「今……なんて言ったの?」
 キラが口元に笑みを刻みつつこう言い返してくる。しかし、彼の瞳はまったく笑っていない。それがどのような意味を持っているのか、ミゲルはよく知っていた。
「だから、さ……万が一のことを考えて、俺たちがお前らの部屋で待機していた方がいいかなって……」
 もちろん、本当に言いたいセリフはそれではない。
 だが、その前ふりとしてこう切り出しただけだ。もちろん、キラがねらわれている以上、自分が守らなければならない、と思っている気持ちも嘘ではないのだが。
「……それだけ?」
 ラウとアスランに次いでつきあいが長いのがミゲルだ。
 そして、キラはそう言う相手の感情を読み取るのは上手だ――自分に向けられている好意に関しては疎いくせに、とミゲルはいつも歯がゆく思うのだが――だから、ミゲルがそれ以外の感情を抱いていることを当然気づいているだろう。
「まぁ、ラスティがあれこれ考えているらしいんだが……アスランに対する嫌がらせの意味で」
 仕方がない、と言うようにミゲルは硬派苦情をする。同時に、心の中でラスティに頭を下げていた。これでキラの怒りの矛先が彼に向かいかねない、と判断したのだ。
「ふぅん」
 しかし、キラは納得していないらしい。目をすがめるとミゲルをにらみつけてきた。
「……あのな……そっちの方は……本当に……」
 笑い話だから……とミゲルは慌てて口にする。
 ニコルを怒らせるのも怖いが、キラはもっとまずいのだ。
「アスランに対する嫌がらせ……って、自分がやりたいだけじゃないの?」
 キラの口調もますます冷えていく。
「そう言えば、前にオロールたちに聞いたことがあるんだよね。ミゲルって、そっちの方面では結構遊んでいたから、そのうち巻き込まれるぞって」
 どうせ、ラスティにミゲルが吹き込んだんだろう……とキラは言外に付け加える。
「今回に関しては違います……」
 思わずこんな口調になってしまうのは、本気でキラが怖いからだ。
「……っていうか……オーブでそう言うことしただろう? その時のことを、忘れられないんだと……ラスティが……」
 お前がいくときの表情が可愛らしかったって……と白状をする声が次第に小さくなっていったのは無理もないことだろう。
「それで?」
 さっさと全部白状しろ、とキラは全身で告げてくる。
「だから、お前と最後までしたい訳じゃなくて……行くところが見られれば、アスランとしているところでもかまわないんだっていうけど……どうせ、途中で自分が我慢できなくなるから、一緒にやればいいだろうってさ……」
 まぁ、それに関しては俺も賛成しました……とミゲルは素直に口にした。こうなれば、一蓮托生。毒を食らわば皿までという心境だったのだ。
「……それで、どうしてアスランに対する嫌がらせになるわけ?」
「それは……」
 さて、そこまでつっこんだ話をしていいのだろうか。ミゲルは思いきり悩む。悩むのだが、話さなければそれこそキラの怒りを買うだろう。
「ラスティの意見だけどさ……アスランをどこかに縛り付けるなりなんなりして……それから、ラスティがお前とさわりっこをしたいんだってさ」
 その間は、自分も見ているだけだって……とミゲルはため息をつく。
「ふぅん……」
 それにキラは意味ありげな声を漏らす。
「たださ、キラ……悪いのは俺だから……」
 ラスティにあれこれするのは我慢してくれ……とミゲルは口にした。その分、自分が怒りを引き受けるから、と。
「それに関しては、前例を作っちゃった僕もいけないんだっていうのはわかっているしね」
 別段、ラスティを怒るつもりはないとキラは口にした。その事実に、ミゲルはほっと胸をなで下ろす。
「でもね」
 しかし、それも一瞬のことだった。
「……キラ?」
 やっぱり俺が怒りを引き受けなければいけないのか、とミゲルは覚悟を決める。
「ちょっと最近のアスランは許せないかなって思うんだよ……だからといって、嫌いになれる訳じゃないけどね」
 こう言うときでなければ、愛しいと思えるかもしれないけど……とキラは付け加える。
 それはひょっとして、のろけなのだろうか。
 ミゲルは思わず首をかしげたくなってしまった。しかし、それを問いかけて、下手にキラを刺激したくない、と思う。
「シン君に対する態度は……まぁ、妥協してもいいかなって思うんだけどね……」
 いや、それが一番問題だろう、とミゲルは心の中でつっこむ。
「問題は、それを任務にも引きずっているってことなんだよね」
 休憩時間帯であれば、いくらでも納得できるし、妥協できるのに……とキラは付け加えた。
「まぁ、休憩時間ならな。いくらでもいちゃつてくれとは思うぞ、俺も」
 自分たちだってそう言うことをしているし……とミゲルはこっそりと主張をする。
 だから、キラとアスランがそんなことをしても、自分はおおらかな気持ちで見つめることができるだろう、とも。
「……他の連中がどう思っているかは知らないけどな……」
 ディアッカあたりはおもしろがっているらしい。
 ニコルは許容していることもわかっている。
 問題はイザークだな……とミゲルは心の中で呟いた。それは、彼の複雑な心情を感じ取っているからだ。
「……イザーク、ね……彼も、どうしてアスランにあんなに突っかかるんだろうね」
 それは、お前に好意以上の感情を抱いているらしいからです、とは決して口に出せない。キラはもちろん、本人も気づいていないのだから、と。下手に刺激をしてやぶ蛇になってはいけないだろう、とも思うのだ。
「そりゃ……アスランがイザークのプライドを毎回粉々にしているからだろう」
 本当困ったやつだよなぁ……とミゲルは乾いた笑いを漏らした。
「まぁ、あいつらのあれはコミュニケーションの一環、と考えていいと思うぞ」
 競い合うのを楽しんでいるようだし……とミゲルは付け加える。
「第一、他の連中に迷惑といっても、ディアッカが後始末をするぐらいだしな」
 ディアッカはディアッカであきらめているようだし……と告げれば、
「まぁ、当人達がそれでいいというなら口を挟む必要はないよね」
 キラも納得したらしい。
「と言うわけで、問題なのはやっぱりアスランか……」
 苦笑とともにキラはこう締めくくる。
「同室の件は、かまわないよ」
 そして、こう言いながら彼は腰を上げた。
「もう一つの方は……自分たちで判断してね」
 こう言いながら、彼は歩き出す。
「キラ!」
「隣。隊長達に報告に行くだけ」
 だから付いてこなくていい、と彼は付け加える。確かに、目の前のドアを開けるだけだから、追いかけなくても大丈夫だろう、とミゲルは判断をした。
「だけどなぁ……」
 今のセリフは何なのだろう。
 拒否なのか、それとも許容なのか。
 新たな難問に首をひねってしまうミゲルだった。




ミゲルは墓穴を掘っております。まぁ、これがどうなるのか、それはお楽しみと言うことで(苦笑)