次第に遠ざかっていく姿をアスランはため息とともに見つめていた。 あの二人の関係は自分のそれとは違う。 それは理解できていたから、別段、嫉妬という感情があるわけではない。ただ、自分にはできない役目を平然とこなす彼がうらやましいだけだ。 「……ともかく、時間がある。先ほどの続きは……シミュレーションでつけてやるよ」 気に入らない、というようにアスランがこう口にする。それは半ば八つ当たりだと言ってもいいかもしれない。 だが、どこかで発散しなければやっていられない、ということもまた事実だった。 「望むところだ!」 それに関しては、シンも同じ気持ちだったのだろうか。即座に言葉が返ってくる。 「あんたより、俺の方があの人のそばにいるのがふさわしいって、思い知らせてやる!」 このセリフが、アスランの精神逆撫でしたのは言うまでもないであろう。 「何で、俺よりお前の方がふさわしいんだ!」 「よけいなしがらみがないからに決まっているだろうが!」 あんたと違って、とシンはさらに付け加えた。 「あんたは、どうせプラントであれこれしなきゃないんだろうが! あの人はオーブに帰ってくるんだしな」 そのときに、キラが悲しみのは許せない、とシンは口にする。 「残念だな。そのときは、キラを帰さないだけだ」 自分のそばに縛り付けてでも、とアスランは言い返す。もちろん、それは冗談でも何でもない。あくまでも本気で言っているのだ。 「何を……あの人がオーブを捨てられるわけがないだろうが!」 しかし、シンも本気でこう言い返してくる。 「あの人は、アスハの方だからな。それに……俺たち、オーブにすむコーディネイター達の希望でもある」 だから、という言葉にアスランは一瞬虚をつかれた。 確かに《キラ》の本来の立場であればそれは納得しないわけにはいかない。だから、自分の言葉を実行に移せるかと言われれば疑問だとしか言いようがないことも事実だ。 だが、すぐにそれは怒りに変わる。 確かに、彼らにとってはそうなのかもしれない。 しかし――いや、それ以上に自分はキラを必要としているのだ。彼がいなければ、どうなるかわからない自分を自覚している以上、ここで引き下がるわけにもいかない。 「そんなこと、キラが決めることだろうが」 アスランはきっぱりと言い切る。 「キラが……本気で戻りたいって言うなら……俺は黙って見送るさ。喜んでとは言えないだろうがな」 さすがに、好きな相手に自分のそばから離れられるのは耐えられない。だが、それがキラのためならば仕方がないだろう。そのときは、自分がついて行けばいいだけだし……と心の中で呟いていたのは内緒だが。 「だが、お前は邪魔してくれるようだし……一度、本気でたたかせてもらおうか」 お前ごときが、キラの隣に立とうだなんて百年早い、とアスランは口にする。 「あ〜〜……それに関しては、俺も賛成だな」 今まで黙って自分たちの会話を耳していたラスティが口を挟んできた。 「悪いけどさ。俺よりも、こいつの方が有能だったりするんだよな。だから、俺にも勝てないお前じゃ、そう言われても仕方がないって」 この言葉に、シンは悔しそうに唇をかむ。 「確かに今はそうかもしれないけどな。だけど、これからもそうだとは限らないじゃないか!」 単に、あんたらの方が先に完成された機体に乗り込んでいただけだろう、とシンは口にする。 自分だって、その経験があれば、互角以上に戦える……という自身はどこから来るのだろうか。 「まぁ、それに関しては多少妥協してやるがな。この前、同じ機体で戦ったときも、キラが作ってくれたOSのおかげで俺が勝った、って言いたいんだろう?」 もっとも、お前が《ロンド・ギナ・サハク》が使っていたOSと同じものを使っていなかったって言うならな……とラスティは付け加える。 「……それは……」 だが、それは心の何かを刺激したらしい。彼は悔しそうにまた唇をかんだ。 「ま、ともかく、自分の実力を知るのもこれからのためには必要だろうな」 こてんぱにされてしまえ……と付け加えられた言葉は、自分の耳にだけにしか届かなかっただろうか。それを確認する気にもならないアスランだった。 シミュレーションルームには先客がいた。 その事実自体は珍しいことではないだろう。ラスティはそう思う。 ここが戦場である以上、訓練は必要だからだ。 だが、目の前で何事か苦労している相手がイザーク達だ、というと話はまた違ってくる。 「……どうしたんだ?」 自分が知らないところで何かあったのか、とラスティはアスランに問いかける。 「あぁ……OSの調整が終わっていないらしい……イザークが」 他の二人はそれにつきあわされているのだろう、とアスランは口にした。 「ミゲルは元々裏技を使っているし……俺は、キラからそちら方面の個人授業を受けたからな。だから、比較的楽にOSの調整を行うことができたが……あいつらは、意地を張ってそれをしなかったつけが出ているだけだ」 この言葉に、ラスティは思いきり納得をしてしまう。 「俺も……キラの個人授業をオーブにいたときに受けたからな。人のことは言えないが……」 素直に耳にしていればあそこまで苦労しないだろうに……とラスティはため息をつく。 「それができないから、イザークなんだろうけどな」 あまりにらしくて、笑うしかないか……とアスランは口にする。 「本人には言うなよ?」 「わかっている。こいつのこともあるしな。キラ達によけいな心労を増やすわけにはいかないだろうって」 今だって、限界に近いのに……と言いながら、アスランは視線をシンに向ける。 そうすれば、彼がむっとした表情を作っているのがわかった。だが、あえて口を開かないのは、アスランの言葉を耳にしたからかもしれない。ということは、本気でキラに傾倒しているんだな、とラスティは判断をする。 「午後からは、アイシャさんが面倒を見てくれるけどな」 あの人もスパルタだし……と付け加えつつ、ラスティは意味ありげに笑う。 「……誰なんですか、その人は……」 さすがに興味が出てきたらしい。シンが問いかけてくる。 「もう一つの隊の隊長の副官……のような立場の人かな? まぁ、後で会えるよ」 驚くだろうが、とラスティは心の中で付け加えた。実際、昨日、彼女を見かけたとき、呆然としてミゲルにからかわれたのだ。そんな人間は自分以外にもほしい、と思ってしまうのだ。 「それよりも、あそこが使えるぞ。データーは……アスランはイージスだろう? お前はアストレイでいいんだよな?」 それなら、準備をしてやる。こう告げれば、二人ともうなずいて見せた。 それを確認して、ラスティは動き出す。 幸か不幸か、イザーク達はそれに気づいていないようだった。 これも、ある意味、アスランに対するシンの《キラ略奪宣言》なのでしょうか。 アスランも年下相手に大人げない。と思いつつ楽しんでいるのがラスティでしょう、きっと。 |