戦場で、身動き一つできなかった。
 その事実が、シンのプライドを完璧に打ち砕いてしまった。
 いや、それだけならばまだマシだったかもしれない。
 さらに問題なのは、本来自分が守らなければならないと思っていた相手に守られていた、と言う事実だろうか。
「……俺は……」
 こんなはずじゃなかったのに、とシンは呟く。
「俺があの人を守って……」
 そして、アスランを見返してやるつもりだったのだ……それなのに、現実はどうだったか、と言うと自分が他の者達のお荷物になってしまったではないか。
「……どうして、動けなかったんだ、俺は……」
 今までの訓練はすべて無駄だったのだろうか。
 それとも……と思ったときだ。
「誰でも、初陣の時はそんなものだよ……まして、今回は特にね」
 柔らかな声が降ってくる。
「……キラ、さん……」
 視線をあげれば、優しげな微笑みを浮かべている彼の姿が確認できた。
「僕の時は……初陣はMS戦だったからもう少しマシだったけど……それでも、しばらくは動けなかったよ」
 クルーゼ隊長のフォローがなければ、きっと……とキラは小首をかしげてみせる。
「だから……経験を重ねていくうちになれるものだ、と思う。本当は、なれちゃいけないんだろうけどね……」
 他人の命を奪うという事実に、とキラは悲しげに付け加えた。
 それでも、次の瞬間には、いつもの微笑みに戻る。それは自分を気遣ってのことなのだろうか、とシンは考えてしまった。だとしたら、ますます彼の負担になっているのではないだろうか、とも。
「はい」
 そんなことを考えていたからだろうか。キラに手渡されたカップを、条件反射のように受け取った。そして、そのまま口元に持って行ったところで、あることにようやく気づく。
「……酒?」
「アイシャさんからの差し入れ。ともかく、それを飲んで寝てしまえって。後のことは、明日ゆっくり考えた方がいいよって事なんだろうね」
 寝れば少しは衝撃が薄れるかもしれないだろう、とキラは口にする。
 そうなのだろうか。
「バルトフェルド隊長の愛用品だって言っていたから……たぶん、コーディネイターでも酔えると思うよ」
 夢も見ないくらいに酔えば、少しは楽だろうじゃないのか、とキラはさらに付け加えた。
「……経験、あるんですか?」
 キラにも、アルコールを必要としたような、とシンは問いかける。
「まぁね……君よりも、ほんの少しだけとはいえ、長く生きているし……戦場での経験は上だしね」
 最初のこのことは恥ずかしくて思い出したくもないが、とキラは苦笑を浮かべた。
「そうですか……」
 ならば、有効なのかもしてない。そう判断をして、シンはカップの中身を一気に飲み干す。
「シン君!」
 そのの味方は……とキラが慌てて声をかけてきた。しかし、その時にはもう中身がカラになっていた。
「……あれ……?」
 ぐらり、と体が大きく揺れる。
「だから、強いって言っただろう!」
 本当に、と言いながら、キラが彼の体を支えてくれた。
「……でも……」
 実は飲んだことがないから……とシンは言いながらキラにすがりつく腕に力をこめる。
「危ない!」
 しかし、そのせいでキラはバランスを崩してしまったらしい。
 そのまま背後に倒れ込んでしまう。
 当然、彼にすがりついていたシンも一緒に倒れた。
 だが、そのせいか、シンの鼻腔にはキラの体臭が心地よいものとして感じられる。
「好きです……」
 無意識のうちにシンはこう口にしていた。
「シン君?」
 何を……とキラは微苦笑を浮かべながら、体を起こそうとする。しかし、シンはさらに体重をかけるとキラの体を床に縫いつけた。
「重いよ、シン君」
 仕方がないな、と彼はため息をつく。
 どうやら、シンの告白を本気で受け止めていてくれていないらしい。
 あるいは、わかってはいるのだが《アスラン・ザラ》にはばかっているのだろうか。
「俺は……あなたが好きなんです……」
 さらにシンは言葉を重ねる。
 自分は本気なのだ。彼にそれを理解してもらわなければいけない。その思いのまま、行動を開始する。
「シン君!」
 さすがにこれは無視できなかったのだろう。キラがシンを制止しようと彼の名を呼んだ。
「やめないか!」
 さらにこう付け加える。
「やめません!」
 でなければ、キラがその意味で自分を見てはくれないだろう、とシンは叫ぶように告げた。
「あなたに、好きな人がいるのは知っています。でも!」
 でも、あきらめきれないのだ……とシンはさらに言葉を重ねる。
「……君の気持ちは……否定する気はないよ……」
 キラはため息とともに言葉をつづった。しかし、それは許容に見せかけた拒絶ではないだろうか。シンにはそう思える。
「でも……僕には……」
 キラがさらに言葉を口にしようとした。
 シンはそれを聞きたくない、と思ってしまう。だから、強引に自分の唇でキラのそれを塞いだ。

「そうですか……奴らは何も気づかずに、あれらを自陣に引き込みましたか」
 報告を耳にしたアズラエルはこう言ってうっすらと笑う。
「では、予定通りに、行動してください」
 ただし、目標は殺さないように……とアズラエルは付け加える。その言葉に、男は冷笑を浮かべた。






泥沼への第一歩……しかし、アルコール(苦笑)