「……まったく……」
 ミゲルの額にできた傷に消毒液を振りかけながら、キラは悪態を付く。
「痛い、痛いって……」
 そんな彼に対し、ミゲルが顔をしかめて見せた。おそらく、傷に消毒液がしみたのだろう。しかし、キラはそれを気にする様子を見せない。
「何で、僕をかばったのさ」
 それどころか、さらに消毒液を振りかける。
「僕だって、自力で何とかできたんだよ?」
 守られなければならない存在ではない、とキラは口にする。
「わかっているんだけどな……お前に怪我をさせれば、アスランが怖い……」
 それ以上に、同期の連中が怖いのだ、とミゲルはため息をついて見せた。
「アスランはわかるけど……みんな?」
 なぜ、そんなことを言い出すのだろう、とキラは小首をかしげる。そうすれば、当然ミゲルを手当てする動きが止まってしまった。
「痛い! まずはそれを片づけてくれ!」
 そうしたら、ちゃんと説明をするから……とミゲルが叫ぶ。どうやら、キラの手元からしたたった消毒液がまた傷にふれたらしい。
「あ、ごめん」
 あわてて、キラは消毒液のボトルを脇に置いた。そして、ついでというようにミゲルの額にガーゼを押し当てる。
「……で?」
 どういう事なのか、とキラはその状態でミゲルをにらみつけた。
「簡単だ。他の連中がお前を心配してなぁ……俺が同じ隊に配属になったとわかった時点で釘を刺されているだけだって」
 あいつらも、お前が好きだからなぁ……とミゲルは笑う。
「お前がMSに乗っていた時なら心配する気はないんだけどな。今回は、生身だったからさ」
 お前の場合、生身の時の方が信用できないし……と付け加えられて、キラは思わず視線をさまよわせてしまう。そう言われてみれば、思い当たる節が山ほどあるのだ。だからといって、今回のことを納得できたわけではないが。
「本当に……みんな過保護なんだから……」
 自分だって、ちゃんとアカデミーを卒業したって言うのに……とキラはため息をつく。
「仕方がないって……あの時のお前は、本当にオコサマだったんだから」
 最年少の人間は、いつまでたっても庇護される対象になるんだ、とミゲルは笑う。そうすれば、キラは小さくため息をつく。
「……だからってねぇ……」
 本当にどうするべきなのか、とキラは思う。しかし、今はそれを考えている場合でないこともわかっていた。
「まぁ、いいや。それについてはこの戦争が終わったときに考えよう」
 優先しなければならないことは他にある、とキラは口にする。
「そうだな。わざわざここをねらってくれたのか、それとも偶然なのか。それから調べないとな」
 偶然であれば、まだいい。
 しかし、ここが隊長クラスの者が使う執務室だとわかっていて攻撃を仕掛けられたのであれば、基地内の情報が漏れている、と言うことだ。
「……それについて、システムを調べた方がいいかな?」
 ハッキングをされたのであればまだいい。だが、隊の内部にスパイがいるのであればやっかいだ。
「……それについては、許可をもらってからにした方がいいぞ」
 バルトフェルド隊長のとミゲルは囁く。
 それも当然だろう、とキラは思う。
 疑われるべきなのは、クルーゼ隊のメンバーではなくバルトフェルド隊の人間であるはずなのだ。
「わかってるって」
 キラはこう口にする。
「でも、ちょっと怒ったかな」
 ふっと笑いながらこういえば、ミゲルもまたうなずいて見せた。

「キラ!」
「ミゲル!」
 はっきり言って、脳裏からラウ達の存在はきれいさっぱり消えていた。それはラスティも同じだったらしい。口々に自分の大切な相手の名を呼びながら、アスラン達は室内に飛び込んだ。
「……こらこら、君たち……気持ちはわかるが、一応、上官を心配するふりだけでもいいからしなさい」
そんな二人に対して、バルトフェルドの苦笑をにじませた声が届く。
「も、うしわけありません……」
 それにアスランはあわてて居住まいを正した。そんな彼に、バルトフェルドだけではなくラウも心配いらない、と言うようにうなずいてみせる。
「二人とも、大きな怪我はない。と言うより、キラは無傷だな。その分、ミゲルが多少擦り傷を負ったようだが……」
 それが彼の役目だから仕方があるまい、とラウは付け加えた。
「まぁ……キラよりミゲルの方が丈夫ですからねぇ……」
 それでいいのか、と言うようなセリフをラスティも口にする。一応、恋人同士ではなかったのか、とアスランは心の中で付け加えた。もっとも、彼のおかげでキラが無傷だったのは感謝するしかない、というのは事実だが。
「それに、あれはもう習性だし」
 自分とキラが一緒にいた場合、どちらを優先するのかわからないほどだ……と彼は苦笑を浮かべる。もっとも、下手をしたら自分もキラを優先するかもしれないし、と告げるラスティにアスランはどう反応を返すべきか悩む。
「それは、アスランの役目だろう?」
 さすがに聞いていてやっていられなくなったのか、ディアッカが口を挟んできた。
「来ていたのか?」
 そんな彼の声を耳にして、アスランがこう呟く。
「来てたのか、じゃないだろうが。俺たちにとっても隊長達の安否は重要事項だろうが」
 そんなアスランにイザークが怒鳴り返す。
「仕方がないですよ。アスランもラスティも、それ以上に大切なことがあるんですから」
 ようやく頭が冷えたようだが……とこう告げるニコルのセリフに一番棘が含まれているのではないだろうか。アスランだけではなく、ラスティもそう感じたらしい。さりげなく室内に視線を泳がせる。
 しかし、それも一瞬のことだった。
「……あいつ……」
 いつの間に……とアスランは忌々しそうに呟く。
「どうした?」
 そんな彼の反応に、ラスティが疑問の声を上げる。
 だが、アスランの視線の先へと自分も目を向けた瞬間、納得をしたというような表情を作った。
「油断も隙もないやつだな」
 それとも、他のことなど気にしていないのか……とディアッカが苦笑混じりに呟く。
 だが、その後のセリフをアスランは聞いていなかった。
 理由は簡単。
 それよりも早く、キラに向かって駆けだしていたのだ。
「キラ!」
 彼の口から、何よりも大切な相手の名前が飛び出す。
「どうしたの、アスラン」
 そんな彼の行動を見ていたのだろうか。キラが口元に苦笑を浮かべつつこう問いかけてくる。その表情はアスランも見慣れているものだ。と言うことは、本当に怪我をしていないのだろう。
 しかし、とアスランは心の中で付け加える。
 その隣にいるやつはやはり邪魔だ、と心の中で付け加えた。
「本当に怪我も何もしていないんだな?」
 こうなれば、徹底的に存在を無視するしかないか……とも考える。だが、実際にはできないだろう。と言うよりも、そんなことをすればキラが悲しむのではないか、と思えば、できるはずもない。
 それでも、極力視界に入れないようにしながらこう問いかけた。
「僕の分までミゲルが引き受けてくれたからね。ここで怪我をしたのは、彼だけだよ」
 本当に……とため息をつくキラの様子からして、二人の間で何かあったのだろうか。キラの隣で苦笑を浮かべているミゲルの表情からもそれがうかがえる。
 だが、それについては二人きりになったときに確認してもいいだろう。
 そう思いながら、アスランはキラのそばに歩み寄った。
「そうか。悪いな、ミゲル」
 彼の肩に手を置きながら、アスランはミゲルに向かってこう声をかける。
「気にするな。俺ら同期の約束事みたいなもんだからな」
 そうすれば、こんなセリフが返ってきた。その内容にアスランは思わず眉を寄せる。
「……そのセリフ、ラスティにも言っているのか?」
 似たようなセリフを本人から聞いたが……とアスランは付け加えた。
「まぁな……」
 キラの普段の生活を見ていれば、納得されるなんてもんじゃない……と彼はしっかりと言い返してくる。これものろけというのだろうか、と思いつつ、キラのことを考えてくれるからいいのか、とアスランは心の中で付け加えた。
「……あんたら、変?」
 しかし、シンだけはそう思わなかったらしい。
「確かに、キラさんのことを優先すべきだとは思うけど……いいわけ、それで」
 そう言う関係なんだろう、と彼はミゲルに問いかけた。
「否定はしないがな……家の隊のメンバーのことだ。悪いけど、それに関しては部外者であるお前に口を挟んでほしくないな」
 それに対し、ミゲルはきっぱりと言い切る。
「第一、それに関して言えばお前だって同じ穴の狢になるんだからな」
 キラを第一に考えることに関しては……というつっこみはさすがだ、とアスランは思う。実際、それ以上シンは何も言い返すことができないようだ。
「……本当に、みんな過保護なんだから……」
 キラがため息をつく。
「仕方がないさ。キラが大切なんだから」
 そんな彼に、アスランはこう告げる。
「だからこそ、俺たちはこうして一つになっていられる。隊長の手腕は簡単に値する。でも、俺たちをまとめたのはキラの存在だからだよ」
 それがなければ、自分とイザークがこうして会話を交わすようになるはずがなかったのだから。アスランはそう思う
「……好きに言えば」
 こういいながら、キラは再び意識を膝の上にあるパソコンへと戻す。そして、作業を再開させた。
「ハッキングをされていないかどうか、確認をしているんだよ」
 犯人を見逃すわけにはいかないだろう、とミゲルが囁いてくる。
「誰をねらったのかわからないが、その犯人、ただですませる気はないよな」
「もちろん。相応の礼を受けてもらおうか」
 アスランの言葉に、ミゲルが同意を示した。それは彼らだけのものではないだろう。その確信がアスランにはあった。






結局、過保護だと言うことですね、キラ達の同期の面々は。さすがは天然小悪魔(違います)
そして、次第に微妙な雰囲気に。シン、がんばれ……と言っていいのか悪いのか。