「……一度、実際に動かしてみたいな……」
 パイロット達のミーティングの場でアスランが不意にこう呟く。
「そうだな。OSの方はキラから及第点を貰っているが……実際に動かしてみないとわからない点もあるし……」
 機体の癖も出てくる可能性がある、と珍しいことにイザークがアスランの言葉に同意を示す。その事実に、ミゲル達四人は無言で驚愕を表現していた。
 イザークがそれに『気に入らない』という表情を作っている。それを目にして、アスランは心の中で無視をすればいいものを……と呟いてしまう。もっとも、それができないからこそイザークなのだろうが。
「じゃぁ、許可、取る?」
 隊長から……とキラ一人だけが冷静に言葉を返している。それは、彼が実際にイザークとアスランの軋轢を目の当たりにしていないからだろうか、とミゲル達が囁き合う声もまた、アスランの耳に届く。
 だが、キラはきっぱりと雑音をシャットアウトしているらしい。
「ついでに、フォーメーションも確認できればいいだろうし」
 実際の戦闘の時にまごつかなくてすむだろう……とキラは平然と言葉を重ねた。
「それに関しては、同意……かな、俺も」
 自分以外の者たちは、機体を乗り換えているし……とミゲルがようやく真っ当なセリフを口にし始めた。
「でないと、作戦の立てようもないだろうしさ」
 いくらなんでも、自分やキラだけで今後の戦闘を行うのは難しいだろう。
 かといって、オロール達が使っている汎用のジンでは、援助を期待するのも辛いかもしれない。
 それくらいであれば、使えそうなものは使えるようにしておいた方がいい……とミゲルも言い切った。
「ミゲルも賛成……と言うことだね。他の三人もそれでいい?」
 キラはラスティ達にも確認を取る。
「もちろんです」
「まぁ、どの程度の火力を持っているか、確認したいってのは否定できないし」
「あれだけの機体だ。さっさと動かしたいよな」
 即座に彼らは言葉を返してきた。それにキラが笑みを返す。
「じゃ、そう言うことで……許可を取ってくるから、ミゲル」
「了解。こっちは任せておけ」
 このあたりの呼吸はさすがだ……と言うべきなのか。
 だが、どこか悔しいと思ってしまう。それは自分が未熟なのだからなのか、とアスランは心の中で呟く。
「あれに関しては妥協するしかないんじゃねぇ?」
 さりげなく歩み寄ってきたラスティがこう囁いてきた。考えてみれば彼も同じ立場だ、といえる。
「そうだな」
 こう言い返しながらも、アスランはどうして自分も彼らと同じ時期にアカデミーに入学できなかったのだろうか、と思ってしまう。
 だが、過ぎていった時間は取り戻すことなど出来ない。ならば、これから自分がキラの隣にいつでもいられるように努力するしかないか……と考え直すことにしたのだった。

 数分も経たないうちに、キラはあっさりと許可を取り付けてしまう。
「やっぱ、あいつだと話が早いな」
 自分たちだととんでもなく時間がかかるのに……とミゲルはぼやく。
「やはり……だからでしょうか」
 ニコルが言葉の一部を飲み込む。それが何を指しての言葉なのか、ミゲルにはわかった。同時に、微かな怒りを感じてしまう。
「隊長が……公私混同を思っていたのか?」
 言葉の裏に《キラ》をそういう目で見ていたのか、と言う感情も彼は含ませる。それを感じ取ったのか、アスランも厳しい視線を彼に向けていた。
「そう言うわけじゃ、ありません……ただ、隊長のあれに慣れていらっしゃるからなかぁって思っただけで……」
 自分たちのように惑わされないんだろうなぁとと思っただけだ。焦りながらも、ニコルがこう付け加える。
「というか、タイミングの問題なんだよね」
 戻ってきていたキラが、さらりとこう声をかけてきた。
 その瞬間、ニコル達が息を飲むのがミゲルにも伝わってくる。だが、キラはまったく気にする様子を見せない。
「ようは、隊長に口を挟む隙を与えずに一気に用件をたたみかければいいだけ。こっちが正論であれば、隊長だって文句を言えないしね」
 後は、無視してもかまわないし……とキラが付け加えながらアスランの隣に腰を下ろす。
「あるいは、他に気にすることがあるときに、か?」
 何かを思い出したのだろうか。アスランが口を開く。
「そうそう。でなゃ、最高潮に眠いとき」
 人の話を半分しか聞かないくせに、恩着せがましく許可を出すんだよね……と笑うキラに『それがわかるのはお前だけだ』とミゲルは突っ込みたくなる。だが、それだからこそ、キラはこのクルーゼ隊でなくてはならない存在でもあるのだ。彼だけが、クルーゼの隠された表情を理解できるのだから。
「……やっぱ、敵に回すのだけはやめておこうっと……」
 ラスティが小さな声で呟くのが耳に届く。
「ともかく、許可は出たんだな?」
 そんなラスティの肩を同意するように叩いてやりながら、ミゲルはキラに問いかけた。
「もちろん。ただし、条件付きだけど」
 抜け目ないよねぇ、あの人……とキラが苦笑を浮かべる。
「条件?」
 なんなんだ、とイザークが口を挟んできた。もっとも、それは誰もが思ったことだからかまわないであろう。
「捜し物をしろって」
 それも、大至急……と彼はさらに苦笑を深めた。と言うことは、厄介なものなのだろう……とミゲルは判断をする。
「なんだって?」
 ものは……とミゲルはキラに聞き返す。
「んっとね……このくらいのボックスだって」
 そう言いながらキラが手で示したのは、はっきり言ってパイロット用のロッカーよりも小さい。
「マジ?」
 そんなもの、見つかるか! とディアッカの表情が告げている。
「大丈夫でしょ。一応、信号は出ているはずだ……と言っていたから」
 まぁ、早めにしないとバッテリーが切れることは否定できないけど……とキラはため息をつく。どうやら、それに関しては彼もかなり食い下がったらしいのだ。
「本当は、フォーメーションとかを確認したかったんだけどね」
 さすがに、本国からの依頼では無視できないでしょう……と付け加える。
「じゃ、仕方がないのか」
 最後の一言に、ミゲルも納得するしかない。本国からの命令は何に置いても優先しなければならないのだ。
「僕とミゲルは、捜索するけど、手を出さないからね」
 目的はあくまでも他のメンバーの機体をチェックすることだから……と付け加える。
「そうだな。フォローだけはしてやるよ」
 それに関してはミゲルにしても異存はない。
「と言うわけで、さっさと準備。15分後には……出られるようにしておけ」
 ミゲルのこの言葉に、その場にいた全員が動き出した。

 そのころ、ヴェサリウスのブリッジではクルーゼが楽しそうな笑みを浮かべていた。
「一通りのデーターは保存しておくように」
 解析をさせる……と彼はアデスに命じる。それに、実直なヴェサリウスの艦長も異論を挟む様子を見せない。彼もまた必要だと判断したのだろう。
「それにしても……」
 ふっと何かを思いついた……というように彼は口を開く。だが、口にしにくいことなのか、彼はすぐに言葉を飲み込む。
「何かな?」
 かまわないから話せ、とクルーゼは彼に告げる。
「あの子が戻ってきてから、一気に時間が流れ始めたような気がします」
 もちろん、今までもかなり忙しい毎日だった。キラがいなくてもクルーゼとミゲルがいればこの隊はかなりの戦果を上げることが出来る。そして、他の者たちも《エリート》と呼ばれるのに十分な実力を持っているのだから。
 しかし、ヘリオポリスからキラが戻ってきてからはそれ以上に忙しくなったような気がする、とアデスが付け加えた。
「それは、我々にとって良いことではないのかな?」
 少なくとも、だらけた気持ちで任務をこなすよりも……とクルーゼは笑いを漏らす。
「間違いありませんな。整備陣にはかなり活が入ったようですし」
 それ以上に、アスランとイザークの間の衝突が減ったことがありがたい……とアデスが苦笑混じりに付け加えた。
「否定できぬところが、隊長としては悲しいかもしれぬな」
 クルーゼもまた、彼の言葉に苦笑を深めることで本心からの同意だ、と伝える。
「ともかく、あれらの機体がキラのストライク同様に使えるのでしたら、今後の戦闘はかなり楽になるでしょうな」
 アデスのこの言葉にクルーゼが頷いた、まさにその時だった。
「隊長!」
 不意に通信担当のクルーが彼に呼びかけてくる。
「どうかしたのかね?」
 あるいは、発進したMSに何か不具合でも見つかったのか……と思いながら、クルーゼは聞き返す。
「本国からの緊急通信です」
 だが、彼か返された言葉は、クルーゼが予想していたものとはまったく違っていた。
 一体何事なのか。
 微かに眉を寄せながらクルーゼは立ち上がった。
「つないでくれ」
 そしてこう命じる。次の瞬間、モニターに本国からの回線が開かれた。
 そこに映っていたのは、国防長官パトリック・ザラの姿だった。
『任務中にすまんな、クルーゼ。緊急事態が発生したのだよ。そして、お前達の隊がそのポイントに一番近い』
 その声に微かにいらだちが含まれているようにクルーゼには感じられる。
「くわしいお話を聞かせて頂けますか?」
 クルーゼは彼に聞き返した。

 それが、ある意味、嵐の始まりだった。



ミゲル……貴方がそうだから、アスランとラスティが困るんだよ……と言っても無理だろうな、うん(^_^;
本当に、こいつらもしらふでこうだから(苦笑)