どこかほのぼのとした空気が漂っているバルトフェルド達とは違い、レセップスの中では慌ただしさが増していた。 「本当なのか!」 ダコスタの声が、ブリッジ内に響き渡る。 「はい! バナディーヤから北西100キロほどの場所に熱源を確認。ザフトのものではありません!」 即座に言葉が返ってきた。 「MSか!」 「まだ、確認できません!」 この言葉にラウはどうするべきか悩む。 ミゲル達を発進させれば確認できるだろう。だが、それではこちらの作戦が瓦解するかもしれない。 かといって、動かないというのも難しいものだ、と思う。 「……さて……どうしたものか……」 このまま、ダコスタ達に任せておくのが得策なのだろう、と言うことはわかっていてもだ。 これが宇宙空間――あるいは、自分が指揮を執る作戦――であれば、いくらでも作戦を考えられるのだが、と心の中で呟く。 「ご心配なく。今、正確な情報をお伝えします」 彼のつぶやきを聞き取ったのだろう。ダコスタがこう告げてくる。 「もちろん、心配はしていない。この地に関しては君たちの方が把握しているだろうからね。ただ、うちのパイロット達にコクピットで待機をするよう伝えるべきか否か、と考えていたのだよ」 そうすれば即座に行動を起こすことができるだろう。 だが、問題は彼らの忍耐の方だ。 ミゲルとラスティ、それにディアッカなら命令があるまで待機していることはわかっている。 だが、アスランとイザークはどうだろうか。 普段であれば、アスランもミゲル達と同様に信頼できる。しかし、今回はキラが標的にされているとわかっている以上、暴走する可能性の方が大きいのだ。 それが、彼が本心からキラを愛しているからだとはわかっている。 しかし、このような場面ではマイナスでしかないだろう。そう考えれば、頭が痛い問題だとも言える。 「なるほど……確かに、待機して頂ければすぐに対応はできますね……ただ、全員では、万が一の時に困るのではないでしょうか」 彼らが出撃をした後、別働隊がバルトフェルド達をおそうという可能性もあるだろう、と言う彼の言葉には納得するしかない。 「そうだな……君たちの隊のパイロットと……ミゲルとラスティに待機を命じておくか。後の者は状況が判断ができてからでもかまわないだろう」 ラウはこう判断を下す。 「かしこまりました。オーブのMSの性能も確認できますし」 それをこの目で見たい、と興味をあらわにする彼に、ラウは微苦笑を返した。 その時だ。 「バナディーヤでテロ! ブルーコスモスと思われます!」 先ほどとは違う兵がこう報告をしてくる。 「護衛の者は!」 「現在、予定通り展開中です!」 次の瞬間、今まで以上の喧噪に包まれた。 今、目の前で何が起こっているのだろうか。 いや、それは認識できる。 しかし、どうしたことか身動き一つできないのだ。 「頭を下げて!」 言葉ととともにキラの腕がシンの体を引き寄せる。次の瞬間、先ほどまで彼の頭があった場所を銃弾が通り過ぎていったのがわかった。 「……あっ……」 キラが引き寄せてくれなければ、自分は間違いなく命を失っていただろう。 その事実に気づいて、シンは血の気が失せていく感覚に襲われていた。 「大丈夫……このくらいなら、いつものことだし……」 そんなシンの態度をどう受け止めているのだろうか。キラは苦笑とともにこう告げてくる。 「いつもの、事?」 こんな風に次々と命が失われていくようなことがいつものことなのか。 信じられないとシンは思う。 鼻腔にからみついてくる硝煙と血のにおいが、シンの動きを戒めている。 訓練とはまったく違う現実が、重くのしかかってきていた。 「そう。オーブでは考えられないかもしれないけど、これが僕たちにとってはいつものことだよ」 そして、それをシンにも感じてほしかったのだ……と付け加えながら、キラは銃を撃つ。 それは間違いなく自分をかばっての行動なのだろう、と言うことはシンにもわかっていた。 だが、それは本来とは逆の立場に自分たちはいると言うことだろう。 「でも、これが現実だ、と言うことも覚えていて」 キラはこう言いながら、手早く銃の弾倉を取り替える。 「こんな事、認めたくはない気持ちはわかる! でも、何もしないで死んでいくわけにはいかないんだよ」 誰でも幸せになるために生まれてきたんだから、とキラは口にした。 それは、シンだって同じ思いだ。 そして、そんな世界を作るために、自分は《オーブ軍》に入ったのだから。その中から選ばれて、アストレイの開発チームに回されたときは、自分自身の能力の高さが周囲にも認められたのだ、と思った。 天狗に、とまでは行かないが、かなり自慢に思っていたことも事実。 あるいは、自分にできないことはないのではないか、とも考えていた。 だが、理想と現実のギャップはシンが考えていた以上にあったらしい。 本当であれば、自分が《キラ》を守らなければいけないのだ。それなのに、現実としては《自分》がキラに守られている。それでは本末転倒だろう。 それはわかっているのに、何故か体が動かないのだ。 「……俺は……」 「君はそのままでもいいよ……ただ、オーブの人間として、現実を見てほしい……そう思うだけ」 キラの淡々とした口調がシンには重く感じられる。 しかし、下手に動いて彼の迷惑になるわけにもいかない。迷惑だけならまだしも、彼の命を危険にさらすわけにはいかないのだ。 そう考えながらも、シンははっきり言って悔しい思いでいっぱいだった。 理想と現実のギャップ……です。この話のテーマの一つかもしれません。 |