キラとともにザフトが支配している街を見ることができる。
 それが、自分にいろいろな経験をさせようと考えてのことなのだろう、と言うことはシンにもわかっていた。だが、それ以上にうれしいと思うのは何故なのだろう。
「キラと一緒、だからかな……」
 そして、アスランが別だから、なのか。
 二人きりではないが、それでも邪魔者がいない状況だからなのだろう。
「喜んでいる場合じゃないのに、さ」
 キラは知っているのだろうか。自分に与えられた任務の中に彼の身辺警護がある、と言うことを。特に、明確にねらわれているらしいとわかっている現在ではなおさらだ。
 だから、単純に喜んではいられない。
 いや、むしろそれではいけないのではないか。
 そのために周囲の状況を認識できなくなれば、彼を危険にさらすことになるかもしれない。その結果、彼を失うことになれば、後悔などと言うのではならない感情を味わうことになる。
 それだけは絶対にさけなければいけない。
 だが、どうしてもすぐに口元がゆるんでしまうのだ。
「……いけないよな、俺……」
 自分でもそれはわかっているのだが……とシンはため息をつく。
「シン!」
 そんな彼の背中に、キラの声が降ってきた。
「何でしょうか!」
 慌てて表情を引き締めると、シンはキラへと視線を向ける。
「そろそろ出発だよ? 準備はいい?」
 こう言って微笑んでいる彼の服装は、きわめてラフなものだ。それはこの地に合わせたもなのだろう。同時に、彼を年相応の少年に見せてくれる。
 同時に、それはシンが彼に感じていた『近寄りがたい』空気をも消していた。
「はい、大丈夫です!」
 それでも、彼の方が年上だ、とわかっているからついつい敬語になってしまう。
 そして、そのまま立ち上がると改めてキラの方へと向き直った。そうすれば、彼は小さな笑いを漏らす。
「そんなにかしこ張らなくてもいいよ」
 ね、と首をかしげるキラに、シンは思わず視線を奪われてしまった。
「そうですね。逆にその方が人目を引いてしまいますし……」
 新たな声が凍り付いているシンの耳に届いた。
「そう言うニコルもだよ」
 誰だ、と思えば、クルーゼ隊の一員だと教えられた少年がキラの脇に立っていることにようやく気が付く。いや、今までキラしか目に入っていなかったという方が正しいのか。どちらにしても自分の立場を考えればまずい状況だ、としか言えない。
「わかっています」
 だが、ニコルの方はごく自然な微笑みをキラに返している。それなのに、彼の一挙手一投足には、周囲に対する警戒が感じ取れた。
 その違いもまた、経験の差なのだろうか。
「でも、キラさんに怪我をさせたら、僕がみんなに恨まれますから」
 さすがにそれは願い下げだ……という彼の言葉に、
「どうして、みんなそう言うんだろうね……僕だって、伊達や酔狂で《紅》を着ている訳じゃないのに」
 こう言って、キラが唇をとがらせている。
「あきらめてください。それだけ、みんな、キラさんが大切なんですよ」
 自分たちがキラに怪我をされるのがいやなのだ……とニコルはさらに笑みを深めた。
「そうですよ!」
 決して口を挟むつもりではなかった。だが、自然とシンの唇からニコルの言葉に同意をするセリフが飛び出してしまう。
「キラさんがキラさんだから、俺も、フラガ様達も、守りたいって思うんです!」
 だから、と口に出してから、シンは自分が何を口走ったのかに気づいて真っ赤になってしまう。
「だそうですよ、キラさん」
 だが、ニコルの方はこう言って微笑みを深める。
「適材適所、と言う言葉もあるでしょう? キラさんが強いのは知っていますけどね。昨日今日と無理をされているのですから、おとなしく守られていてください」
 それでもしっかりと釘を刺すあたり侮れない、と言うべきなのだろうか。
「……わかったよ……」
 仕方がないね、とキラは苦笑を浮かべる。
「ともかく、行こう」
 バルトフェルト隊長達が呼んでいるよ、とその表情のまま、キラは口にした。
「そうですね。行きましょう。シン君も」
 キラの言葉にうなずき返すと、ニコルはシンにも声をかけてくる。
「はい」
 彼の言葉には素直にうなずくことができた。いや、アスランでなければ誰でも素直にうなずけるのかもしれない。そう思ってしまう。
 彼らがキラに向けている好意は、決して《恋愛感情》ではないとわかっているからだろうか、それは。
 どちらにしても、自分にとって問題なのは《アスラン・ザラ》ただ一人だ、と言うことか。
 シンは改めてその事実を認識させられた。
 だからといってあきらめるつもりは全くない。
 いや、できるなら今すぐにでも取って代わってやりたいと思っている。
 それがどれだけ困難なことかはわかっていてもだ。
「……少しでも、印象をよくして置かないとな……」
 シンはこう呟く。
 その言葉を耳にして、ニコルがどのような表情を作ったのか。それにまで彼が気が付くことはなかった。





ニコルはかわいい顔をして厳しいですから……この話だと、比較的白ニコルかな、と思っているのですがね。