そのころアスランは、本国からの通信に応対していた。 「作戦中にご連絡をいただくとは思いませんでしたよ」 その相手は父であるパトリックだった。でなければ、この状況では不可能だと言っていいだろうが。 今回のことにしても《国防委員長》の地位がなければ――それがたとえ公的な内容とは言え――許可が下りなかったに決まっているのだ。 『状況が状況だったのでな』 だが、パトリックは些細なことだ、と態度で示す。 「……お話をお聞かせ願えますか? ザラ国防委員長閣下」 ともかく、彼が特権を利用してまで通信をしてきた理由を聞かないわけにはいかないであろう。アスランはそう判断をして彼に次の言葉を促す。公私をわけていながらも、キラとクルーゼの間にあるようなどこか暖かな雰囲気は彼らの間にはない。それが、母が亡くなってから、二人の間では日常なのだ。 そして、彼が自分に声をかけてくることと言えば、儀礼的なことだけだった。だから、今回も《ラクス》に関する内容だとアスランは推測していたのだが。 『キラ・ヤマトは……無事だな?』 だが、パトリックの口から出たのはこんなセリフだった。 「キラ……ですか?」 そのあまりの意外さに、アスランはオウム返しに言葉を返すのが精一杯、と言う状況だったりする。 『そうだ。久々に再会したのだろう?』 これが今は亡きレノアの口から出たセリフなのであればこれほど衝撃を受けなかったであろう。 「はい」 だが、相手は父だ。 彼が善意からこのようなセリフを口にするとは思えない……とアスランは心の中で呟いた。 「現在、任務中ですので……かなり忙しいのですが、とりあえずは元気だ、と思われます」 かなり疲れてはいるようだから、本来であれば側にいて無理をしないように見張っていたかったのだか……とアスランは思う。しかし、それを父に言っても無駄であろうと言うこともわかっていた。そのような気遣いが出来るようであれば、こんな時に通信を入れてくるようなことはするはずがないのだから、と。 『そうか……ならばいい』 もちろん、そんなアスランの内心を彼は知っているのだろう。だが、それを表に出すことなく、彼は重々しい仕草で頷いてみせる。 『ラクス嬢に関して、お前は《婚約者》としての義務がある。だが、それ以上に、今は《キラ・ヤマト》の身柄に関して責任を持つように。彼の存在は……いろいろと特殊なのだ』 微妙に言葉を濁しながら、パトリックはこう告げた。 その口調から、キラにはまだ自分が知らない秘密があるのだろうか、とアスランは思う。 しかし、自分が知らないと言うことはキラが教えたくないと思っているからなのだろうか。 あるいは、知らないでいて欲しい……とキラが考えているのかもしれない。 それよりももっと重要な事があるだろう、とアスランは自分に言い聞かせた。 「キラの安全は……私にとっても重要です。彼は……大切な幼なじみですから」 そして、本当は違うのだが、下手なことを口走ってキラから引き離されたら困る……とアスランは心の中で付け加える。 『そうしてくれることを期待しよう』 この言葉と共に、パトリックは微かな笑みを浮かべた。そして、そのまま通信を終了させる。 そんな行動も、ある意味父らしいと言うのだろうか、とアスランは光を失ったモニターを見つめながらため息をつく。 だが、そのため息はすぐに別のものへと変化する。 「キラに、一体どんな秘密があると言うんだ?」 自分が知らない《キラ・ヤマト》と言う存在。 それは、自分たちが離れていた《三年間》以上に大きな《溝》として、自分たちの間に存在するのだろうか。 「それでも……キラの側にいる理由を、父上がくれた、と言うことでもあるな」 だから、これからはもっと大手を振ってキラの側にいよう、とアスランは無理矢理自分を納得させる。 「キラの……顔を見れば、全部忘れられるよな、きっと」 それでも揺れる声が、アスランの本心を如実に表していた。 はずだったのだが…… 「……これは、どういう事だ?」 部屋にいないキラを捜してパイロット控え室までやってきたアスランは、目の前の光景にこう呟く。 その声を向けられたのは、何故かキラと一緒にここにいたラスティだった。 「馬鹿が一名出てさ。キラが呼び出されたわけ。で、ミゲルはその馬鹿を隊長の所へ引きずっていって、部屋に戻る時間も惜しいからって、キラはここで仮眠を取っているわけ」 本来、ここで待機しているはずの自分は、そんなキラの邪魔をする者がいないように見張っているのだ……とラスティは言葉を締めくくる。 その声が潜められているのは、キラを起こさないようにと言う配慮からだろう。 「馬鹿?」 一体何をしたのだ、とアスランは眉を寄せる。その脳裏に、先ほどのパトリックの言葉が浮かんだのは言うまでもないであろう。 「ストライクのOSをいじろうとした奴がいたんだよ」 もっともそれはキラがしかけておいたトラップで阻止できたらしいのだが、そのための後始末に時間がかかったのだ……とラスティは教えてくれた。 「……何なんだ、それは……」 話を聞いているうちに、アスランの眉は盛大に寄っていく。 普通、作戦行動中にそんなことをするわけがない。いや、してはいけないはずなのに……と彼は呟いた。 「俺らもそう思ったんだよ」 もし、それに誰も気がつかなかったらどうなっていたのかわからない、とラスティもため息をつく。 「だから、気づいてよかった……とも言えるんだけどさ」 その分、キラの負担が 大きくなってしまったのは事実だ。こう告げるラスティに、アスランも思い切り同意を示す。 「……確かにな。戦闘中でなかっただけでも幸いだった……と言うべきなんだろうな」 それにしても、父の通信とストライクのOSの一件はタイミングが良すぎる、とアスランは心の中で付け加える。 それとも、父はそれに気づいて連絡を寄越したのか。 アスランはその可能性がどれだけあるのか、を考え始めた。 「いくら、キラのプログラミング能力が凄いとは言え、今回のこれはな」 やりすぎだろう……とラスティは言葉を口にしながら、視線をキラへと向ける。 「こいつを殺したい、って思っていたなら話は別だが……そんなことをしたら、最悪、俺ら、あの世に行きかねないしな」 ラスティのこのセリフが、アスランの中に今回のことの答えを与えてくれたような気がしたのは錯覚だろうか。 だが、そうだとするのであれば、その理由がわからない。 あるいは、父が言いよどんだ《何か》が関わっているのか、とアスランは心の中で付け加える。 しかし、それを確かめるのは今でなくてもいいだろう。これ以上、キラに重圧をかけることはしたくないのだ。 「……ともかく、俺達が出来るだけ気を配って、キラの負担を減らすようにしないといけないんだろうな」 でなければ、いくらキラでもパンクをしかねない、とアスランは付け加える。 「賛成」 それに、ラスティも同意を示してくれた。彼だけではなく、ミゲルもガモフ組もそうだろう。 キラの味方がここにはたくさんいる。 それだけが自分とキラにとっては有利なのかもしれない。アスランはそれに救いを求めようとした。 パトリックパパ登場。と言うことで、キラの秘密がまた増えました(苦笑)まぁ、それもそのうち(^_^; さて、そろそろ恐怖の戦闘シーンが待ちかまえているのかな……それさえ終われば、後はラストまで一息なんだけどなぁ……先は長い。 |