艦にも疑わしき者はいなかったのだよ」
 だから、宇宙に戻ればキラを拉致しようとする者から逃れられるだろう。ラウは改めて彼らに告げた。今度は誰からも異論は出ない。
「現在のデーターを整理次第、我々はカーペンタリアへ移動をする。そこから宇宙に戻ることになるだろう」
 その準備もしておくように……というラウの言葉に、彼の部下達は全員居住まいを正して見せた。





だから、キラは《天然小悪魔》だと……そう言う態度がシンを煽っていると考えていないわけですね、こいつは。
と言いつつ、そろそろ第二部も終わりが見えてきました、と言うことで(苦笑)