機体が去った方向をキラは無意識に見つめていた。 同時に、彼らが無事であればいい、とも心の中で付け加える。 「……どうやら、あちらも予定通りのようだな」 そんなキラの耳にバルトフェルドのこんな声が届く。 「そう、ですね……大至急、戻った方がいいでしょうか」 自分も出撃をすべきなのか、とキラは彼に問いかける。 「そうだねぇ……まぁ、状況を見て、かな?」 まずは大丈夫だろう、と彼は付け加えた。あれだけの機体が出撃をしているのだから、とも。 「まぁ、レセップスに帰った方がいいという意見には賛成だけどね」 被害の状況を調べて、その対処をとらなければいけないし、同時に、まだ生きているテロリスト達には尋問をしなければいけないだろう。もっとも、何も聞き出せない可能性の方が高いだろうが、と彼は付け加える。 その意見に関しては、キラも同意見だ。 「わかりました」 考えてみれば、先にしなければならないことがある、とキラは思い直す。たとえば、今自分にすがりついたまま、まだ動けないシンのフォローだろうか。 しかし、これは難しいかもしれない、と思う。 自分の時は、ミゲルやラウが細心の注意を払ってくれていたし、ここまでひどい戦場ではなかった。それに、MS戦だった、と言うことが精神的に楽だった、と言うことは否定しない。 あれであれば、他人の命を奪ったとしても自分の目で相手の遺体を確認するわけではないのだ。 だが、今日は予想以上の激しい戦闘だった、と言っていい。 周囲には血を流し苦しんでいるものも多いのだ。 ある程度、他人の命を奪っているという自覚ができていたキラですら、直接の戦闘の後はうなされた記憶がある。 心構えが完全にできていなかったシンであればなおさらだろう。 「シン君……立てますか?」 ニコルも彼の様子が気にかかっているのか。こう問いかけている。 しかし、腕の中のシンからは何の反応も返ってこない。 「……キラさん……」 どうしますか、とニコルはキラに問いかけてくる。 「たぶん、一人でも抱えて歩けると思うんだけど……」 だが、それでは万が一の時に対処ができない。確かに、テロリストはすべて掌握したように思えるが、確実とは言い切れないのだ。 「わかりました。では、そちらの方のフォローをしますね」 シンにとっては、自分よりもキラの方が側にいた方がいい。そう判断したのだろうか。ニコルはこう告げてくれる。 「お願い。バルトフェルド隊の人たちもいるから、大丈夫だとは思うんだけど……」 それでもこのままでは万が一の時に対処が送れる可能性があるから、とキラは付け加えた。 「わかっています。僕にしても、十分身に覚えがありますから……」 それはへリオポリスでの一件を指しているのだろうか。 今この場でそれを問いかけるのははばかられる。 「そうだね。僕も人のことは言えないから」 だから、シンも気にしなくていい……と言外に付け加えながらキラは立ち上がった。そうすれば、必然的にシンも一緒に立ち上がることになる。 その体をもう一度抱きしめてやると、キラはそのまま歩き出した。 「……言いたくないけど……強いよな、こいつ……」 地球軍のMSは一機じゃなかったのか……とラスティは忌々しそうに付け加える。 「でもさ……」 だが、その表情はすぐに不敵なものへと変化した。 「悪いけど、こっちの方が性能は上!」 オーブの――モルゲンレーテが作ったからではない。自分が信頼しているのは《キラ》が作ったOSが乗せられているからだ。 キラが作ったOSが乗せられているなら、大丈夫。 いや、これで負ければ、自分の実力が劣っていると言うことだ。だがそれでは《紅》をまとっているという事実が間違いだったと言われかねないのではないか。 「そんなこと、言わせてたまるか!」 自分が言われるだけなら妥協できる。だが、そのために仲間達までおとしめられるのは我慢できない。 それ以上に、自分が彼ら――ミゲルの側にいられなくなることがいやだ。 そのくらいなら、死んだ方がマシ。 もっとも、その後でミゲルに恨まれることが分かり切っているから、そんなことをするつもりもない。 ここまで考えれば、結論は一つしか出ないだろう。 「と言うわけで、さっさと落ちろよな!」 そうすれば、全部終わるんだ……とラスティは笑った。 「あぁ、でも、これ、破壊するわけにはいかないんだよな、そう言えば……」 アスラン達が使っている機体と目の前の機体。 どこがどのように変更されているのか、そして、新たな機能はないのか。それを調べたいと言っていたんだったな、とラスティは今更ながらに思い出した。 「……じゃ、何とかして動きだけでも止めるか……」 奪取してきた機体と同じフレーム構造なのであれば、何とかなるだろうな、とラスティは呟く。 「じゃ、やりますか」 言葉とともに、ラスティは唇の端を持ち上げた。 目の前の機体に、アスランは完全にいらだちをかき消すことができなくなっていた。 「邪魔なんだよ、お前ら!」 こいつらさえいなければ、自分がキラと一緒に行けたのではないか。いや、それがなくても、キラの危機に駆けつけることができたはず。 それもできずにここにいるのは、地球軍がよけいな事をしてくれたせいだ。 こう考えれば、怒りがわき上がってくる。 そうならないように意識を切り替えていたのに、現実問題として、惨状の中に立ちつくしていたキラの様子を目の当たりにしてしまったら無理だった。それどころか、忘れていた感情までよみがえってきたような気がしてならない。 「地球軍なんて……」 世界に存在していなければ、あるいはこんな事になっていなかったのではないか。 自分は母を失うこともなく、今でもキラと一緒に平和に暮らしていられたかもしれない。 その場には、きっと、カガリ達も顔を出し、自分たちの人種なんて気にすることもなかったのか。 それを壊してくれたのは、すべて地球軍だ。 もちろん、兵士の中にはいい人間もいるかもしれない。だからといって、彼らが自分たちを許容してくれるかどうかと言うとまったく別問題だろう。 彼らの場合、地球軍に入隊した時点でコーディネイターを敵と見なしたのだから、と。 「お前らが、俺たちをそうっとしておいてくれれば、それでよかったんだ!」 そして、自分たちが同じ《人間》だと考えてくれるだけで。 それだけで、この戦争は起こらなかったに決まっている。 アスランは心の中でこう叫ぶ。 「だから、さっさと俺の前からいなくなれよ!」 キラが側にいるときには自覚していなかったこの感情。今それが表に出ているのは、間違いなくキラが自分とは別の場所で戦闘を行っている、とわかっているからか。 母が死んでから、自分が唯一守りたいと思っている相手。 駆けつけられる場所にいるのに、それができない焦り。 それらを、アスランは目の前の相手にぶつけることにしたのだった。 「……さて……どうすべきだろうな……」 モニターに映し出されている部下達の戦いぶりを見て、ラウはこう呟く。 自分が出撃をしなくても、十分に目的は達せられるだろう。 だが、と思うのだ。 「アスランが、あれほどまでに不安定になるとは、な……」 キラの側にいられないせいか。それとも、キラが危険な場所にいることが理由なのか。どちらにしても、今後のことを考えればいいことだとは思えない。 それとも、キラの側に《シン・アスカ》がいるからか。 宇宙にいた頃はあそこまでひどくなかったし、キラがオーブに行っている間も普通に任務をこなしていた。 こう考えれば、やはり《シン・アスカ》の存在が彼の精神状態に大きく関わっているのだろう。 保護者としては、喜ぶべき事態なのかもしれない。 だが、一隊の指揮官としてはそうもいかないだろう。 「……後で、じっくりと話し合う必要があるだろうな……」 アスランと……とラウは心の中で呟く。 もっとも、キラの気持ちが変わらないのだとわかれば、アスランは落ち着くだろうが、とも付け加えた。 「いずれ、彼はオーブに戻るのだしな」 だが、それまで待つわけにはいかないというのも事実だろう。 「本当に困ったものだな」 こう口にしている割にはどこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。もっとも、それを問いかけるどころか、気づいている者すら誰もいないだろうが。 「……どうやら、作戦通り捕縛できたようだな」 イージスがMS形態に変形し、地球軍のMSを捕縛している様子がモニターに映し出されている。そのほかの者達も、それぞれ役目を果たしたようだ。 「そうですね。整備陣に解析の用意をさせておきます……後は、敵パイロットの処遇ですが……」 「……精神面の治療ができる医師がいれば手配をしていてくれ」 ダコスタの言葉に、ラウは一瞬考えた後にこう告げる。 「クルーゼ隊長?」 「おそらく、必要になるだろうからな」 パイロットの状態を知るのに、とクルーゼは告げる。もっとも、その予感が当たらなければいいのだが、とも。 「わかりました。手配をしておきます」 しかし、これだけでダコスタには十分だったらしい。こう告げると、彼は即座に行動を開始した。 戦闘シーンあれこれですが……苦手ですね、やっぱり。でも、書かないわけにはいかない、と言うことが悲しいです(T_T) |