「……よろしいですか?」
 ノックの音とともにキラの声が届いたのは、もうかなり遅い時間だった。
「入りなさい」
 即座にラウはこう言葉を返す。
「失礼します」
 この言葉とともに、細い体が滑り込んでくる。その様子を確認した瞬間、彼の眉がよった。
 どう見ても、目の前の少年は疲れ切っているようにしか感じられない。それも、たった一日の間でだ。おととい、彼がこの基地に戻ってきたときはそうではなかったはずだ、と。
 ということは、昨日と今日の二日間で……ということか。そう判断すれば、ラウの眉間のしわはさらに深まった。
「すみません。バルトフェルド隊長のところに出向いたのですが……取り込み中だったようですので……」
 だが、キラの方はそんなラウの様子には気が付いていないらしい。困惑の色を隠せない口調でこう告げてきた。
 それにラウは、今度は別の意味で眉間にしわを寄せたくなる。
 アスランと彼もそう言う関係だったはず。それなのに、未だにこの初々しい反応は何なのか、と言いたくなる。同時に、そうなっても変わらない彼がかわいいと感じてしまうこともまた事実だが。
「そうか。だが、休むときは休むものだぞ?」
 彼の性格であれば、言っても無駄かもしれない。そう思いつつもラウはこう口にする。
「わかっています……ただ、これだけは少しでも早いほうがいいと思いまして……」
 言葉とともに、キラは手にしていたファイルを差し出す。それを受け取ると、ラウは手早く中を確認した。その瞬間、彼の表情が曇る。
「これは……確かにゆゆしき問題だな……」
 この基地のシステムに、誰かが妙なウィルスを仕込んでいた。それ自体はある意味予想されていた事柄であるが、その場所が問題だ。
 どう考えても、外部から手を加えるのは不可能だと言っていいだろう。
「とりあえず、無断で申し訳ないとは思いましたが、これに送られる情報をすべて改変するようなプログラムを組んで組み込んできました。ただ、システム自体には手を加えていませんので、削除するのは簡単です」
 つまり、そう言うプログラムを組んだがためにキラは疲れている、と言う事か。ラウは心の中でこう呟く。
 指揮官としてはほめるべきなのだろう。
 だが、保護者としてはたしなめなければいけないような気がする。
「ご苦労だった」
 ともかくはこう告げた。
「だが、そんな表情では心配でたまらないぞ……明日は、頼むから休んでくれ……」
 その間に、調整を行うから……と口にしながら、ラウはキラのそばへと歩み寄る。そして、その体を抱きしめた。
「でも……」
 そんなことをしている場合ではないのだ、とキラは言外に付け加える。
「……命令、と言わせたいのか?」
 責任感の強さは誰の影響だろうか。
 それとも、彼の血の源のせいなのか。  だが、それは長所と短所の紙一重だとも言える。
「今、お前が倒れる方が問題だ。だから、少し休むんだ」
 できるだけ優しい口調でラウは言葉を重ねた。そうすれば、腕の中でキラは小さくうなずいてみせる。
「そうだな……どうしても気になるというのであれば、オーブから連れてきた少年についていてやればいい」
 彼の面倒を見るという名目であれば、かまわないだろう……と微笑んだ。
「……ご命令であれば……」
 キラは小さく呟く。
「命令ではないよ……そう頼んでいるだけだ」
 保護者として……とラウは口にする。そうすれば、キラは顔を上げた。
「ラウ、兄さん……」
 そして、困ったような微笑みを浮かべる。
「心配しなくていいよ。お前を守るのは私の望みだ」
 だから……と付け加えると、ラウはキラの髪をなでた。

「……キラがねらわれている、か……」
 一体どうして、と言いかけてムウは言葉を飲み込む。
「彼が――彼も《アスハ》の一族だから?」
 そんな彼の前にコーヒーを差し出しながらマリューが問いかけてくる。
「そして、第一世代だから、だろうな。連中の中にも第一世代の連中はいる……もっとも、そいつらが自分自身の意志を持っているか、俺としては疑問だがな」
 この言葉にマリューは思わず目を丸くした。
 現在はオーブのIDを持っているとはいえ、彼女は元は連合の人間だ。ムウと出会い愛し合うようになったからこそ、彼女はこの国へと移住してきた。
 だからなのだろう。
 こうして、自分のそばにいてくれるのは。
「……どちらにしても、連中はキラを甘く見ているよな。あいつは見た目によらず頑固だし、強いぞ」
 それに、とムウは笑う。
「今は、ラウだけではなくアスラン達もあの子のそばにいるし、そう簡単にあいつがかっさわられるとは思っていないけどな」
 この言葉に、マリューが苦笑を浮かべる。
「シンもいるしね」
 そして、こう告げた。
「あの坊主か……役に立つのか?」
 深紅の瞳が印象的な少年の顔を思い出してムウは苦笑を浮かべる。
「一応、オーブ軍の中では上のレベルよ……ただ、実戦となるとどうかはわからないけど……」
 オーブの中で、実践をこなしたことがあるものは、ムウ以上の年齢の者達だ。あるいは、キラ達のように他国に行ったものか。
 だから、シミュレーションの結果だけでは判断ができないだろうとマリューは視線を落とす。
「実戦とシミュレーションの差は大きい……か。カガリもそうだったからな」
 だからこそ問題だったのだが……とムウはため息をついた。
「それでも、シンはきっと、キラ君を守るでしょうね……」
「理由を聞いてもかまわないか?」
 微妙に変わった口調で、ムウはマリューが何かを隠しているのだと察する。そして、それを確認しなければいけないとも。彼らの不利益になるのであれば、即座に連れ戻すよう手配をしなければいけないのではないか、と思うのだ。
「……どうやらね。キラ君にあこがれているらしいの。彼に認められるためなら、何でもやりそうね、あの子」
 この言葉に、ムウは思わずため息をついてしまう。
「それはそれで頭が痛いことだな……」
 キラとラウも不幸な……そう思ってしまうムウだった。






と言うわけで、お兄ちゃん達の登場です。
ラウ兄さんがキラを甘やかしているのは書いていて楽しいのですが……ムウ兄さんとマリューさんのシーンは危ない方向へ行きそうでやばかったです。さすがにピロトークはねぇ(苦笑)