「アスラン・ザラ、まいりました」
 言葉と共に、流れるような仕草で彼が床に降り立つ。同時に、非の撃ちようがない敬礼を見せた。
「ご苦労」
 しかし、その取り繕った表情の裏に彼の不安が見え隠れしている。このタイミングでは仕方がないだろう、とクルーゼは判断をした。
「キラ、そこにいるのだろう? お前も入ってきなさい」
 そして、苦笑混じりにこう告げる。
 だが、すぐには誰も動く気配がない。それは、間違いなく彼が悩んでいるからだろう、とクルーゼは判断をした。自分がそこにいていいのかどうか、あの子供はいつも自問自答していることを知っているのだ。自分で答えを出すまで、彼の方は放っておいても大丈夫であろう。
 それよりも、問題なのは目の前の存在の方だ。
「……キラ……」
 上司の前だ……と言うことも忘れて、彼は親友――恋人に昇格出来たのか――の名を呟いている。
 保護者としては嬉しいのだろうが、今は上司としての立場を取る必要がある。
「アスラン」
 その思いのまま、クルーゼは部下の名を呼んだ。
「申し訳ありません」
 慌ててアスランが姿勢を正した。
「いや、いい」
 疲れているのだろう……と付け加えたのは、先ほどまで彼らが何をしていたのかを思い出したからだ。初めての実践的な訓練で、あれこれ不具合が出たらしいことはわかっている。それに対処していたのだから、肉体的だけではなく精神的にも疲れているだろう。そう判断はしても、これからのことを告げぬわけにもいかない。
「出来るだけ簡潔に話そう」
 そう言えば、初めてアスランの表情に今までとは違う色が浮かぶ。彼の脳裏では何か、めまぐるしく蠢いているのだろう。それは《国防委員長》の嫡男としての意識なのだろうか。
 同時に、何かを察したのだろう。キラもまた静かに室内に足を踏み入れてきた。そして、そのままアスランの側で佇んでいる。
「ラクス・クライン嬢を知っているな」
 この言葉は問いかけではなく確認のためのものだ。それに、アスランはしっかりと頷き返す。
 むしろ、知らない、と言われたときの方が困る。
 二人は――政治的な意味合いのものとは言え――婚約者同士なのだから。
「はい」
 アスランもまたその事実を隠す必要はない、と判断したのだろう。素直に言葉を返してくる。
「彼女が今、何をしているかは?」
 この問いかけには
「いえ。申し訳ありませんが……」
 ここしばらく連絡も取っていない、と言葉を返してきた。
 それも当然だろう。
 ヘリオポリスまでは極秘任務、と言うことで私的通信は制限されていたし、ここしばらくは回線状況が悪い。その上、あれこれ任務が立て込んでいたはずだ。個人的な通信を行っている時間はなかったはずである。
「ラクス嬢は、ユニウスセブン追悼慰霊団の団長として、その視察を行うために本国を出発されたのだそうだが……先日から、連絡が途絶えている、とのことだ」
 ここまで口にしたところで、クルーゼはアスランの反応を確認するために一端言葉を切った。
 一見すれば、アスランの表情は冷静なように見える。だが、その隣で彼を見つめているキラが、微かとはいえ眉を寄せているのであれば、そうではないのだろう。クルーゼはこう判断をすると小さくため息をつく。
「最終的に確認されたポイントはデブリの側、だそうだ。現状で一番近いのが我々、と言うことになる。捜索は……君たちに任せることになるが……」
「わかっています。義務だけは果たします」
 言外に、大切なのは彼女よりも《キラ》だ、と言外に告げてくる彼に、クルーゼは微苦笑を返す。
「期待をしよう。キラ?」
「なんでしょうか」
 一方、キラはかなり表情が硬い。その理由を計りかねながらも、クルーゼが言葉をかければ、しっかりとした口調で答えを返してくる。
 だが、それは無理をしていると自分もアスランも気づいていた。
 しかし、それを指摘すれば逆にキラを意固地にさせてしまう。
 困った性格だとは思うものの、それが可愛いのだと思うのは、間違いなく保護者としてのひいき目だろう。出来るだけ他の者と公平に接しているつもりでもこう言うときにひいきしてしまうのか、とクルーゼはますます苦笑を深める。
「機体の方はどうだ? 使い物になるのか?」
 だが、ここではまだ肉親としての情を優先させるわけにはいかない。そう判断して、クルーゼは感情を押し殺した。
「基本的には、支障がないようです。後は個別にシステムの設定等を対応しなければいけませんが……戦闘にならない限りは、急がなくても大丈夫ではないかと」
 キラもまた、冷静な口調を保ちつつ言葉を返してくる。
「戦闘に関しては……僕の機体とミゲルのジン、それにノーマルジンが使えるので、大丈夫でしょう」
 彼らは皆、ベテランといえるパイロットだから……とキラは付け加えた。
「そうか。では、そちらの方は任せよう」
 だが、出来るだけ早く、不具合を解消するように……といいながらも、クルーゼはさりげなくキラに近づいていく。
「その前に、お前は少し休んだ方が良さそうだな。医務室に行くかね?」
 この問いかけに、キラは小さく首を横に振ってみせる。
「キラ」
 アスランもまた、心配そうに彼の名を呼ぶが、本人の意思を無視してまでは連れて行くことは出来ないだろう。絶対、途中で逃げ出すに決まっているのだ。
 さて、どうしたものか、とクルーゼは思う。
「大丈夫だよ、アスラン……」
 アスランに笑い返すキラの表情は、どこかさえない。
「アスラン。キラを連れて戻りたまえ。明日の勤務時間まで、仕事をさせないように」
 自分が口を出すよりも彼に任せた方がいいのではないか。
 それとも、ここにのこして自分に甘えさせた方がいいのか……と悩みながらも、クルーゼはこう口にした。
「了解しました」
 アスランは即座にこう言い返してくる。だが、
「ですが、隊長……」
 キラは納得できない、と言う表情でキラが反論をしてきた。それは最初から予想していたことでもある。
「キラ、これは命令だ」
 きっぱりとした口調でクルーゼは言葉を返す。
「そのような表情で、冷静な判断が出来るとは思えない。お前のミスはお前だけではなく、他の者にも被害は及ぶ。それは自覚しているな?」
 厳しい言葉だが、今のキラには有効だろう……と判断をしてクルーゼはさらに言葉を重ねた。
「……わかりました……」
 それに、キラは渋々と言った様子で了承の言葉を返す。ここまで来れば大丈夫だろう、と思い今度はアスランへと視線を移した。
「君も難しい状況だと思うが、頼んでかまわないな?」
 そして、確認の言葉を口にする。
「もちろんです」
 他の誰にも任せるものか……という彼の口調に、クルーゼは微かに笑みを返す。
「では、退出したまえ」
 そして、二人にこう告げた。



さりげなく、キラを心配する隊長と、キラに疑惑を持つアスラン。まぁ、それに関しては今後のお楽しみ、と言うことで。上手く伏線をいかせればいいんだけど(^_^;