体が動かせない。 だが、決して握りつぶされることはないというのは自分たちの――あるいはどちらか片方だけかもしれないが――命までは取るつもりがない、と言うことなのだろうか。 「大丈夫ネ?」 キラの頭を抱きしめるようにしながら、彼をかばっていたアイシャがこう問いかけてくる。 「アイシャさんの方こそ……」 自分よりも、女性の彼女の方が守られるべき存在なのに……とキラは思う。しかし、現実問題としては自分の方が彼女にかばわれていた。それが仕方がないことだ、とは思ってもやはり悔しいと感じられる。 「私は大丈夫ヨ。女の方が体にクッションがあるもの」 ほら……と言いながら、アイシャはキラの頭をさらに自分の胸へと引き寄せた。そうすれば、当然のように彼女の胸へと顔を埋める羽目になってしまう。 「……アイシャさん……」 それはちょっと……とキラは口にする。 確かに自分の《恋人》と呼べる相手は男だ。だが、それは《アスラン》がたまたま男だったからであって《男》だから、アスランを選んだわけではない。 だから、当然女性にも興味があるわけで……しかも、アイシャはコーディネイターの中でも十分上のランクにはいる美貌とスタイルの持ち主なのだ。こんな風に密着をすればそれなりに緊張してしまう。 「アラ……貴方も男の子だったのネ、そう言えば」 可愛いから、忘れていたわ……と言う言葉に、キラは思わず頭を抱えたくなってしまった。 「貴方だけじゃないわ。そう言えば、ニコルちゃんも男の子だったのよネ」 二人とも、ドレスを着せたら楽しそうだわ……とさらにアイシャはキラに追い打ちをかけてくれる。その内容に、思わず怒鳴り返そうか……とキラは考えてしまう。 だが、とすぐに彼を止める声が体の奥から響いてくる。 あるいは、彼女もこの状況を耐えるために、こんなたわいのないセリフを口にしているのではないか。 だとすれば、いきなり怒鳴りつけていい物かどうか……とも思う。 しかし、このままであれば、間違いなくドレスを着せられてしまうだろう。 「……アイシャさん、僕は……」 女装は嫌いだ、と一応主張しておく。でなければ、彼女のことだ。反対をしなかったことは同意と同じだ、と言いだしかねないのだ。 「冷たいわネ。いいじゃない、一回ぐらいドレスを着てくれても」 こんな目にあっているんだから……と訳のわからない主張を彼女はしてくる。 「それは僕だって同じです!」 自分だって、好きで襲われているわけではない、とキラも負けじと主張をした。だが、すぐにその行為を後悔してしまう――あくまでも後悔をしたのは怒鳴るという行為であって、主張ではない――周囲に響いて、予想以上に耳が痛くなってしまったのだ。 「……まぁ、そうよね。どこかのバカのとばっちりだもの」 キラのせいではないことは理解している……とアイシャもうなずく。 「でもネ……どこかで発散したいっていうのも本音なのヨ」 だから、あきらめてつきあってね、とアイシャは笑う。これには返す言葉がないキラだった。 「それにしても、どこに行くのかしら」 できれば、あまりバナディーヤから離れたくなのだが、とアイシャが呟く。 「そうですね」 その唐突とも言える話題の転換ぶりに、キラは嫌な予感を感じてしまう。あるいは、既に彼女の脳内ではそれが当然と言うことで結論づけられてしまったのではないか、と思うのだ。 だとすれば、実力行使をしてでも彼女は自分にそれを着せるだろう。 それから逃れる方法はあるだろうか。本気でキラがそれを考え始めたときだ。 「……何ヨ!」 不意に、信じられないようなGが二人の体にかかってくる。 それに続いたのは周囲から響いてくる爆発音だ。 「ひょっとして……隊長達が?」 助けに来てくれたのだろうか。キラのこの言葉は衝撃に飲み込まれてしまう。だが、アイシャにも十分伝わったらしい。 「……アンディ……後で覚えていなさいよ……」 ぼそ、っと呟かれた言葉が妙に怖いと思うキラだった。 「さて……あれが目標か……」 捕縛してきた機体の背後にいるザウート。その手が微妙な隙間を作りながら握られている。 「かなりの熟練のパイロットだよねぇ、あれを操縦しているのは……」 でなければ、人間なんて簡単に握りつぶしてしまうだろう。それだけ、MSで物を掴む、と言うことは難しいのだ。 兵器であれば、はじめからどのような力を加えられてもいいように計算され、作られている。だから、熟練度が低いパイロットでも気にすることなく使えるのだ。 だが、柔らかい物はそうはいかない。 「本当、気に入らないね」 今まで自分が目をかけてきた者の一人だろう。あるいは、キラにも世話になったんげんかもしれない。だとすれば、よけいに怒りがわき上がってくる。 「主義主張を振りかざすのは勝手だけど、それに他人を巻き込まないで欲しいものだよ」 それが自分たちの大切な存在であれば許せるわけはないだろう。 「と言うわけで、返してもらうよ、二人とも」 二人は自分にとって――その意味は違うが――失いたくないと思える人間なのだ。そして、そう思っているのはバルトフェルドだけではないだろう。 そんな人間を強引に奪われることは、自分の矜持に関わる。 同時に、自分の部下の中に《裏切り者》がいるのはもっと気に入らない。 地上勤務になった時点で、それはある程度覚悟はしていた。 現地で志願してくるものに関しては、そのバックボーンを完全に把握しきれないのだ。それは聞かされていたし、覚悟もしていたのだ。別段、情報を流されたからといって、負けるつもりはない、と言う自負もあったことは否定しない。 だが、その結果が気に入らない。 「ともかく、あれにはうかつに攻撃できないか……バッテリー切れをねらうかね?」 にやり、と笑いながらバルトフェルドはストライクへと呼びかける。 『それが無難でしょう。もっとも、逃げられなければ……の話ですが』 あるいは、どこかに増援がいるのかもしれない。ラウの言葉に、バルトフェルドもうなずく。 「と言っても、あまり乱暴なことはできないからね」 二人が人質になっている以上……とわざとらしいため息をついてみせれば、 『まぁ、あれだけは除いて攻撃をすればいいだけですが』 その程度のことはできるだろう、と言いながら、ラウがさりげなくストライクを移動させる。それは、敵の逃げ道を塞ぐためだろう。 もっとも、それだけではないのだが、相手にそれを悟られるわけにはいかないだろう。 「僕たちなら、大丈夫……と言うことにしておこうかね」 その程度ができなくて、隊長と言われたくない……とバルトフェルドは言い切る。 『でなければ、キラに恨まれますからね』 ラウが苦笑混じりに言い返してきた。それはどこまで本気なのだろうか。だが、キラはともかく、もう一人の性格を考えれば十分にあり得そうだと思う。 「アイシャには無条件で恨まれるね」 彼女に何をねだられるだろうか。 どのような高価なものでも、彼女達が無事に帰ってくれれば安いものだ。バルトフェルドは心の中でそう呟いた。 ……ひょっとして、今回、キラは一度もストライクに乗っていないのではないでしょうか…… まぁ、そう言う話もいいかな、と言うことで(苦笑) |