「……本当、じゃじゃ馬だよな、この機体」
 いや、じゃじゃ馬なのはこれの前のパイロットなのかもしれない……とラスティは心の中で付け加える。
 だからといって、操縦しにくいわけではない。むしろ、これほどまでに自分の意思通りに動いてくれるのはありがたい、としか言いようがないだろう。
 しかし、それは同時に危険だとも言える。
 一瞬の判断ミスが如実に表れる、と言うことでもあるのだ。
「でも、だから面白いんだけどな」
 自分がこう考えるとわかっていたからだろうか。キラがほとんどOSに手を加えないままこの機体を譲り渡してくれた、というのは。
「根本的なところが似ているからかもな」
 もっとも、あちらの方があれこれレベルが上、と言うことはわかっているけどな……とラスティは苦笑を浮かべる。
 その差はいつまで経っても縮まらないかもしれない。そう思わせる《何か》がキラにはあるのだ。
 だが、今キラがいる場所――ミゲルのコンビ――であれば自分でも十分手にすることが出来るだろう。
 ただの恋人、と言うだけでは満足できないのだ。
 戦場でも肩を並べたい。
 そのための第一歩はつまずいてしまったような気がしていたが、その代わりに別の手足を手に入れることが出来た。
「っていうか、キラがくれたんだよなぁ、これ」
 ひょっとして、応援されてる? と不意にラスティは思い当たる。
 自分がアスランを応援――と言うより遊んでいると言っていいかもしれないが――しているように、彼も自分を応援してくれているのかもしれない、と。
「どちらにしても、このチャンスを逃すわけにはいかないもんな」
 チャンスを与えてくれたのが《キ》だとしても、それを生かすのは《自分》なのだ。
 そして、それをチャンスをものにすることがキラに対する最大の礼だろう。
「と言うことで、他の連中には悪いけど悪いけど、俺がそれを見つけてみせる」
 機体に関してはまったく問題がない。ならば、自分が有利だ、とラスティは心の中で呟いた。

 同じ頃、イージスのコクピットの中ではアスランが盛大に顔をしかめていた。
「……センサーの精度が良すぎるのか……それとも……」
 自分の設定がまずかったのか……とため息をつく。
 その理由は、モニターに映っている《該当物》の多さだ。もちろん、同様の識別信号を出しているものがないとは言わない。
 その上、あの仮面の上司であればおもしろがってダミーをばらまくことぐらいやりかねないのだ。
 実際、昔それでキラともう一人と一緒に散々遊ばれた記憶もある。
「あの人の場合、訓練と言いつつやりかねない……というか、間違いなくやる!」
 いや、やられていた、と言うのが正しいのかもしれない。今考えれば、自分の記憶の中にある《ラウ兄さん》と《クルーゼ隊長》の間に共通点がありすぎる。
 だからこそ、アスランは言い切れるのだ。
「ともかく、キラの側にいるためには、他の連中に後れを取るわけにはいかないんだ」
 キラが自分を望んでくれた、としても周囲が認めてくれるわけがない。
 クルーゼともう一人なら妥協してくれる可能性もあるが、最後の一人が絶対にだ。
「ともかく、目標を絞らないと……」
 そのためには、センサーのシステムを見直す必要がある。
 それも、早急にだ。
 アスランは心の中でそう呟きながら、手早く作業を開始する。
 キーボードを弾き出すとまずはOSを呼び出した。そして、目的の箇所を探す。と言っても、もう何度もチェックをしたプログラムだ。それはすぐに見つかった。
 同時に、アスランの脳裏に、キラとかわした会話が思い浮かんだ。
『ここは、もう一度考え直した方がいいと思うよ?』
 自分の様子を確認しに来たキラが、間違いなくこう言っていた。
 あの時の自分はそれを無視した……というのとは違う。後でやり直せばいいだろうと気軽に考えていたのだ。だが、今にして思えば、キラは間違いなく自分のためにそう言ってくれたのだろう。
「後悔、先に立たず……というのは事実なんだな」
 ともかく、それに関しては後でゆっくり落ち込めばいい。
 今はやらなければならないことを優先しよう。
 意識を切り替えると、アスランは自分に出来る最高の早さでシステムを修正していく。そして、そのまま保存をすると、改めて立ち上げ直した。
「良し」
 今度はうまく言ったらしい。その事実に満足そうな笑みを浮かべると、アスランは目標へとイージスを向けた。

「みんな、苦労しているみたいだな」
 いつでもフォローできるように、とモニターから意識をそらさずにミゲルはこう呟く。
『そうだね……まぁ、システム自体がジンとかなり違うから、仕方がないんだろうけど』
 そうすれば、キラの声が返ってくる。
 だが、それを言うなら、キラだってラスティ以外のメンバーと同じ立場なのだ。それなのに、彼はさっさとOSの調整を終え、その機体であまつさえ戦闘すら経験している。
 しかし、逆に言えば《キラ》だからこそ可能だったことではないだろうか。と言うより、自分は出来ない、と言いきれる。アカデミー時代から、自分はそれをよくたたき込まれていたのだ。
「……と言うことは、ラスティが有利ってことか?」
 そんな内心を表に出すことなく、ミゲルがこうキラに問いかける。
『どうだろうね。あれの機能を使いこなせれば……だろうけど、そうなるまでにアスラン達がOSを整えるって可能性もあるし』
 キラが小さな笑いと共にこう言い返してきた。
「お前なぁ……」
『彼を甘やかさないでくれ、と言ったのはミゲルだよ? だから、最低限の助言しかしなかっただけ』
 もっとも、ベースはジンだから、気がつけば確実だろうけど……とキラはモニターの中で微笑む。
「当たり前だろう? 俺は、ただあいつを可愛がっていたいだけじゃないからな」
 必要なのは隣を歩いてくれる存在だ、とミゲルが言い切る。
「それはお前も同じだろう?」
 さらに言葉を重ねれば、キラの笑みがさらに深くなった。
『当然でしょ? 彼も同じように思っているはずだもの』
 だから、自分もアスランを甘やかさないのだ、とキラは付け加える。
『もっとも、周囲もそうなんだけどね』
 というか、既にいじめは始まっているかもしれない……とキラは小さくため息をつく。それが誰を指しているのか、ミゲルにもだいたい想像が付いてしまった。
「あの人もなぁ……しかし、お前の恋愛まであの人にとっては娯楽の一つか」
 本当に……とミゲルは思わずため息をついてしまう。
『アスランだけ、かもしれないな……昔から、アスランをいじめるのが好きなんだよ』
 あるいは、ただの愛情の裏返しかもしれないけど……とキラもまた小さくため息をつく。
「そんな愛情なら、いらねぇよな」
 哀れな奴……と呟かれた相手は、今、必死に目標を探しまくっているだろう。そんな彼に向かって、ミゲルは最大限の同情を寄せることにする。それでも、自分にとって心配の対象は彼ではないのだが。
『慣れているのかもね、アスラン』
 まぁ、最大限のフォローはするけど……と付け加えられたキラの言葉には実感がこもっていない。つまり、彼はそれを信じていない、と言うことなのだ。
『それよりも、見つけたようだよ。もっとも、本物とは限らないけど』
 不意にキラが口調を変えてこう告げてくる。
「じゃ、確認しに行きますか」
 本当に隊長は……と呟きながら、ミゲルはジンのスロットルを握り直した。



と言うわけで、訓練中のメンバーの様子です。この後、無事に目標を見つけられたかどうかは……ご想像にお任せします(^_^;