「……シミュレーションでかまわないから、アイツと手合わせをさせて欲しいよな……」
 ニコルと何か会話を交わしているキラを見つめながら、イザークがこう呟く。
「その気持ちはわかるけどな……はっきり言って、無理じゃねぇ?」
 キラのスケジュールは下手をすればクルーゼよりも過密だと言っていい。
 その事実はディアッカに指摘されなくてもわかっていた。
 もっとも、何事もなければ今のようにゆっくりと休憩を取れるのだが……現状から言えば、何かあることの方が多いのだ。
「特にさ。お前の機体はかなり手直しをしたいって言っていたしな」
 今日も、キラがガモフに来たメインはそちらなのだ。ニコルのブリッツをチェックしていたのは、デュエルの方の作業が進まずに、キラの出番がなかったから……なのだ。
「それもわかっているんだが……」
 強い相手と手合わせをしてみたい、と言う欲求を抑えられないのだ……とイザークは口にする。
 見た目と違って、キラがかなりの実力の持ち主だ、というのはこの前の一件でわかっていた。しかも、状況を分析し、判断する能力もかなりなものだろう。あの《エンデュミオンの鷹》相手をしながら、敵のMSの存在に気がつくのだから。
 だからこそだ。
 自分とどちらが上なのかを確認したい、と思ってしまう。
 いや、アスランやミゲルと同じように、彼に認めて貰いたい……と言うべきなのか。どれが正しいのか、イザーク自身わからない。
「まったく、お前らしいよ」
 そんなイザークの耳に、ディアッカの苦笑を滲ませた声が届いた。
「だけどな。頼むから、あいつが倒れるような原因にだけはなってくれるなよ?」
 そんなことになれば、誰から何を言われるかわからない……とディアッカが言いたい相手が誰か、イザークにもわかってしまう。
「アスランやミゲルはともかく……隊長にだけは恨まれたくないしな」
 だから、強引に物事を進めるつもりはない、とイザークは付け加える。
 その時だった。不意にキラの視線が自分たちへと向けられたような気がしたのは……
「イザーク」
 だが、それが錯覚ではなかったことにすぐ気がつく。キラが彼の名を呼んだのだ。
「何か?」
 即座に答えを返せば、
「ゴメン、ちょっと確認したいことがあるんだ」
 かまわないかな……と言う言葉が返ってくる。
「今、行く!」
 どうやら、何か重要なことを思い出したらしい。そう判断をして、イザークは床を蹴った。そんな彼の後をディアッカが付いてくる。間違いなく、それは好奇心だろう。それについて、後でどうしてやろうか……と思いながらも、キラの側にイザークは立つ。
「ゴメンね、呼びつけて……ちょっと、イザークの操縦のクセを確かめたいんだ。よければ、これからシミュレーターまで付き合ってくれるかな?」
 実戦形式で確認をすれば、その方がわかりやすいから……とキラは微笑んでみせる。
「それは……こちらからお願いしたい内容だな」
 実際、今、そう思っていたところだし……とイザークは笑い返す。その笑みの中に、好戦的、とも言える色が滲んでいるであろう事をイザーク自身、否定はしないし、する気もなかった。
「そうなんだ」
 しかしキラはまったくそれに動じる様子を見せない。相変わらず、どこかふわふわとした様子で言い返してくる。
「じゃ、移動しようか」
 そんな彼の様子が余裕にも感じられてならない。
 少しは自分の実力を……とイザークが心の中で呟いたのは事実だった。

「しかし、まぁ……一撃も加えられなかったなんてな」
 あそこまで実力差があるとは思わなかった……とディアッカは口にする。そんな彼の視線の先では、イザークががっくりと肩を落としていた。
「と言うより、イザークの攻撃パターンが、ある意味マニュアル通りだった……って言うことかな?」
 そんな彼らの耳に、キラの声が届く。それからは、先ほどまでの厳しさは消えている。
「って、どういう意味だ?」
 ディアッカの目からすれば、イザークの攻撃は教科書通り、とは言えないと思う。
「……あれが、中・遠距離攻撃に特化した機体――例えばバスターだよね――での攻撃であれば理にかなっていると思うよ。でも、デュエルは近距離攻撃用の機体だ。しかも、言っちゃなんだけど、他の機体のプロトタイプだ、とも言えるよね?」
 それは理解しているか、とキラは確認をするように問いかけてきた。
「……もちろんだ……だから、あれについて装甲その他を開発しているのだろうが」
 本当は怒鳴り返したい……と思っているのだろう。だが、キラのあのふわふわとした口調のせいで気勢がそがれている、と言った状況らしいイザークに、ディアッカは内心で苦笑を浮かべる。
「デュエルのバッテリーは内蔵分だけ――これに関しては、何とかするけど――なのに、あれだけ派手にビームライフルを連射すれば、フェイズシフトダウンするのはわかっているよね? それが、ある意味、マニュアル通り、て思ったわけ。ステロタイプって言い直した方がいいのかな? それとも」
 つまり、キラはイザークのあの攻撃の仕方がわかりやすい……と言いたいらしい。
 こう言われてしまえば、イザークも納得するしかないのではないだろうか……と思いながら、ディアッカは視線を彼へと向けた。
「ついでに言えば、イザークのねらいは的確だからね。余計に避けやすいって言える」
 計算しやすいから……とキラは笑った。
「……普通、その前に撃墜されますって……」
 この言葉に、ニコルは感心していいのかどうかわからない、と言う口調で呟く。
 逆に言えば、それができるからこそ《キラ》は強いのかもしれない……とディアッカは心の中で呟く。それは、普段の生活からは考えられない……とも。
「だから、少しはバッテリーを温存して戦うことも覚えて欲しいな……って思うんだよね。もっとも、どうしてもイザークが今のスタイルを変えたくない……というのであれば、考慮はするけど」
 ただ、最悪の場合、機体を変更する可能性もあるよ……とキラは言い切る。
「……わかった……」
 そんな彼に対し、イザークが小さく呟く。
「戦闘中にフェイズシフトダウンを起こした場合、死ぬのは俺だ。だが、最悪それだけではすまない可能性がある、と言うことだろう」
 自分が死ぬのであればそれは自業自得、とも言えるがそのせいで作戦が失敗し、他のものまで巻き込むわけにはいかないからな……とイザークは口にする。
「……及第点……かな」
 イザークの言葉に、キラは苦笑と共にさらに言葉を重ねた。
「キラさん?」
「ウチの隊長は笑って聞き流すだろうけどね。他の隊と合同任務に就いたときにはそんなこと、言わない方がいいよ?」
 ただでさえ、あの人嫌われてるから……と平然と口に出せるのはキラだけではないだろうか。
 ディアッカだけではなく、他の二人もそう思っているらしい。今までとは違った視線を彼へと向けている。
「もっとも、本人は、いくら僕たちがそう言っても聞く耳を持ってくれないから困るんだよね」
 泣き落としでも何でも通用する相手であれば楽なのに……と、キラはため息をついて見せた。
「泣き落とし、ですか?」
「そう。本気で泣けばいいんだろうけど、別段、僕に実害があるわけじゃないからね。だから困るんだよ」
 実害があるなら、どんな手段でも使って直させるんだけど……と言うところをみれば、実際にクルーゼ相手にそうした経験がある、と言うことなのか。
 だとしたら、尊敬なんて言うものではないぞ……とディアッカは思う。同時に、だから彼はミゲル達に《天然小悪魔》何て言われるのだろうか、とも思ってしまう。
「……敵にだけはするのをやめておきましょう、キラさんは……」
 ニコルのこの呟きが、三人の思いを代弁していた。



アスランがあんなバカなことをしている間、キラはまじめにお仕事をしていたようです(苦笑)