「ご苦労だった」
 ラウの出迎えを受けて、アスラン達は姿勢を正す。
 だが、と彼の瞳がかすかに疑問の色をにじませる。
 彼の隣にはニコルの姿が確認できた。しかし、一緒に行動しているはずの《キラ》の姿がない。
 一体どこに行っているのか、とアスランは不審に思う。
 先ほどの作戦のことで、バルトフェルドの元にいるのだろうか。それならばかまわないのだが……と心の中で呟く。
 しかし、何かが引っかかっている。
 いや、第六感と言うべきか。
 キラの不在が気にかかって仕方がないのだ。
「どうやら、地上でも十分あれらの機体が使えるという確証が得られたようだな。各自、今日の戦闘データーを整理しておくように」
 そんなアスランの耳をラウの言葉が通り過ぎていく。
「了解しました」
 他の者達は即座に言葉を返している。だが。アスランはそれすらも忘れていた。
「アスラン、どうかしたのか?」
 それを不審に思ったのだろう。ラウが問いかけてきた。
「いえ……何でもありません」
 アスランは慌ててこう口にする。
「……ならばいいが……2時間以内にはバックアップを提出するように」
 この言葉とともに、ラウはきびすを返した。
 それを、アスラン達は黙って見送る。
 ラウの姿がドアの向こうに消えたところで、全員の体から力が抜けた。ほっとしたようにため息をつく。
「……アスラン……」
 ニコルがそっと声をかけてきた。
「キラさんならば……バルトフェルド隊長のご命令で、シン君のところですよ」
 ショックが大きかったようで……と付け加えられた言葉を、アスランは最後まで耳にする前に行動を開始する。
「アスラン!」
 いきなり駆けだした彼の背中に向かって、イザークが声を投げつけてきた。
「……あきらめろ……」
 それを止めているのはディアッカだろうか。
「ラスティ、ニコル……」
 さらに、ミゲルが彼らに何かを命じている声も追いかけてくる。
 しかし、アスランはそれすらも気にかける余裕がなかった。
 少しでも早く、キラの側に行かなければいけない。
 自分が感じている不安が現実にならないうちに。
 でなければ……と心の中で付け加えると、アスランはさらに速度を上げた。

「……君がそれ以上のことをすれば……僕は君を軽蔑するよ」
 自分の上にのしかかっている相手を見つめながら、キラはこう言い切った。
「……わかっています……でも、それは、俺のことをいつまでも覚えていてくれるって事でしょう?」
 違いますか、とシンは問いかけてくる。
「悪いけど、そう言う相手は、速攻で忘れることにしている」
 気に入らない相手であれば、即座に、とキラはできるだけ冷たい口調を作って付け加えた。これで、少しでもシンの頭が冷えてくれればいい、と思ったのだ。
「忘れる? 何を、されても?」
「忘れられるよ……いつまでも、そんなことを引きずっていたら、戦場で生き抜けないからね」
 だから、どんなことでも忘れられる、とキラは思う。
 いや、忘れてきたと言うべきか。
 こんな風に押した抑えたりなんか、と言うことは確かになかった。と言うよりも、周囲の者達がそうならないように注意をしてくれた、と言うべきか。
 だが、プラントにいく前は《コーディネイター》だからと、そして、プラントに着いてからは《第一世代》だからと、あれこれ陰口を言われてきたことも事実。
 そのくらいでどうこうするような性格ではなかったからこそ、今現在、ここにいるのだ、と言うこともまた事実だと言っていい。
 しかし、誰がそんなことを言ったのか、キラは既に思い出せなかった。
 思い出す気もないから、それでかまわないだろう、と。
「君も……そんな中の一人になってもいい……というなら、続ければいい」
 オーブにシンが帰った時点で、綺麗さっぱりと忘れてやるから。キラの唇がそうつづった。
「……そんな……」
 まさか、そこまで言い切られるとは思っていなかったのか。シンはますます目を丸くしている。だが、すぐに、傷ついた幼子のような表情へと変化した。
「君は……戦場での衝撃とアルコールのせいで、判断力が落ちているんだよ」
 そんなシンに向けて、キラは微苦笑を浮かべる。
「だから、その衝撃を別のものへとすり替えようとしているだけじゃないかな?」
 彼が自分に好意を寄せていることはわかっていた。
 だが、今すぐにどうこうするつもりはなかったはずだ。
 彼にとって重要だったのは、自分の実力をキラに認めさせることだったはず。そう認識していたと言っていい。そのためには、アスランを超えなければいけないと思っていたらしいと、アイシャも言っていたし、と。
「……ともかく、どいてくれないかな?」
 そして、さっさと寝てくれ……とキラは付け加える。
「明日、冷静になった頭でもう一度考えた方がいいよ」
 いろいろなことを……と言う言葉に、シンも小さくうなずいたときだ。
 ドアの外から誰かの足音が響いてきた。その勢いのまま、ドアが開かれる。
「お前! 何をしている!」
 次の瞬間、室内に響き渡ったのはアスランの声だ。
 タイミングが悪い。
 どうして、彼が今、ここにいるのか。
 無事に帰ってきてくれたのはうれしいが、せめてもう少し後であれば……とキラは思ってしまう。
 だが、アスランはそうではなかったらしい。
「さっさと、キラから離れろ!」
 この言葉とともに彼はシンへと殴りかかっていった。






アスラン、どうしてタイミングが悪いんでしょうね……それ以前に、キラの方も問題があるわけですけど(苦笑)