「本当に……どこから出てくるんですか、あなたは」
 キラの背中を守るように斜め後ろを走りながら、シンはぼやく。
「部屋の中にいるよりマシだ、と思ったんだけどね」
 あそこでは、いざというときに困るだろうから……とキラが言い返してきた。その判断については間違っていない、と思う。
 だが、いきなり彼が天井から現れたときには本当に驚いたのだ。あの瞬間、叫び出さなかった自分をほめてもいいだろうか、とシンは考えてしまったほどだ。
「……ともかく、クルーゼ隊長さんのところへ移動しましょう……確実に味方、と言いきれるのはあの方だけではないかと……」
 こう言いながらも、キラはあの男のことは信じているのだろう……とシンは思う。いやあいつだけではない、クルーゼ隊全員のことを信用しているに決まっている。
 彼らの絆が予想以上に強いのは、同じ戦場を生き抜いてきたからだろうか。
 それとも別の理由があるからなのか。
「みんなも……集まってくれるかな」
 だが、それを目の当たりにするのはやり気に入らない。
「真っ先にシン君が来てくれて、安心したけどね」
 だが、それもこの一言であっさりと瓦解してしまう。
 キラが自分を奮い立たせるためにそう言ってくれたのかもしれない。だが、少なくとも自分を連中と同じ程度には信頼してくれている、と言うことは間違えようのない事実なのだろう。
 今はそれだけでもいいのではないか。
 先ほど、自分が何をしようとしたかを考えればなおさら……とシンは思う。
「……って……止まって!」
 そんなことを考えていたときだ。不意にキラがこう囁いてくる。
「……ここもダメですか?」
 それが何を意味しているのか、シンにもわかっていた。
「行きそうな場所に察しがつけられているってことだよね」
 まぁ、当然なんだけど……とキラも苦笑を浮かべる。
「どうしますか?」
 だが、このルートを取らなければラウがいる部屋までたどり着けない。
 強引に突破するか、それともこの場で応援がくるのを待つのか。シンはキラに判断をゆだねる。
「……このままここにいても挟み撃ちにされるだけだけど……」
 強引に突破するという選択肢も……と彼はためらっているようだ。それは、自分自身の存在があるからなのか、とシンは思う。
 昼間のことがあるから、自分が戦力外だ、と判断されても仕方がない。
「俺のことは、気にしないでください……」
 それでも、キラを失うわけにはいかないのだ、とシンは言外に付け加える。キラを失うくらいであれば、自分の命が失われた方がいいのだ、とも思う。
「……わかった……でも、死んでもいいなんて、考えないようにね」
 そんなことを考えているようなら、別の方法を探した方がいい……とキラは口にする。
「わかりました」
 キラの言葉ももっともだ、とシンがうなずいたときだ。
「そうネ。最初から、自分が死ぬなんて考えちゃダメだわ」
 信じられない場所からアイシャの声が響いてきた。慌てて視線を向ければ、壁の一角が割れているのが見える。そして、そこにいつもの微笑みを受けた彼女の姿があった。
「やっぱり、抜け道があったんですね」
 しかし、シンとは違ってキラは少しも驚いていない。
「微妙に部屋と廊下の長さに誤差があったので、そうじゃないか……とは思っていたんですけど」
 入り口がどこにあるかまでは調べる気にならなかったのだ、とキラは付け加える。
「やっぱり、キラちゃんはキラちゃんだわ。他の人は今まで気が付かなかったのヨ」
 後気が付いたとすれば、ラウだけだ、と笑いながらアイシャは二人を手招く。
 かすか、とはいえこちらに向かって走ってくる人の足音――それも複数だ――が二人の耳に届いていた。つまり。ここで悠長に考えている暇はない、と言うことだろう。
 キラが一足先に動き出したのを見て、心も即座に後を追いかけた。
 二人の背後で隠し扉が閉じる。
「キラさん!」
 その瞬間、シンはキラの体をかばうかのように前に出ていた。
「……アイシャさん、何の冗談です……」
 そのシンの心臓をねらうようにして、アイシャは銃口を向けている。だが、どう手彼女がいきなりこんな行動を取ったのか、心にはわからないのだ。彼女はバルトフェルドの恋人であり、彼の隊の――正式にではないが――副官だったはず。
 それとも、それすらも《ブルーコスモス》の策略なのだろうか。
 どちらにしても、ここに自分たちしかいなくて、キラに彼女を害せない以上、自分がどうにかするしかないのではないか。シンはそう判断をした。
「まぁ、合格点ね……」
 不意に、アイシャがこう言って笑う。
「これで、先に逃げ出そうとしていたら、即座にアナタを撃っていたわね」
 さらに付け加えられた言葉で、シンは彼女が自分を試していたのだ、とわかった。
「お願いですから、脅かさないでください……」
 シンは正直にこう呟く。
「あら。要人の警護に就くなら覚えておいた方がいいわ。側にいる人間が一番信用できないことがあるって」
 本気で相手を暗殺しようというのであれば、それが一番確実なのだ、と告げながらアイシャは銃をしまう。
「……驚いたのは僕も同じですけどね……」
 少しもそうは思えない口調でキラが口を挟んできた。
「貴方はミナさんのご友人で、信用できる方だ、とお聞きしていましたので」
 彼女が気に入っているシンを傷つけようとするとは思ってもいなかったのだ、とキラは付け加える。
「そうなんですか?」
 それも初めて聞く話だ、とシンは目を丸くする。
「でも、私はオーブの人間じゃないわヨ。あくまでもプラントの人間。ミナと知り合いだというのは否定しないけどネ」
 ともかく、行きましょう……と言いながらアイシャはきびすを返す。
「……訳がわからない……」
 あの時の話であれば、ギナは地球連合の方とパイプを持っているらしいのに……とシンは呟く。
「政治の世界はね……本当に難しいんだよ。だから、僕はそれに関わりたくないんだけど……」
 キラの苦笑混じりの声がシンの耳に届いた。
 それでも、彼がオーブの中枢にいてくれればいいのに。シンはそう思う。だが、口に出すことはしなかった。






アイシャと合流。
と言うわけで、勝手な設定を……いや、アイシャさんとミナさんは話が合いそうだな、っと思っただけです(苦笑)