「……さて……どうしたものかな?」
 オーブから送られてきた提案に、ラウは考え込む。
「キラは何と言っているんだい?」
 肩越しにモニターを覗き込んでいたバルトフェルドが楽しげにこう問いかけてくる。
「機体は、ラスティに使わせたいから……と言っている。ただ、パイロットに関してはこちらの指示に従うと」
 つまり、断ってもかまわない……と彼は言いたいのだろう。
「なるほどね」
 確かに、どうしたものか……とバルトフェルドは態度を変えることなく口にする。
「あちらの気持ちもわからないではないが……使い物にならないだろう」
 実戦経験がない者は……と彼は呟く。それに関しては、ラウも同じ気持ちだ。実際、新兵の頃はみな、戦闘とシミュレーションの区別が付けられないでいる。それがわかっているからこそ、ラウは配属されたばかりのアスラン達を即座に実戦には出さず、しばらく見学をさせていたのだ。
 それに関してはあれこれ言われたが、自分では間違っていないと思っている。
「まぁ、それでもあの子の《護衛》が一人でも増えればいいのかな?」
 もっとも、そうだとは言い切れないのが悲しいところだが……バルトフェルドが付け加えた。と言うことは、彼もある程度、オーブの内情を知っているのかもしれない。
「……では、あくまでもオブザーバーとして許可を出して頂けますかな?」
 ここは自分の支配区域ではない。
 そのような決断を出すのは、あくまでもバルトフェルドなのだ。だから、彼が許可を出さなければ、オーブ側が希望し、ラウが認めても呼び寄せることは不可能だと言っていい。
「かまわないよ。アイシャのオモチャになりかねないがね」
 それだけは覚悟して貰わないといけないだろうね、という言葉には、苦笑を浮かべるしかない。
「そうですな。まぁ、あの方も戦場についてはよくご存じですからね。かまわないでしょう」
 むしろ、彼女の方があれこれ都合が良いのではないだろうか。
 正式な《軍人》ではない彼女であれば、キラと共にこちらにやってきたいと希望している《パイロット》に対しても自由な立場で意見をすることが可能だろう。
 その方が《オーブ》の人間には都合が良いのではないか。
 ラウはそう判断をした。
「これで……あの子が戻ってきても多少は負担が減る、かな?」
 ぼそりっと付け加えられた言葉の意味は、敢えて問いかけない方が良いだろう。その方がお互い幸福に過ごせるのではないか、とラウは判断をする。
「では、それまでにあれを捕獲できるよう、がんばらなければいけませんな」
 キラがいない間、自分たちがなにもしていなかった、と言われないように……とラウは口にした。
「確かに、それは大問題だねぇ」
 あの子にそう思われるのは不本意だ……とバルトフェルドも妙にまじめな口調で頷いてみせる。
「という頃で、まじめに捕獲作戦を考えるか」
 次の瞬間、彼の表情は戦士のそれへと変化していく。
「そうですな」
 ラウもまた表情を引き締めた。

「キラ!」
「元気そうで、何よりだ……」
 正確に言えば《親子》ではない。だが、キラにとって《両親》と呼べるのは間違いなく彼らだ。
「父さんも、母さんも……元気そうで何よりだね」
 それでも、他の人々の目を考えれば、手放しで喜ぶわけにはいかないだろう。特に、ラスティは、現在、会いたくても会えないはずなのだ。
 他の者たちにしても、家族関係がどうなっているのかをキラは知らない。
「当たり前でしょう? ウズミ様がいらっしゃるのに、危険なことはないわ」
 キラの気持ちを察してくれたのだろうか。カリダも微笑みながらこう言ってくる。
 その言葉からは、まったく不安は感じられない。
 母の強がりだろうか……とも思うが、父の表情を見ていればそんなことはないと推測が出来た。
「ならよかった」
 それならば、自分がこの地を離れた甲斐があった、とキラは心の中で呟く。
「そういうキラこそ、大丈夫なの? ラウさんに、ご迷惑をかけていない?」
 貴方は朝は弱いし、パソコンをいじれば食事は忘れるし……そもそも、好き嫌いが多いでしょう? とカリダの口からは次々とキラが触れて欲しくない内容が飛び出す。
「母さん……」
 お願いだから、そこまでにしておいてくれ……とキラは言外に訴えるが、カリダは聞く耳を持ってくれない。
「だって、そうでしょう? ラウさんだって、お仕事があるんだもの。貴方にだけ手をかけていられないんだし……第一、ラウさんはカガリ様のお相手なのよ?」
 甘えては、カガリ様に申し訳ないわ……と彼女はまじめな口調で告げた。
「母さん……あのね……」
 お願いだから、場をわきまえて……とキラは思わず泣き出しそうになってしまう。
 その時だ。
「……キラにも勝てない相手がいたんだ……」
 妙に感心したような口調でラスティがこう告げる。
「……ラスティ……」
 いきなり何を、とキラは思う。だが、彼はさらに笑みを深めると、
「大丈夫ですよ。キラに面倒をかけている分、普段の生活に関してはみんなでフォローしていますから」
 特に、アスランが……と意味ありげな口調でカリダに向かってこういった。それは、彼なりの親切心だったのだろうか。
 どちらにしても、あまり嬉しくはない。
「ラスティ!」
 慌てて彼の言葉を遮ろうとキラが行動したときは遅かった。
「あら、アスラン君も一緒なの?」
 アスランの名前に反応をしたのだろう。カリダが嬉しそうに微笑んだ。
「良かったわね、キラ。アスラン君が一緒なら、絶対大丈夫だわ」
 そしてこう言ってのける。
「アスラン君にも会いたかったわね……そう言えば、レノアは元気なのかしら」
 無邪気な口調でこう告げる彼女に何と言うべきか、キラは本気で悩む。親友の死を、母に伝えて良いものかどうか、悩むのだ。
 同時に、迂闊にアスランの名を出してくれたラスティを恨みたくなってしまう。その思いのまま彼へと視線を向ければ、両手をあわせて謝っている彼の姿が見えた。




キラの両親にとっては、アスランの方が信頼感があるようです。いつまでたっても子供は抱かれる印象が同じなんでしょうね。哀れなキラ(苦笑)