アスランが部屋に戻れば、珍しくキラが先に戻っている。しかも、既にシャワーを使っているのか、ラフな格好をしていた。
「お帰り」
 あまりに珍しい事実に動きを止めてしまったアスランに向かってキラが微笑みかけてくる。
「た……だいま……」
 とっさにこう答えて、次の瞬間、アスランは頬を赤く染めてしまった。
「アスラン?」
 どうしたの? とキラがそんなアスランを不審そうに見つめてくる。
「いや……ちょっと幸せをかみしめていた……」
 そんなキラに、アスランは思わずこんなセリフを返してしまう。もちろん、意図して口にした言葉ではない。それだからこそ、本音なのだ……と言うことがアスラン自身に似もわかっていた。
「幸せって……普通のことでしょ?」
 先に帰ってきていた方が『お帰り』というのは、とキラはますます複雑な表情を作っている。
「そうなんだけど……ここしばらく、そう言ってくれる相手がいなかったからね」
 母が死んでから、と言う言葉をアスランは辛うじて飲み込んだ。だが、キラには十分伝わったらしい。微かに眉を寄せているのがわかる。
「それに、キラに言ってもらえるのは月以来なんだよ?」
 嬉しいと思ってはいけないのか……と口にすれば、キラは微苦笑を浮かべた。
「それは、僕だって同じだって知っている?」
 アスランにそう言ってもらえて嬉しいのは自分も同じだ……と言いながら、キラは体を起こす。そして、そのままアスランの方へと近づいてくる。ベッドの上以外に重力が制御されていないここでは、それは本当に流れるような仕草だった。
「アスランを待っていられるのは嬉しいんだよ」
 そのまままっすぐにアスランの腕の中に体を滑り込ませながらキラが囁いてくる。
「お互い様、と言うことだよな」
 アスランだって、キラを待っているのは嬉しいのだ。ここにいれば、キラが戻ってきてくれる。その事実にようやくアスランは母を失った痛みをうすれさせることが出来たのだから。
 こんな事を考えながら、アスランは腕の中の存在を強く抱きしめる。
「そう言えば……ミゲルに《新婚》みたいだなっていわれたんだけど……」
 アスランの肩に額を預けながら、キラがこんなセリフを口にした。
 この一言が、さらにアスランの頬を赤く染める。
「し、し、新婚……」
 確かに、いわれてみればそうかもしれない。だが、それにしてもキラの口からそんなセリフを言われるとは思ってもいなかった、とアスランは心の中で付け加える。
 それよりも何よりも、どうしてあの二人はそろいもそろって同じようなセリフを口にするのか……と呆れてしまう。
「なに、どもってんの?」
 しかし、それをアスランに告げてくるキラもキラだ。
 いわれたなら、こっそりと心の中だけにしまっておいてくれればこんなに焦らなくてもよかったのに、と。
 だが、それをキラに言うつもりはない。はっきり言って、本人は無自覚なのだ。そのことをアスランはよく知っている。
「……ラスティにも同じセリフを言われたから、だよ」
 だから《天然小悪魔》なのか……と改めて認識させられたような気がしてならない。そう思いながらもアスランは原因をラスティになすりつける。
「そっか。本当に仲がいいんだね、あの二人」
 そういう問題でもないような気がする……と思いつつも、アスランは頷き返してやった。
「俺達も、負けていないといいんだけどな」
 ついでというようにこう口にする。
「もちろんでしょ」
 くすりと笑いながら、キラが言い返してきた。そのまま、まっすぐにアスランの顔を覗き込んでくる。
「この場合、新婚らしく、お帰りなさいのキスをしてもいい?」
「当たり前だろう?」
 その言葉に満足そうにアスランが微笑むと、キラは即座に唇を寄せてきた。

 ミゲルの膝の上に抱きかかえられながらも、ラスティはどこか憮然とした表情を崩さない。
「ラ〜スティ、どうしたんだよ?」
 だいたいの理由は見当が付いていたが、ミゲルはこう問いかける。
「本当に聞きたいのか、あんたは」
 むっとした様子でラスティが言い返してきた。その様子が、毛を逆立てて威嚇をしている子猫のようで可愛い、と思ってしまう自分は終わっているのだろうか、とミゲルは苦笑を浮かべる。
「聞きたいね。お前の怒鳴り声を聞くのも久々だし」
 それが聞けるようになるってことは、お前が元気になったという証だろう? と囁いてやれば、ラスティの口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
 その表情に、ミゲルは内心ほっとしていた。ラスティのお小言を聞かずにすむ、と判断したのだが……
「じゃ、遠慮なく」
 即座にラスティはこんなセリフを口にする。と同時に、ミゲルの両頬を手で包み込むとさらに言葉を重ね始めた。
「アスラン達の話だと、ミゲルがこの部屋を使い始めたのって、俺が怪我をしたあの日だって? 確か、まだ、一週間ほどしか経っていないよね? なのに、なんでこんなに部屋の中がものすごいことになっているわけ?」
 ぜひとも、聞かせて欲しいなぁ……と一気にたたみかけてくる。
「そ、うかな」
 だが、ミゲルからすればそんなことはない、と思える程度なのだ。確かに、少々、私物があちらこちらに転がっているような気がするが、妥協範囲だろうと。
「そうだよ! 第一、俺が使う方のベッドの上に、なんであんたの荷物が転がっているわけ?」
 たなだろうとロッカーだろうと空いているだろう、とラスティは主張をする。
「……部屋よりも先に、片づけなきゃないことがあったからだよ」
 それに、ミゲルはこう言い返す。
「第一、お前、一人で寝るつもりだったわけ?」
 ついでとばかりに、逆に聞き返した。
「……ミゲル?」
「ようやっと、あれこれ確認できるようになったっていうのに、させてくれない気か?」
 何を言っているんだ、と言うように目を丸くしているラスティに、意味ありげな笑みを向けてやる。
「あんなに俺を不安にさせておいて……知らんぷりする気か、お前は」
 さらに囁いてやれば、ラスティはさっきまでの威勢はどこに行ったのだろうか、と言う表情になった。
「と言うわけで、俺が片づけるまでは、お前はこっちのベッドで寝ること」
 形勢逆転だな……と思いながらもミゲルはこう口にする。
「わかったよ……その代わり」
「……ちゃんとしてやるよ。だから、安心しなって」
 言葉と共に二人は唇を重ねた。

「……どう?」
 シミュレーターのシートに手をかけながら、キラがラスティに問いかける。
「ちょっと過敏すぎるような気もするけど……慣れれば気にならなくなる、とは思う」
 それに彼はこう返してきた。
「しかしさ。本当にこの設定で使っていたわけ?」
 ついで、とばかりにラスティがこう聞き返してきた。
「そうだけど?」
 確かに、クルーゼのシグーとバランスを取るために、かなりカスタムしてある。だが、それはミゲルのジンも同じだ。今彼が使っている機体だけが特別だというわけではない……とキラは思う。
 第一、これが辛いようでは地球軍から奪取して機体は……と軽く眉を寄せた。
「見かけと全然違うじゃん。この設定だ、とすると、実はかなり気が短かったりする?」
 これがイザークの機体だ、と言うのであれば驚かないけど……とラスティが口にした言葉は、キラが予想していたものとはまったく違っていた。
「……否定はしないけどね……」
 アスランやクルーゼのような《身内》や、ミゲルのような《友人》に関してなら、ある程度はまでは我慢できるが……とキラは笑う。その限度を彼らも知っていてくれるから余計になのかも、と素直に口にした。
 だが、それは逆効果だったのだろうか。
 ラスティが微妙に頬を引きつらせている。
「まぁ、ラスティ達に関しても、かなり気は長くなれると思うよ」
 今のところはだけど……とキラは心の中だけで付け加えた。これからどうなるか、は彼らと付き合ってみないとわからないから、とも。
「了解。それについて言えば、俺はかなり有利だ、って事だよな」
 なんせ、すぐ側に《ミゲル》がいるんだからその点は注意をしてくれるだろう……とラスティは笑い返してくる。
「でなけりゃ、アスランに聞くさ」
 聞けば教えてくれるだろう、と言う彼に、キラは笑みを返す。
「そうだね」
 同じ場所にいればきっと彼がやりすぎたと判断すれば制止するだろう……とキラも判断した。
「そうしてくれることを期待しておこうかな、僕も」
 友達が増えるのは大歓迎だし……と言えばラスティもさらに笑みを深める。
「そう言うこと」
 お互いに……という彼の表情に、キラは何かを感じた。それが何であるのかまでははっきりとわからない。だが、好ましいと思えるものだからかまわないか、とも思う。
「じゃ、その第一段階として、OSの調整をして上げようか。それとも、自分でやる?」
 今説明した程度で理解してくれたのならば、それでもかまわない……とキラは付け加えた。ただ、それを真に受けて貰っても困るけど……と心の中で呟くのも忘れないが。
「いいよ。とりあえず、自分でやってみる。わからなくなったら、声をかけてもいいよな?」
 そんなキラの内心を的確に受け止めたのだろうか。ラスティはこう口にする。そんなラスティの言動に、キラは彼に対する評価のプラス項目に星を一つ付けた。
「了解。なら、僕はストライクの方にいるから。わからなくなったら呼んでね」
 その前にバックアップを取っておいてくれるとありがたい、とキラはさらに言葉を重ねる。そうすれば、ラスティもわかったというように頷いて見せた。
「とんでもない事態を引き起こす前には声をかけるよ」
 この言葉に、キラは了解というように彼の肩を叩く。そして、そのままジンから離れた。
 そんなキラと入れ替わるかのようにミゲルがこちらに移動してくる。
「あんまり、甘やかさないでね」
 擦れ違いざま彼にこう囁けば、
「わかっているって。ただ、まずいところを触らないように監視しておこうと思うだけだって」
 即座に言葉が返ってきた。それを何処まで信用すべきか悩むところだが、彼を信用することにする。
 そのままストライクへとキラは向かっていった。



進まない(T_T)
30回で終わるのか、これ……