濃厚な空気が全身を包み込む。
 同時に、痛いばかりの日差しがラスティの肌を刺激してきた。
「ここが……オーブか」
 シャトルのタラップを降りながらこう呟けば、
「そう。ここが、オーブだよ」
 とキラが言葉を返してくれる。その表情が何処か強張っているような気がするのは、ラスティの錯覚だったろうか。
「正確に言えば……ここは、アスハ家が管理している空港だけどね」
 だが、次にキラの唇から出た言葉は、いつもの彼のものだった。
「というと?」
「プライベートポートって事だよ」
 さすがに、宇宙から来ることは難しい。だが、地球上だけで飛行をする機体であれば、そのほとんどが着陸可能なのだ、とキラは説明をしてくれる。
「マジですか」
 プラントで暮らしていた人間には、その事実が信じられない。
 いや、地球上で暮らしているほとんどのものにとっても信じられない事実なのだろう。
 逆に言えば、それだけアスハ家の強大さがわかる、と言うことでもある。
「そうなんだよね……と言っても、普通は使わせてもらえないけど……カガリの家での一件と僕らの存在を公にしたくないって配慮からかな?」
 この言葉に、ラスティは思わず眉をひそめてしまう。
「だけど……お前もあいつとは姉弟なんだろう?」
 なら、立場的には同じなのではないか。言外にこう問いかける。
「まぁね。でも、それでテロの標的にされるのはいやだしね」
 だから、仕方がないのかな、とキラは苦笑を浮かべた。
「なるほど……そういや、お前と隊長がプラントに来た理由って言うのがそれだったな」
 中立とは言え――いや、中立だからだろうか。両方の種族に門戸を開いている。そして、この地に逃げ込んで来た者の中には、難民を装ったブルーコスモスのメンバーがいるかもしれない。そう考えれば、この対処も仕方がないのか。
 こんな事を考えていたときだ。
「この、バカ娘!」
 ものすごい怒声がラスティの耳に届く。そして、その次に続いた破裂音は、遠慮なく頬を叩いた音だろうか。
「……相変わらずだな、ウズミ様も……」
 呟くようにこう口にしたのはキラではなく、今まで二人の背後に立っていたムウだった。
「どうする? 止めに行ってきても良いか?」
 そして、キラにこう問いかけてくる。
「ただし、そうしている間にお前らに何かあっても、フォローできないぞ」
 この一言で、ラスティにも彼が自分たちのために側にいてくれたのだ、とわかった。
「僕たちが、二人の護衛のために付いてきたんだけどね」
 これ者、逆だね……とキラは苦笑を浮かべる。
「他の場所ではな。十分守って貰ったが……ここは……」
 特にキラにとっては良い場所ではないだろう、とムウは目を眇めた。そして、厳しい視線をある方向へと向ける。そこには、数名の人影が確認できた。
「それに関しては……ウズミ様がきちんとしてくれたようですよ。あそこにいるのはホムラ様と、サハク家のお二人のようですから」
 彼らは自分を排除しようとはしていない、とキラは口にする。だが、その口調からは何か複雑な事情が見え隠れしていた。あるいは、彼らはカガリではなく、キラを首長に据えたいと思っているのかもしれない。ラスティはそう判断をする。
「ムウ……それにキラと、ラスティ君だったな?」
 不意にこう声をかけられて、ラスティは慌てて視線をあげた。
「……ウズミ様……」
 一瞬ためらった後、キラはこう呼びかける。
「こいつが悪いわけではなく、上からの命令ですので……」
 ムウもまた、同じような表情で言葉を口にした。
 その言葉からも、キラがこの地でかなり微妙な立場に置かれていると言うことがわかる。しかし、それはラウもわかっていたはずだ。それなのに、何故……とラスティは考えてしまう。
「わかっている。バカ娘のお目付役で最適なのは……キラかラウであろう? ラウが動けない以上、キラが来るだろうことはわかっていた」
 だから、キラに関しては怒ってもいないし、迷惑とも感じていない……と彼は微笑んだ。
「むしろ、迷惑をかけてしまったな、と申し訳なく感じているのだよ」
 本来であれば、もっと状況を整えてから呼び寄せるつもりだった。そう付け加えるウズミの口調からは、キラに対する気遣いしか感じ取れない。
「ありがとうございます。ですが、僕のことはお気になさらずに……明日にはザフトの勢力圏内に戻りますから」
 だから、心配はいらない……とキラは微笑む。
 その顔を横目で見ながら、そこまで気を遣わなくてもいいのではないか。ラスティはこう考えてしまう。
「それは困るな。明日の夕方、ハルマとカリダがこちらに来ることになっている。彼らに会わずに帰るつもりなのかね?」
 だが、そんなキラに向かって、ウズミがこう言ってくる。
「ウズミ様?」
「そのくらいのことはさせてくれ。君には、いろいろと迷惑をかけているからね」
 この言葉からは、キラに対する愛情が見え隠れしていた。つまり、本当に心ならずも手放してしまった、と彼は考えているという証拠だろう。
「そうだな。たまにはご両親に甘えてもいいだろうよ」
 ムウもそれを感じ取ったのだろうか。こう声をかけてくる。
「そうそう。俺にも少しはオーブの雰囲気を味あわせてくれって」
 及ばずながらとラスティも口を開く。
「隊長もそうして良いっておっしゃってただろう?」
 さらにこう付け加えれば、キラも仕方がないというような表情を作った。その事実にラスティが安心しかけたときだ。
 何かが視界の端をかすめる。
 キラもまたそれに気がついたらしい。
「危ない!」
「ウズミ様!」
 反射的に二人は動いていた。
 いや、二人だけではない。
 そんな彼らを守るようにフラガもまた行動を開始する。
 次の瞬間、周囲に銃声が鳴り響いた。



第二部開始です。別名、単身赴任シリーズ(苦笑)最初はとんでもない組み合わせになっていますね。