「……俺は……」
 ここに来ては行けなかったのだろうか……とシンは呟く。
「何故、そう思うのかね?」
 そうすれば、穏やかとも言える声が彼の上に降ってくる。それが、現在《ザフト》の中でも名将と呼ばれているラウのものだ、と言うことは確認しなくてもわかった。
「結局、俺は何もできません……キラさんに、ご迷惑をかけるだけですし……」
 何よりもここに来なければあの男の存在を知らずにすんだだろう。知らなければ、オーブでキラにあこがれるだけですんだかもしれないのに、と思うのだ。
「だが、それがわかっただけでも十分なのではないかね?」
 しかし、ラウはこう言ってくる。
「ラウ様?」
 一体、何故、彼はこう言うのだろうか。そう思って、シンは彼を見つめる。
「様はいらないよ、様は……私は現在は、ただのザフトの隊長だからね。オーブでは何の地位もない」
 だから、呼ぶなら《隊長》と呼んで欲しいものだね……と、彼は笑った。
「あぁ、話がそれたね。君たちは《戦争》と言うものを《知識》でしか知らない。だから、それを《現実》として認識できただけでも、十分だと思うのだよ、今は」
 それで衝撃を受けるのは分かり切っていたからね……とも。
「……でも、俺は……」
「確かに、君たちも軍人としての訓練は受けてきただろう。だが、私に言わせてもらえば、それはあくまでも机上の空論でしかない、と言うことだよ」
 もしくは、ゲームと言ってもいいかもしれない。この言葉に、シンは返す言葉がなかった。
 確かに、そうかもしれない。
 現実の戦闘の場は、自分が考えていたよりももっと陰惨で悲しいものだった。そして、その中で戦っている者達がやりとりしていたのが、自分の命なのだ、ともわかった。
 同時に、自分はどうなのだろうか、とも思う。
 そんな世界の中で、生き抜くことができるだろうか、と。
「俺は……あんなに怖い場所だとは、思ってもいませんでした……」
 だから、シンは素直にこう告げた。
「確かに、そうだね。だが、その恐怖を乗り越えることも必要だろう。そして、君ならそれをできる、とキラとムウは考えていたようだね」
 だからこそ、この地に寄越したのではないかな、とラウは言葉を返してくる。
「そして、それが、オーブにとって必要だ、と考えているのだろうね」
 万が一の時を考えて……と彼はさらに付け加えた。
「そう、でしょうか」
「私はそう判断をして許可を出したのだがね」
 だから、この場から逃げ出すようなことはしないで欲しい、とラウは告げる。
「……でも、キラさんは……」
 いや、彼よりもアスランが自分の存在を疎んじているはず。だから、とシンは言葉を続けようとした。
「公私混同をするようなものは、私の隊にはいない、と信じているのだがね」
 もっとも、キラが絡んだときのアスランは仕方がないのか、と彼はかすかに苦笑をにじませる。
「それに、今、君がオーブに戻っても、キラは悲しむだろう。第一、君自身にとっても何の意味もないと言われても仕方がないのではないかな?」
 今までの時間が、という言葉に、シンは唇をかんだ。
 それは間違いなく正しい指摘だろう。しかし、自分は本当に……とシンは考える。そして、ラウもまたそんな彼が自分で答えを探すまで待っていてくれるつもりらしい。決してせかすような言葉を口にしなかった。
「……俺が、ここに来たのは……」
 オーブのためだ。
 もっと正確に言えば、オーブという国を守るための力を得るためだった。
 同時に、キラに認められたかった……と言うことも事実。
 だから……とシンは口を開こうとする。
 その瞬間だった。
「何?」
 どこからともなく、振動が伝わってくる。同時に、何かが壊れる音も、だ。
「……爆発?」
 MSの整備でも失敗したのだろうか。それとも……と思う。
 そんな彼の耳に、今度は端末がラウを呼び出す音が届く。
「私だ。何があった?」
 即座に彼は反応を返す。それに、オペレーターが何かを言葉を返しているのはシンにもわかった。だが、その内容ははっきり言って認めたくないものだと言っていい。
「そうか……軍医殿がご無事なのは何よりだが……」
 しかし、何故そのようなことをしなければいけないのか、とラウが呟いている。自分やバルトフェルドをねらうにしてはお粗末だろう、と。
 確かに、この隊でねらうべきなのは彼ら二人だ。
 だが、もう一人ねらわれている人物がいたはず。
「……まさか、キラさん?」
 連中のねらいは、とシンは呟く。と同時、体が勝手に動いていた。
 立ち上がると、そのまま駆け出す。
「キラの側に行っていてくれたまえ! すぐに他の者も向かわせる!」
 その彼の背中に向かって、ラウがこう叫んできた。
 だが、シンはそれに言葉を返さない。いや、返す余裕がなかった、と言うのが正しい。
 自分一人で彼を守りきれる、と言うつもりは全くない。そんな自信は既に打ち砕かれていた。
 だが、少なくとも彼の盾にはなれるだろう。
 そのためには、少しでも早く彼の元へと向かわなければいけない。
 この思いのまま、シンは必死にキラがいるであろう部屋へと走っていた。
「キラさん……」
 たとえ、彼が自分を振り向いてくれないとしても、彼を失いたくはない。
 いや、生きてさえいてくれればそれだけでいいのだ――今は。
「俺は、それでもあなたを守りたい……」
 このつぶやきは、風にちぎれて消えた。






シンは悩み中。それを見守るラウ兄さん……まぁ、将来性があると認識しているからでしょうね、これは。でなければ、無視しそうだ、彼も。
と言いつつ、ムウ兄さんの影も否定しないけど