「大丈夫だ、アスラン。連中だって《クライン》の名は無視できないものだろうからな」
 通路で追い付いてきたラスティが、アスランの肩を叩きながらこう言ってくる。
「あぁ……わかっている」
 ただし、その場合、彼女の身柄は交渉の材料にされてしまうだろう。もっとも、あのふわふわっとした印象を与える少女も、自分の立場についてはよく理解している。だから、それに関しては心配はいらないと思う。
 だが、と思うのだ。
 女性にされるべきではない最悪の事態が彼女の身の上に降りかかっていたとするならば……そして、それを楯に彼女がアスランに自分の側にいて欲しいと言い出した場合、果たして拒否できるだろうか。
 自分にとって一番大切なのは彼女ではなく、あくまでも《キラ》だというのに。
 だが、周囲――クルーゼ隊は別にして――はそう思ってくれないのだ。
 アスランがラクスの婚約者である以上、彼女の側にいるのが当然だ、と考えるのではないだろうか。
 その時、キラがどのような行動を取るか。
 アスランには簡単に騒動できてしまう。
「それに……これは俺のカンだけどな」
 ラスティとは反対側に移動してきたミゲルが声を潜めてこう囁いてくる。
「隊長は、何か奥の手を持っていると思うぞ。それに必要だから、キラを残したんだ、と思うぞ」
 でなければキラもあの時一緒に来ていたはずだ、と言う彼の言葉には信憑性が感じられた。しかし、それが真実だ、とも言い切れないのだ。
「だといいんだが」
 それでも『信じたい』と思ってしまうのは間違いなくアスランの本音だろう。
 ようやく《キラ》がこの手に入ったと思ったのに、と。
「それにさ。ラクス嬢だって《キラ》が相手であればあるいは……って事もあるかもしれないぞ」
 さらに付け加えられた言葉の裏に、何かが隠されている。それは疑いようのない事実だ、とアスランは感じる。
「ミゲル」
「なんだ?」
 それを確認しようと問いかけても、彼はいつもの笑みを浮かべているだけだ。ひょっとして真正面から疑問をぶつけないと口を割らないつもりなのだろうか。
「何を知っている?」
 はぐらかされるだけかもしれない、と思いつつ、アスランはこう言った。
「っていうか、マジで知らないわけ?」
 それに返されたのは、不審そうなこのセリフである。
「だから、何を、だ!」
 知っていることを教えろ! とアスランはミゲルに詰め寄った。いや、彼だけではなくラスティも同じようにミゲルを睨み付けている。
「それに関しては、俺の交友関係じゃなく、キラのだからな。他人が勝手に教えるわけにはいかないだろう?」
 そんなことをすればキラに何をされるかわからない、と言うミゲルの言葉は真に迫っていた。つまり、それに近いようなことをして、キラに報復をされた、と言うことなのだろう。そして、ミゲルの言葉が正論だ……と言うこともアスランにはわかっていた。
 だが、知りたいのだ。
 キラは自分のものなのだから、全てを知っていたい。知らないことがあるのはいやなのだ、と叫び出しそうになった。  何とかその気持ちを押さえようとするかのようにアスランは唇をかみしめる。
「大丈夫。ラクス嬢さえ保護できれば、キラが自分から教えてくれるって」
 だから、キラを信じて待っていろ。ミゲルはそう告げた。
「……わかった……」
 キラを信じる。
 確かに、今はそれしかできないだろう。
 そして、必要だとキラが判断をすれば、きっと教えてくれるに決まっている。
 だから、その時を待てばいいのだ……とアスランは自分に言い聞かせるように心の中で呟いていた。

「お前に話すべきかどうか、悩んだのだがな」
 二人だけになった瞬間、クルーゼが口を開く。だが、それはどこかためらいが見られるものだった。彼にしては、珍しいなどと言うところではない。キラにしても初めて見る、と言っていいだろう。
「あちらに《保護》されているらしいのはラクス嬢だけではないのだよ」
 ため息と共にクルーゼはさらに言葉を重ねてくる。
「その情報は?」
 一体、どこからそれを入手したのだろうか、とキラは彼に問いかけた。
「オーブからだ」
 それにクルーゼはきっぱりと言い切る。
「まさか……」
 キラの中に不安が生じた。
 同時にそれを否定しようと言う思いも。
 だがそれはクルーゼの一言であっさりと打ち砕かれる。
「そうだ。カガリ・ユラが、あちらの艦に《保護》されている。その事実がわかる前に撃沈しなくてよかった、と言うところだな」
 言葉と共にクルーゼの両手がキラの肩に置かれた。それは、自分を心配してのことだろう、とキラは判断をする。しかし、それでも衝撃が弱まったわけではない。
「だって……だって、カガリは、僕がちゃんとシェルターに避難させたのに……どうして」
 地球軍の艦になんか《保護》されているのだろうか、とキラは呟く。
「そこまではわからない。ただ、奴らにとって彼女の存在は重要らしい。それを楯に、オーブのコロニーへの入港を求めているそうだ」
 カガリの立場を考えれば、オーブとしては難しい判断を迫られる、と言うことだろう。
 それでも、見捨てられることだけはないはずだ。
 救いと言えば救いなのかもしれないが、だが、だからといって状況が好転するわけではない。
「……保護されているのは、二人だけなのですか?」
 不安を押し殺しながら、キラはクルーゼにこう問いかける。その脳裏には、まだ完全な形になってはいないがある作戦が浮かびつつあった。
 しかし、それには敵艦に《保護》されているのがカガリとラクスだけでなければならない、と言う前提が必要である。
「そう聞いている」
 そろそろ、あちらも動き出すつもりらしいからな……とクルーゼは微笑む。その言葉と表情にキラの中で微かな希望が湧き上がってきた。
「なら……方法がないわけではないですね」
 キラはそれを口にする。
「ただ、あちらの許可を取り付けなければならないと思いますが……」
「それに関しては私が引き受けよう。だから、考えていることを口にしてごらん?」
 話を聞こう、とクルーゼはキラの次の言葉を促す。
 それにキラはぽつりぽつりと自分の脳裏で形を作り始めていた《作戦》について口にし始める。それをクルーゼは辛抱強く聞いてくれていた。



ここでカガリを出す予定はなかったのですが……こちらの方が楽しそうだと思ったらもうダメでした。結局、こういう事をしているから長くなるんですよね。