ラボの建物内にまで爆発の震動が響いてくる。
「……何があったのかな……」
 カズイが不安そうにこう呟く。
「工場の方で、何か爆発があったようだけど……」
 事故かな……と口にしたのはサイだ。それにトールやミリアリアも不安そうな態度を見せている。
 ただ一人、キラだけはそれが何の合図なのかを知っていた。
 知ってはいたが、彼らに伝えるわけにはいかないだろう。それよりも、出来ればこの友人達を安全な場所へと移動させたい。もう一人、カトーを訪ねてきた客人も含めて。
「あ、おい!」
 それなのに、どうしてこうも予定外の行動を取ってくれるのか。いきなり駆け出した客人に小さく舌打ちをすると、キラはその後を追いかける。
「キラ!」
「怪我をさせるわけにはいかないだろう? 大丈夫だから」
 自分はコーディネイターだから多少のことは対処できる、とキラは彼らに微笑みを返す。それに納得をしたわけではないだろう。だが、下手に着いていけば足手まといになると判断したのか、
「気を付けてね」
 の言葉だけで彼らはキラを送り出してくれた。
「みんなも、安全なところにいてね」
 キラも彼らに言葉を残す。そのままラボを出れば、見知った青年がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、カトーゼミの面々を心配してくれてのことらしい。
「なら……任せちゃっても大丈夫だね」
 大人が一緒であれば彼らも無謀なことはしないだろう。
 なら、自分は目の前のことに専念すればいい。
 気持ちを切り替えると、キラは目の前の相手を追いかけた。
「カガリ!」
 周囲に誰もいない、と判断したところでキラは相手に呼びかける。その瞬間、目の前の相手の足が止まった。
「……お前……」
 振り向いた相手の瞳がキラをまじまじと見つめる。
「まさか……」
 そして、その黄金の瞳が大きく見開かれた。それは、驚愕のためなのだろうか。それとも、別の理由からなのか。
「キラ、か? キラ・ヤマト」
 震える唇からこぼれ落ちた自分の名前に、キラは頷く。その瞬間、彼女の表情がうれしさに変わった。

 だが、それも一時のこと。
 進んだ先で自分たちが目の当たりにしたのは、ヘリオポリスの一般市民が想像もしていなかった現実だ。
「……一体……一体、誰が……」
 カガリがその場に崩れ落ちる。
「話だけは……噂だけは耳にしていたんだ……でも、まさか本当だったなんて……」
 自分たちは中立を保たなければいけないのに……とカガリはショックを隠せない。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。
 キラは目の端でザフトの兵士が倒れるのを捕らえていた。
 彼らは覚悟の上でこの場にいるのだ。そして、その家族も……
 しかし、カガリは違うだろう。
 例えどれだけ本人が望んでも彼女はこの場に来ることを許されるはずがないのだ。そして、自分だったとしても許すわけがない。
「カガリ、立って!」
 カガリは、こんな場所で命を落としてはいけない存在なのだから……キラは心の中でこう呟くと、無理矢理彼女を立ち上がらせる。
「シェルターに行くんだ!」
 そして、彼女の耳元でこう叫ぶ。
「でも!」
「君はここで死んではいけない! 怪我をすることもだ。その理由は、言わなくてもわかっているだろう?」
 カガリの反論をキラは封じる。
「カガリでなければ出来ないことがたくさんあるんだ!」
 もちろん、自分でなければ出来ない事も……
「自分が負っているものは何か、僕に言われなくたってわかっているだろう?」
 キラの言葉に、カガリは小さく頷く。感情では認められないが、だが理性では納得している……と言うところなのだろう、とキラは判断をする。だから、もう大丈夫だろうと。
「すまない、キラ……私は、お前に甘えていたな」
 キラに手を取られて走りながら、カガリはこう口にする。
「甘えてくれるのは嬉しいよ。でも、状況が状況だから」
 もっと違う状況であればいくらでも甘えて欲しいんだけど……とキラは微笑む。
「もちろん、その時はお前も甘えてくれるんだよな?」
 こう言い返してきたカガリにさらに笑みを深めると、キラは頷いた。その表情のまま周囲を見回せば、シェルターの入口が見える。
「カガリ、あそこ!」
 それへと駆け寄ると、キラは強引に中へと彼女を押し込む。
「キラは!」
「僕には、まだやることがある」
 だから、平和になったら会おう、みんなで……と言いながら、キラは入口を閉じる。
「キラ!」
 カガリの、悲鳴のような叫びがキラの耳に届く。しかし、動き出したシャッターを止める手だてを彼女は持っていなかった。
「これで……カガリはとりあえず安全かな?」
 その事実を確認すると、キラは表情を一変させる。
「なら……僕は僕のなすべき事をしてしまわないとね」
 工場まで戻り、状況を確認しよう。そして、必要があれば、彼らのやり残した仕事を引き継がなければならない。その必要がないときには……
 キラは脳裏でこれから自分がしなければならないことを書き出していく。
 同時に、その脚は再び床を蹴っていた。



ちょっと短いですね。
一応、この話のキラは自分の出自について知っています。