「一体、どこのバカがそんなことをしてくれたのですか!」 アズラエルはいらだちを隠せない……という口調で言葉を口にする。 「こちらの計画が台無しじゃないですか!」 もっと穏やかに――そして連中に知られないように――目標を連れ出すつもりだったのに、と彼は相手を怒鳴りつけた。 「それは……現在、調査中ですが……」 額に汗を浮かべながら、地球軍の制服を着た男が口を開く。 「間違いなく、この場からの指示でしたので……誰も不審に思わず……」 そのまま指示通りに行動したのだ、と彼は報告をしてきた。 「ここから、ですか?」 まさか、と思いつつ、アズラエルは聞き返す。 この場の設備から指示を出せるのは自分だけだ。 そして、自分にはそのような行動を取った記憶はない。 「……あくまでも、ホストに残されていたログだけが証拠なのですが……」 それにはこの場からのアクセスが、その時間帯に記録されているのだ、と。 「……それはますます、ゆゆしき事態ですね……」 アズラエルは吐き捨てるようにこう口にする。 「つまりは、誰かがここのホストにハッキングを行っている……と言うことでしょうが……」 コーディネイターなのか、それともナチュラルなのか。そんな所行をしてくれた相手がどちらでもかまわない。問題なのは、その結果自分の計画が全て水泡に帰してしまったことと、今後も同じようなことが起きないとも限らない、と言う二点だ。 「大至急、僕に納得がいく報告を届けてください。それと……あちらに使える手駒がいないかどうかも」 あれをあきらめるつもりは全くありませんからね。この言葉に、男はすぐにうなずいた。 「では、さっさと動いてください」 この言葉に、男は即座に行動を開始する。あるいは、これ以上アズラエルの怒りを買ってはいけないと判断したのだろうか。どちらにしても、自分が望む結果が出てくれるのであればかまわないだろう、とアズラエルは思う。 その後ろ姿が完全に見えなくなったときだ。 部屋の片隅から小さな物音が響いてくる。 「あぁ、君たち」 それで存在を思い出した……というようにアズラエルは視線を向ける。 「残念ですが、ゲームはお預けですよ」 次の機会まで、おとなしくしていなさい……と付け加える言葉は、まるでペットに向けるようなものだ。 だが、その場にいた者達は誰も気にする様子を見せない。 素直に指示に従って戻っていく。その様子に、アズラエルは満足そうに微笑んだ。 「どうやら……今回のことは無事に終結したようですね」 報告を耳にした瞬間、その人物は穏やかな笑みを口元に刻んだ。 「あの少年は……全てを終わらせるための大切な《鍵》です。そして、新たな世界のための《種》でもあります。そんな彼を……あの男達のつまらない目的のために使わせるわけにはいきません」 その言葉に、モニターの中の相手もうなずいてみせる。 『ですが……そのために他の命が失われました』 彼らの命もまた、失ってはいけないものだったのではないか。モニターの中の相手がこう問いかけてきた。 「本来であれば……彼らの命も守りたかった……というのは事実です。しかし、その彼らの命の火は既に消えかけていたのです」 あれだけ酷使されていたのだ。それも無理はないだろう。 「そして、その最後は……悲惨なものです」 普通のコーディネイターであれば、ナチュラルと変わらずに穏やかな死を迎えることができるだろう。 だが、彼ら――ソウキス達は違う。 その命が誕生する際、外部から無理矢理刷り込まれた意識のために、彼らの精神はとても不安定なものになっている。そして、その命がつきるよりも先に、精神が崩壊をするのだ。 感情を失い、ただの人形のようになってしまうならまだいい。 それならばそれで、生き残る道もないわけでないのだ。それが周囲のものからはとても認められないものだとしてもだ。そして、生きていればあるいは……と言う可能性がないわけでもない。 しかし、中にはただの破壊衝動だけが残る者がいる。 そして、周囲のものを全て破壊したあと、それが向かうのは自分自身だと言っていい。 その結果がどうなるか。 実際目の当たりにしたことはないが、悲惨であろうと言うことだけは想像できる。 「せめて……苦しまずにと思ったのですよ。それが欺瞞だったとしても」 そして、と彼は付け加えた。 「あの場にいたあのものは……彼を薬で眠らせて連れ出すつもりだったとか」 そう考えれば、仕方がないことだ。そう割り切るしかないのだろう……と。 『そうなのかもしれませんが……』 「彼を失うよりはマシだった……そう考えて頂くしかないでしょう」 自分たちの未来のために、と彼はため息をつく。 『……彼らの命を無駄にしないよう、努力するしかないわけですね』 モニターの向こうで同じように小さなため息をついたのがわかった。 「重要なのは……この戦争を終わらせること。そして、その後に続く未来に、禍根を残さないことでしょう」 ブルーコスモスという名のそれを……と彼は口にする。 「そのためであれば、後の人々にどのような評価をされようとかまわない。そう思っております」 自分のことはどうでもいいのだ、と彼は付け加えた。 『それは私も同じです』 即座に言葉が返ってくる。 大切なのは未来。 そして、それを担う者なのだ。 二人はその思いで一致を見る。そのために自分たちはどうなってもいいのだ、と。 そんな二人のことを知るものはお互いいないいなかった。 あちらこちらで思惑が交差しています。 |