彼らがそんなことを考えているとは知らないアスランは、キラを抱きしめたままじっとしていた。
「アスラン……あのね」
 そんな彼に、キラは苦笑混じりの声をかけてくる。
「何?」
 彼の髪に顔を埋めながら、アスランは聞き返す。それでも、彼を抱きしめる腕から力を抜こうとはしない。
「少しの間でいいから、解放してくれない?」
 そんな彼にキラが言葉を告げてくる。
「やだ!」
 だが、アスランはそれを一言で否定をした。この腕の中のぬくもりを話すともう戻ってこないようなきがしてならないのだ。
「やだって……隊長に報告もしないといけないし……」
 他にもしなければならないことがあるんだけど、とキラが小首をかしげたような気配が伝わってくる。
「それも、わかってはいるんだが……」
 でも、離れたくないのだ……とアスランは正直に口にした。
「今回のことだって……俺がキラから離れていたせいで……助けにいけなかったんだし……」
 もし、また同じようなことがあればどうしていいのかわからないのだ、と素直に付け加えれば、キラの手がそうっとアスランの頬に触れてくる。
「でも、僕は生きてここにいるよ?」
 みんなのおかげで、とキラは付け加えた。
「でも……もう二度と会えなくなる可能性だって、あった……」
 アスランはこう言い返す。
「……アスラン……」
「母上のように、キラを失いたくないんだ……」
 だから、とアスランは付け加える。
「……ごめん……」
 そうすれば、キラは謝罪の言葉を口にした。
「どうして謝るんだ?」
「アスランを……不安にさせてしまったから」
 君が、おばさまのことで傷ついていることはわかっていたのに……と。それを刺激するようなことをしてしまったから、と口にしながら、キラはアスランの肩に手を置いてきた。
「それは……キラのせいじゃないだろう?」
 奴らのせいだ、とアスランは言い返す。奴らが、キラを自分から取り上げようとしたから……と付け加えたところで、アスランはまた恐怖に襲われる。
「でも、今だけでいいからこうしていてくれるか?」
 自分から離れないでいて欲しい……とアスランは告げた。そうすれば、キラは小さくため息をついてみせる。
「わかったよ……でも、隊長に連絡だけは取らせてくれる?」
 そのまま抱きついていてくれていいから……とキラは妥協案を口にした。ラウであれば、苦笑ですませてくれるだろう、とも。
「……それなら、いいよ……」
 キラから離れないですむなら……とアスランもうなずく。
 他の誰に何を言われてもかまわない。今は、キラのぬくもりを安心できるまで抱きしめていたいから。
 アスランは心の中でこう呟いていた。

 そんなアスランとキラの間を、どうしてシンが邪魔しなかったか。
 その理由は簡単。
 彼がその場にいなかったからだ。
『キラが……無事なのか?』
 カガリが怒りを隠しきれないと言う様子で聞き返してくる。
「ご無事です……今、アスラン・ザラと一緒にいるはずです……」
 苦々しい思いを隠しきれないまま、シンは報告の言葉を口にした。そうすれば、カガリの背後にいるムウが意味ありげな笑みを浮かべてみせる。
『アスランか……なら、大丈夫だな』
 もっとも、カガリの方はシンの複雑な思いには気づいていないらしい。どこか安堵の表情すら浮かべていた。
『ともかく、お前もできるだけキラの側にいろ。ラウには俺の方から伝えておく』
 そんな彼女を無視しているわけではないだろう。だが、このままではまずいと判断したらしいムウがこう言ってきた。
「わかりました」
 それに関しては異存はない。むしろ、口実ができてうれしい……と思う。
 しかし、あいつもきっと同じだろう……とシンは心の中で呟く。そして、それをラウも認めるはずだ、と。
 それがわかっていてもあきらめきれない自分は、バカなのだろうか。
『お前の力不足はみんなわかっている。だがな。それでも努力と経験は必要だろうし……キラにとって心の支えの一つにはなっているようだしな』
 だが、ムウはこんなセリフをシンに投げかけてくる。
 それは一体どのような意図があってのものなのか。
 単純に応援されていると思えないのは、キラとアスランの絆の強さを見せつけられているからだろう。
 それでも、自分の存在がキラにとって《支え》の一つになっているのであればうれしい。それがどのような意味だとしても、少なくともマイナスの印象を彼に与えてないと言うことだけは事実だろうから。
 できれば今すぐにでもアスランと取って代わりたい。
 それができないのであれば、それなりに信頼されているクルーゼ隊の面々と同じ立場になりたいとシンは思う。
『キラにとって……オーブ籍の同年代のコーディネイターで……無条件に突っかかってきてくれる相手はお前が初めてだったはずだからな……』
 そんな彼にカガリのこんなセリフが届いた。
「そう、なんですか?」
『……キラは気づかれていないと思っているらしいがな……他の首長家では、あいつをただの《駒》と見ていたことは俺も知っているし……それでキラが悩んでいたこともな。だから、アスランの存在があいつにとって重要だったんだよ』
 アスランにしても似たような立場ではあったらしい。だが、キラとは違ってそれは《ザラ家》に取り入ろうとするだけの連中だったようだが、とムウも口にする。
『だから、キラは隠されていたっていうのに……』
 本当に……とカガリも憤りを隠せない様子ではき出した。
『そのせいかもな……あいつがあまりオーブを好いていないのは……』
 義務としてオーブのことを考えていても、ある意味捨ててもかまわないと思っているのは……とムウは呟く。もっとも、それでキラが幸せになれるというのであればかまわないだろうが、というのが彼の本心なのだろう。
「では……別の意味でも責任重大ですね、俺は……」
 キラに《オーブ》も好きになってもらうためには……とシンは口にする。だが、それ以上に自分自身の思いの方が強いのは仕方はないことなのだろう。
『まぁ、もう一つの目的も忘れないでおいてくれよ』
 マリューが期待をしているからな、とムウは笑いながら告げてくる。
「わかりました」
 そう言えば、二人は恋人同士だったな、とシンは思い出す。同時に、そんな関係の二人がうらやましいと感じてしまうのは、自分の好きな相手が振り向いてくれないからだろうか。
 ほんの少しだけ、シンは寂しさを感じていた。





そろそろキラにうっとうしがられているような気がしますよ<アスラン
さすがにここであれこれさせるのは面倒なので、シンにはオーブに連絡をしてもらうことに(苦笑)