まぶしさに目を細める。
「キラ!」
 次に聞こえてきたのは、アスランの声だ。それを耳にしてキラは体を起こそうとする。だが、動くことができない。
「……あっ……」
 それはどうしてなのだろうか。
 一応、アカデミーではそれなりの訓練を受けてきたし、実戦に出てからも、それを怠っていたつもりはなかった。
 第一、自分はコーディネイターなのに……とキラは思う。
「大丈夫だね、キラ……それにアイシャさんも」
 それでも何とか肘で体を支えながら顔を上げれば、心配そうな表情のアスランが見えた。
「……私は、あくまでもおまけなのね……」
 次の瞬間、アイシャの声がキラの耳に届く。
「そう言うわけでは……」
 慌ててアスランが弁解の言葉を口にし始める。
「いいのヨ、別に。野暮なことを言うつもりはないもの」
 恋人同士なら当然のことでショと付け加えられて、キラは頬が熱くなるのを感じてしまった。そのままアスランの表情を盗み見れば、彼もまた微苦笑を浮かべている。
「ともかく、いつまでもこの場にいるのは危険ですね……立てますか?」
 さすがに自分一人で二人を抱えて移動するのは難しい、とアスランは口にした。逆に言えば、キラだけを運びたいと思っているのではないだろうか、彼は。
「なら、俺がキラさんを運びますから、貴方がアイシャさんを運べばいいじゃないですか」
 その時だ。脇からシンの声が飛んでくる。
「……なら、お前がアイシャさんを運べ!」
 自分はキラを運ぶ、と今度はアスランが言い返す。それとも、アイシャを運べる自信がないのかと、あざけるような口調で彼は付け加えた。
「……アスラン、あのね……」
 どうしてこの二人はどうなのだろうか、とキラは思う。
 いや、どうしてアスランに余裕がなうのだろうか、と。
 自分が彼以外の人間の手を取るはずがないのに、それを信じてくれないのだろうか。それとも、それ以上の何かを《シン》から感じているのかもしれない。
 どちらにしても、あまりうれしくはないかも……とキラは考えてしまう。それで、万が一のときに困るのではないか。
 様々な思いをこめて、キラはアスランの腕に手を添える。
「悪いが……他の時ならともかく、今はキラを他の誰かにゆだねたくない」
 だが、そんなキラの気持ちを彼はくみ取ってくれなかった。
 それどころか、はっきり言って聞いていて赤面をするようなセリフを口にしてくれる。その事実に、一体どう反応を返せばいいのだろうか、とキラは本気で悩みたくなった。
「あらあら。本当に情熱的ネ」
 しかし、それすらもアイシャにとっては娯楽らしい。先ほどよりはマシになったらしい体を起こして、楽しげにこちらを見つめてきている。
「まぁ、若いんだから、そのくらいの方がいいんでしょうケド」
 そう言われても、認めていいものか悪いものか。キラが本気で悩んでいたときだ。
「……えっ?」
 不意に脇から伸びてきた手がキラの体を軽々と抱え上げた。
「アイシャ様、失礼いたします」
 そしてもう一人。ダコスタが彼女の体を慎重に抱き上げている。
「あら、ダコスタ君……おとさないでネ」
 そうしたら、アンディに言いつけるわヨ、と笑いながら告げるアイシャの声を耳にしながら、キラは自分を抱え上げているのが誰なのかを確認した。
「ミゲル……」
「いつまでもここにいない方がいいだろうからな……あいつらは、勝手に張り合わせておけ」
 そこまで面倒は見きれない、とミゲルは言外に付け加える。
「……それでもいいけどね……後でなだめるのは僕なんだよ?」
 二人とも厄介なのに……とキラはため息をついて見せた。
「アスランに関しては、あきらめろ」
 シンについては、それなりにフォローしてやるから……と、苦笑を浮かべながらもミゲルは歩き出す。もちろん、アイシャとダコスタは既に安全と思える場所に移動していた。
 ある意味、自分たちは見捨てられたのだろうかともキラは思う。それもこれも、アスラン達が悪いんだ、と思わず八つ当たりをしたくなっているのも事実。
 そこまで来て、ようやくアスラン達は現状に気が付いたらしい。
「ミゲル! 抜け駆けをするんじゃない!」
 お前はラスティを抱いていればいいんだ、とさらにとんでもないセリフを彼は口にする。
「……あのバカ……」
 本気で、後で一回シメとかないといけないな、とミゲルはうなった。
「止めないよ……」
 好きにして、とキラはため息をつく。
「ただし、今回の一件が終わってからにしてよね」
 でなければ、肝心なときに使い物にならないかもしれないから……とキラは付け加えた。
「わかってるって……しかし、本当にばかばかしくなってきたぞ、俺は……」
 あいつの面倒を見るのは……とミゲルは言葉を返してくる。
「自分のことは棚に上げておくが……しかし、昔のあいつは本当にどこに行ったんだ?」
 少なくとも、宇宙にいた頃はもう少しマシだったろう、と彼は付け加えた。
「確かにさ……今だって実力は否定できないが……あの性格は……」
 はっきり言って、ガキだぞ、ガキ……という言葉に、キラも思わずうなずいてしまう。
「昔は、もっと大人っぽかったんだけどね」
 本当、どこであんな風になってしまったのだろうか、とキラも口にする。
「どちらにしても、終わってからだな」
「そうだね」
 二人はうなずきあう。
 あるいは《シン》と言う、ある意味本音でぶつかれるライバルができたからなのかもしれない、とキラは心の中で呟く。彼は、アスランの立場なんか関係ないだろうから、と。
 だとすれば、悪いことではないのだろうが、ただTPOだけはわきまえてもら割らないといけないだろうな。
 それをどうすれば理解してもらえるだろうか。
 はっきり言って、難問だな、とキラは心の中で付け加えた。

 そのころ、ラウ達はブルーコスモス関係と思われる全てのMSを動作不能にしていた。
『パイロットを大至急確保しろ! 遅れれば、自害をする可能性がある!』
 バルトフェルドの指示が回線越しに響いてくる。
「多少乱暴でもかまわんぞ」
 相手を殺しさえしなければ、尋問は十分にできるからな……とラウも口にした。
『実は、かなり怒っていたのかね?』
 次の瞬間、バルトフェルドのからかうような声が耳に届く。
「そうですね。今だからこそ言えますが」
 隊長職にあるものが私情に走ってはいけないことはわかっている。だからこそ、今までは我慢していたのだ。だが、キラ達の安全が確保され、相手を捕縛できた状態だからこそ、それをあらわにしてもいいのではないか、と思ったのだ。
 もっとも、だからと言って彼らの処遇にはそれを挟まないようにしなければならない、と言うこともわかってはいた。
『まぁ、僕も似たようなものだからね』
 言外に、自分も怒っているのだ……とバルトフェルドは告げてくる。
『殺さなければ、多少のことは大目に見てもらおう』
 もっとも、多少は自重してもらわなければいけないだろうが……と彼は付け加えた。
「もちろんです」
 自分たちがそれをあらわにすれば、下の方もそれに習うに決まっている。
 キラはともかく、アイシャのことでバルトフェルド隊の面々がどのような行動に出るのか、さすがのラウにもわからないのだ。
『あの子達のこともあるしねぇ』
 しかし、彼が考えていたのは別の相手だったらしい。
「アスラン達であれば……キラが止めるでしょう」
 キラの性格であれば、そうするはずだ。それは兵士としてはどうなのだろうか、とは思う。だが、そう言う性格だからこそ、キラは人々からしかれていることもまた事実なのだ。
『あの子なら……そうだろうねぇ……』
 バルトフェルドにしても思い当たるものがあったのだろう。苦笑とともにこう言葉を返してくる。
『アイシャはどうかはわからないが……あの子が動かないのであれば大丈夫かな?』
 まぁ、早めに側に行った方がいいのは事実だが……と彼は笑う。
「それに関しては……否定できませんな……」
 キラが不安を感じているのは間違えはない。そして、アスランがそれを支えきれるかというと疑問なのだ。
 いや、普段の彼であれば心配はいらないと言い切れる。
 だが、ここ数日の彼の様子を見ていればどうだろうかと思えてならない。
 それもこれも、キラを思いすぎているからだろう。それがわかっているからこそ、彼らを引き離すようなことはしていないのだ。
「ですが、義務だけは果たさなければならないでしょうな」
『そうだねぇ……本当、立場があがるとおまけが多くて厄介だよ』
 だからといって放り出せないのだが、とバルトフェルドは笑う。
「この立場にあるからこそ、いろいろと融通が利く……というのは事実ですからね」
 でなければ、キラを手放さなければならない可能性すらある。彼を守るためには、今の地位にいなければならないのだ、とラウは心の中で呟いた。
 それが、今の自分にとって最大の原動力なのだから、と。
『お互い、複雑な立場だね』
 バルトフェルドのつぶやきが同意ともにラウの耳に届いた。





アスラン暴走中です。と言っても、まだ序の口でしょうか(苦笑)