『……目標は巣から出た……後は任せる』 スピーカーからこんな言葉がこぼれ落ちてきた。それを耳にした瞬間、ダコスタは小さくため息をつく。 「まさかとは思っていましたが……こんなに簡単に引っかかってくるとは思いませんでしたよ」 次の瞬間、苦笑を浮かべるとこう告げた。 「確かに……まぁ、本来ここに配備されているのはそれほど能力が高いものではないのだろうな」 それにラウがこう言い返してくる。 「と、おっしゃいますと?」 だが、何故彼がこう告げるのかダコスタにはわからない。ザフトに潜入をするのであれば、それなりに能力を持ったものでなければならないのではないか、と思うのだ。 「この地域はバルトフェルド隊長がしっかりと支配していらっしゃる。それを切り崩すのは難しい。だから、せいぜい情報を流す程度の事しかできないのではありませんかな?」 だからこそ、その裏に潜んでいるものに気づかずにこうしてあっさりと引っかかってくれるのだろう。 「だとしたら、なめられたものですね、我々も」 こう言いながらも、ダコスタはこれからの自分たちの行動を考えていた。 「……ずいぶんと……活気があるんですね、ここは……」 キラの隣に座っているシンがこう呟く。 「何? もっとナチュラルが虐げられているとでも思っていた?」 そんな彼に向かって、キラはこう聞き返す。 「いえ、そう言うわけではないのですが……ただ、人々の心情はどうなのかと……」 見せかけだけなのか、それとも本心からこうなのか。 その差がわからないのだ、とシンは付け加えた。 「それは……僕たちにはわからないことだね……」 キラはため息とともに言葉を口にし始める。 「少なくとも、表だっては逆らってこない。むしろ、恭順だと言っていいよね、彼らは。でも、その心の奥では何を考えているのか、本人以外わからないものだろう?」 いくらコーディネイターでも人の心の中までは覗けない。いや、覗くべきではないだろう、とキラは思う。だからこそ、人は言葉で分かり合おうとするべきなのだ、とも思う。 「でも、子供達にとってはこれが普通の日常だしね……それが続いていけば、当たり前になる。そうなれば、少なくともくだらない偏見は彼らの中に生まれないはずだしね」 それを期待するしかないのではないか。キラはそう考えていた。 「そうですね。少なくともバルトフェルド隊の方々はナチュラルに対する偏見が少ないですし……第一、子供達にまでそれを向けるようなバカはいませんからね」 心の中ではどう思っているのかわからないが、とニコルもうなずいてみせる。 「僕たちにしても、彼らが憎悪と偏見を向けてこないのであれば、普通に接することができますしね」 「だよね。だから、ブルーコスモスはバルトフェルド隊長を目の敵にしているんだよ」 そう言う人間が増えれば、自分たちの意見が消される可能性がある。きっとこう考えているに決まっているのだ。 「だから……あの方は何があっても死んでもらってはいけないんだ」 そのために、自分たちは彼を守らなければいけない。キラはこう考えていた。 「キラさんはそうしてください。僕たちはそんなキラさんを守らせて頂きますから」 「そうです! 絶対、傷一つ、つけさせません!」 ニコルだけではなく、シンまで意気込んでこう口にしてきた。 そこまでしてもらわなくてもいいのだが、とキラはこっそりと心の中で呟く。だが、彼の熱意までは消してはいけないのではないか、とキラは思う。 「気持ちはありがたいし、当てにさせてもらうけど……君たちも怪我はしないように気をつけてね」 そうなったら、自分が悲しいから……とその代わりのようにキラは口にする。 「わかっています」 「十分気をつけますから」 二人は即座に言葉を返して来た。 ニコルは心配いらないだろう。 だが、シンはどうだろうか。 目の前で実際に戦闘が起こったときに、彼がどこまで動けるか、それはわからない。いや、これは彼だけに言えることではないだろう。それはキラにもわかっていた。 「その言葉信用しているからね」 いざとなれば、自分がフォローをするしかないだろう。そう思いながら、キラは微笑んで見せた。 「……だ、そうだよ、アイシャ」 キラ達の前を走っている車の座席で、しっかりとその会話を耳にしていたバルトフェルドがこう言って笑う。 「悪い人ネ。盗聴器を仕掛けるなんて」 くすくすと笑いを漏らしながら、アイシャがこう言葉を返してくる。 「いいじゃないか。君だって聞きたがっていただろう?」 違うのか、と彼が問いかければアイシャはぺろりっと舌を出した。その表情がバルトフェルドにはとても好ましく見える。 「否定はしないワ。キラちゃんはもちろん、あの子もかわいいし……」 だから、守ってやりたいのだ、とアイシャは口にした。 「未来を作るのは、子供達の役目でショ?」 そして、彼ら――特にキラ――はその中核になるべき存在だ。だからこそ、こんな場所で失うわけにはいかない、と彼女は付け加える。 「それは僕も同じ意見だよ」 今までとはうってかわったまじめな口調でバルトフェルドは彼女にうなずいて見せた。 「我々がすべきなのはあくまでも地ならしだ。その後でどのような世界を作っていくのか。それは子供達の仕事だろうね」 彼らが望む世界が、少しでも早くできるよう、戦うのが自分の仕事だ。 ラウもそれには同意を示している。だが、バルトフェルドからすれば、彼もその子供達の中の一員に含まれていた。それを本人が知ればどのような反応を見せるだろうか。それを考えれば笑えるしかないのではないか、とは思う。 「だから、その子供達をしっかりと守ってやらないとね」 バルトフェルドがこう言えば、 「でも、アンディも気をつけないといけないワ」 子供達が口にしているように、とアイシャが小首をかしげて見せた。 「アナタが無事だからこそ、他の者達の安全も守れるのヨ。だから、無理はしないでネ」 そんなことをしたら、子供達が泣くわよ、と付け加えられて、バルトフェルドは苦笑を返すしかできない。その表情を見て、アイシャはさらに眉を寄せた。 「アンディ?」 無茶をするつもりだったわね、と彼女はその表情のままバルトフェルドをにらみつけてくる。 「……珍しくも君が一緒にいてくれるからね。お子様達は君に預けて、ここいらのバカどもを何とかしたいかな、と思うんだ」 そうすれば、しばらくは安全だろう。その間に、キラ達の仕事を終わらせてしまえばいい。バルトフェルドはそう考えていた。 「それに、彼らも付いてきてくれているからね」 今であれば何とかなるかもしれない、とも思う。 自分のフォローはラウが確実にしてくれるだろう、とわかっているからこそのセリフだ。 「本当にアナタは……」 困った人ね、とアイシャは微笑みに苦いものを含ませる。 「わかっているノ? 二兎を追う者は一兎をも得ずとも言うのよ」 「もちろんわかっているさ。だから、僕が追いかけるのはこの地にいるブルーコスモス。それと連携をしている地球軍に関しては、クルーゼ隊長に任せておけばいいだろうしね」 違うか、とアイシャを見つめた。 「詭弁、にしか聞こえないけど、そう言うことにしておきまショ」 アナタがそう言うのであれば、成功する自信があるのだろうし……とアイシャは笑みを深める。 「君がそう信じてくれるのであれば、間違いなく……ね」 そんな彼女に向かって、バルトフェルドはこう言い切った。 「そろそろ一休みしないかね?」 バルトフェルドがこう問いかけてくる。 「そうですね……おなかはともかく、のどは渇きました」 それに対し、キラがこう言葉を返す。 本当に彼はそう思っているのだろうか。 それとも、何か意図があるのか。 シンにはそこまではわからない。いや、彼だけではなくニコルも同じようだ。だが、彼が態度でそれを示さないのはきっと、二人がニコルにとって上の立場だからだろう。 「でも、どこですか?」 そんな二人の前でキラは小首をかしげている。 「以前、連れて行ったことがなかったかな? ほら、あのケバブがうまい、オープンカフェだよ」 そんな彼にバルトフェルドが説明の言葉を口にした。 「あそこのケバブはおいしいわネ。でも、私には少し多いけど」 その分、元気で食欲旺盛なお子様達に食べてもらえばいいわね、とアイシャも笑っている。 「そうだな。子供達には大きくなってもらわないと」 バルトフェルドもまた、それにうなずいているのが見えた。 「……一応、成人なんだけどな、俺も……」 シンは思わずこう呟く。そうは思っても、確かに自分が彼らから見れば十分《子供》だと言われるべき存在であることはわかっていた。だが、それでもそれなりに扱ってほしいとも思うのだ。 「まぁ、あきらめましょう……キラさんですら子供扱いされていますから……」 ニコルが苦笑とともにこう告げてくる。 「……本当だ……」 目の前で、キラ場バルトフェルドに遊ばれていた。 「……だから、何で僕にそれをかぶせようとするんです!」 「似合いそうだからに決まっているだろう?」 こう告げるバルトフェルドの手にあるののは、耳が付いた帽子だ。 「確かに、キラさんならお似合いになるのかもしれませんが……」 だが、普通あれを身につけて喜んでいるのは十歳以下の子供なのではないだろうか。でなければ、そう言うものを認められる女性か。 どちらにしても、一応《軍人》である自分たちにはあまりありがたくないものではないか、と思うのだ。 しかし、これに関しては相手の方が上手だったらいい、とシンはすぐに思い知る。 「やっぱり、あなたも似合うわネ」 何かがかぶせられたかと思った次の瞬間、アイシャのこんな声が届く。慌てて頭からそれを取り上げれば、キラが今バルトフェルドにかぶせられているものと色違いのものが確認できた。 「アナタはこちらネ」 さらに、アイシャはニコルにも同じような帽子を手渡している。 「……これ、何か意味が?」 「目印ヨ」 彼の問いかけに、アイシャは意味ありげなウィンクを返す。 と言うことは、これにも何か理由があるのだろうか――それとも、ただのお遊びなのか――とシンは眉を寄せる。そのままニコルへと視線を向ければ、彼も同じような表情を作っていた。いや、キラも同じように困惑の表情を作っている。 「それをかぶったら行きまショ」 しかし、大人達にはまったく関係ないらしい。 にこやかにこう宣言をするアイシャに、シンは本気で頭を抱えたくなってしまった。 アイシャ、さすがです。この話の最強キャラはキラだと信じていましたが、実はアイシャだったかもしれません。って、うちのアイシャさんはいつもこうですが(苦笑) |