「……気づかれないといいのですが……」 地上でミラージュコロイドはどこまで有効なのだろうか……とニコルは呟く。その声も、既にからからに乾いている。 スロットルを握る手も、パイロットスーツの中で汗にまみれていた。 これが初陣だ、と言うわけではない。 だが、これほど緊張したのは初めてかもしれない。 相手を殺してもかまわないのであれば――だからといって、喜んでやりたいわけではない――ここまで緊張しないだろう。だが、今は目標を殺すどころか傷つけるわけにはいかないのだ。 「キラさんが言っていましたね……殺すのは簡単だけど、生かすのは難しいって……」 その時もそうだろうな……とは思っていた。だが、実際に実感したのは今、だ。 まさか、こんなに重いものだとは思わなかった。 それは自分にゆだねられているのが《キラ》の命だからだろうか。 自分たちにとって――おそらく、その理由は一人一人異なるだろうが――決して失えない相手。 いや、失ってはならない存在が《キラ》なのだ。 その命を、自分は託されている。 「ここまで、プレッシャーを感じることなんてない、と思っていたんですけどね」 いつ、心臓が口から飛び出すだろうか。現実的にそんなことはあり得ないとはわかっていても、そんな感覚をニコルは味わっていた。 「それでも、成功させなければいけないんです!」 キラを取り戻すために。 それができるのが自分だけ、と言うのであればどんなことをしても成功させなければいけないだろう。 「僕自身のためにも……」 キラとまたたわいのない話をしたい。 そんな些細な願いを叶えるために、ニコルは最大限の努力をすることにした。 「……タイミングですね、あとは……」 それはラウ達から指示が出るだろう。 だが、それまでにできるだけ目標に近づいておく必要がある。 相手に悟られないよう、ニコルはゆっくりと移動を開始させた。 「……知らないってことは幸せなんだろうな……」 アストレイで待機をしながら、ラスティはこう呟く。 「本当、生きてここから出られるわけがないのに……」 っていうか、出す気はない……と彼は唇をゆがめた。よりにもよって、自分たちの大切な存在を奪い去ろうとしたのだから。 ラウとは違う。 だが、キラが自分たちの中心にいることは間違えようのない事実なのだ。 そして、自分にとってはミゲルとは違った意味で大切な相手だと言える。彼のおかげで、自分はこうして今もミゲルの側にいられるのだから、と。 「まぁ、アスランじゃねぇからさ。一寸刻みでどうのこうの、って事はしないがな」 それなりのことはさせてもらおう。 ラスティはそれを考えることで今すぐにでも飛び出したい自分を抑えていた。 「……ミゲルには……後でサービスかな……」 今回のことで一番被害を被っているのは彼だろう。今も、自分以上に飛び出したいと思っているアスランを押さえつけているはずなのだ、ミゲルは。 「いっそ……キラとアスランも巻き込んで……って言うのもいいかもな」 そう言うのも楽しそうだ、とラスティは呟く。 「キラのあの時の表情は可愛いしさ……あれをアスランだけに独り占めさせておくのはもったいない」 かといって、下手に手を出すわけにはいかないし……と付け加える。もっとも、最初からそう言う対象としては彼を見ていないのだが。それでも、楽しむ分にはかまわないだろう、とも思う。 「今回のことがあるから……ごり押しすればいいよな」 そうすれば、キラはダメだとはいわないだろう、と呟く。 第一、このくらいぐらいのご褒美はあってもいいのではないか。勝手にそう決めつける。 『ラスティ』 その時だ。ラウの声が回線越しに彼の耳をたたく。 「何でしょうか」 即座に今までの考えを脇に押しやると言葉を返す。 『敵に気づかれてもかまわん。北側に回ってくれ』 つまり、その場は封鎖された……と敵に知らせたいのだろう。そして、わざと一角だけを残しておく。もっとも、そこには建物があるから、ザウートでは逃れられないのだ、と判断した……と思わせたいのだ。 しかし、バルトフェルドの言葉ではある方法を使えばザウードでも何とかそこから逃れられるらしい。 逆に言えば、それを知っている者が操縦していると彼は判断したのだろうか。あるいは、彼にとって信頼できる《部下》だったのかもしれない。もっとも、それに関してあれこれ考えるのは僭越だろう。 何よりも、自分たちにとって大切なのはそこにザウートだけを向かわせることなのだ。 「了解しました」 それがキラ達を取り戻すためには重要。 ラスティは再び自分に言い聞かせるように心の中でこう呟くと、アストレイを移動させた。 目の前では、次々とMSが展開をしていく。それはほとんどが――自分とミゲルを除いた――クルーゼ隊のものだ。その事実が、アスランには気に入らなかった。 「……何で俺は……」 あそこに行けないのか……とアスランは呟く。 「俺だって、陽動ぐらいはできます!」 同じように待機を命じられているシンがこう叫んだ。 「ダメだ……お前らはあくまでも待機、だ。俺だって……本当ならあそこに参加したいんだぞ……」 ミゲルがため息混じりにこう告げる。 「隊長達が俺たちにどうして待機を命じたのか……その理由をまずは考えろ」 そして、二人に向かってさらにこんなセリフを口にしてきた。 「それが理解できないうちは……同じような状況がまた起こっても、お前らは待機だぞ」 そうなったら、キラを助けにいけないぞ、と言う言葉にアスランだけではなくシンも眉を寄せる。 「……俺は……キラを守りたいだけなのに……」 アスランはこう呟く。だが、それだけではダメなのか……その理由を考えなければならないのだろう。 アスランは唇をかむと視線を外へと戻した。 ラスティめ……とんでもないセリフを…… と言うわけで、そう言うシーンがある予定。いつになるかは未定ですが(苦笑) |