痛い……
 それが、地球軍の兵士に撃たれたせいだ……と言うことはわかっていた。
「……し、ぬ……」
 のかな、自分は……と続けようとした言葉も声にはならない。
 帰ると約束をしたのに。
 自分が押し切って、ようやく手に入れた相手に、必ず帰ると約束をしたのに……
 彼との約束を果たせないのだろうか。
 その事実に、肉体の痛みよりも強いそれを感じてしまう。
「生きているか?」
 その時だった。
 耳に心地よいと思える声が届く。それに、無理矢理まぶたを開ければ、春の野原に咲く菫の花の色が見えた。
「生きているね。なら、少し我慢してくれるかな」
 ヴェサリウスに連れて帰って上げるから……とその声が告げてくる。
 相手が天使だろうと悪魔だろうと、誰でもかまわない。再び自分を彼に会わせてくれるなら。
 小さく頷くのが、自分が意識をして行った最後の動作だった。

 キラはモニターに映されたものを見て、小さくため息をつく。
「まぁ、時期だとは思っていたけどね……」
 それにしても、もう少し余裕を与えて欲しいよな……と付け加えた。でなければ、準備も何も出来ないであろうと。
 だが、同時にそんな不条理さもまた戦争の為なのだ……と言うこともまた事実なのだろう。
 しかし、その不条理さとは一番遠い場所に位置しているのが、ここ、オーブではないだろうか。少なくとも、表面上は……
「キラ!」
 その時だ。キラの耳にこの地で出来た友人の声が届く。
 その事実に、自然と口元に微笑みが浮かんだ。
「こんなトコにいたのかよ〜。カトー教授がお前のことを探してたぜ?」
 だが、それも一瞬のこと。
 このセリフを耳にした瞬間、その笑みが強張ってしまった。はっきり言って、それは厄介事と同意語だ、と言う認識がキラの中にはあるのだ。
「また〜〜?」
 やめてくれよ……とキラは心の中で付け加える。
「見かけたら、すぐ引っ張ってこいって」
 それが表情に出てしまったのだろう。トールが苦笑を浮かべながら言葉を続けた。
「なーに? また何か手伝わされているの?」
 大変なのね……とミリアリアが同情を滲ませた視線を向けてくる。
「ったく〜。昨日渡されたのだって、まだ終わってないのに」
 何で自分だけ……とキラは思わずぼやいてしまう。
「仕方がないわよ。キラがやるのが一番早いし、確実なんだもの……手伝って上げられなくてごめんなさいね」
「そうそう。俺達じゃ、せいぜい、教授のメモを整理するぐらいしか出来ないもんな」
 悪い……と付け加えてくる二人に、キラはいいというように首を横に振ってみせる。こう言ってくれる彼らの気持ちだけで嬉しい、と思うのだ。
「おっ? 新しいニュースか?」
 それに安心してようやく、キラのパソコンに表示されていたままのニュースデーターに気がついたのだろう。トールが問いかけてくる。
「あぁ……華南だって」
 キラはかすかに眉を寄せながら答えを返す。
「ひぇぇっ……先週でこれじゃ、今頃もう落ちちゃっているんじゃねぇの、華南」
 それは間違いなく彼の正直な感想なのだろう。戦争を知らない彼らにしてみれば当然の反応でもある。
「華南なんて結構近いんじゃない? 大丈夫かなぁ、本土」
 オーブ本国の生まれであるミリアリアの瞳に不安そうな色が浮かぶ。
 いや、彼女だけではない。
 キラにしてもトールにしても、両親をはじめとする親族は皆、オーブ本土にいるのだ。万が一、本土にまで戦禍が及べば人ごとではない。
 ようやくその事実に思い当たったのだろう。トールも顔をしかめた。
「あぁ、それは心配ないでしょ。近いったってウチは中立だぜ。オーブが戦場になるなんて事はまずないって」
 だが、自分がそんな表情をしてはミリアリアを不安にさせるだけだ、と判断したのだろう。すぐにいつもの調子に戻ってこう口にした。
「そう、よね……大丈夫よね?」
 ミリアリアが自分を納得させるように言葉を口にする。
「大丈夫だよ、ミリィ。地球軍もザフトも、オーブに攻め込む理由なんてないんだから」
 キラはパソコンを一度終了させながら彼女に声をかけた。
「それに、オーブがあるからこそ、辛うじて地球連合とプラントの絆も繋がっているんだし……和平の可能性だって、まだゼロじゃないんだから」
 だから、オーブが戦場になることはない。
 こうは口にしながらも、それが楽観論であるとキラは自覚していた。それでも、彼女の悲しむ表情は見たくなかったのだ。友人として、コーディネイターであるキラを差別しないで付き合ってくれた彼女だからこそ、大切にしてやりたいとも思う。
「そうだぞ、ミリィ。俺の言うことは信用できなくてもしれないけど、キラの言葉なら信じてもかまわないだろう?」
 それは恋人としてどうなのか……とトールの言葉にキラは苦笑を浮かべてしまった。
「そうね。キラは嘘を言わないから」
 だが、ミリアリアはあっさりと納得してしまったらしい。しっかりと頷いている。
「トール……」
「言いたいことはわかっているけどな、キラ……いいんだよ、俺は。ミリィさえ笑っていてくれれば」
 キラにも、いつか自分の気持ちがわかるときが来る……と彼は口にした。
「……僕にだって……そういう相手がいないわけじゃないんだけどね……」
 ただ、その相手がすぐ身近にいないだけで……とキラは心の中で付け加える。その相手は、今、自分から遠い場所にいるのだ。だが、それを彼に言っても仕方がないことだろう。
「そっか……いつか、会わせてくれよな」
 キラのそんな気持ちを読みとってくれたのだろうか。彼はこう言ってくれる。
「うん。機会があったらね」
 キラは微かに頷くと立ち上がった。
「それよりも、ラボに行かないとまずいよね」
 行きたくないけど……とキラは小さくため息をついてみせる。
「諦めろ……としか言ってやれないよな」
 がんばってくれ……とトールがキラの肩を叩く。それにキラは苦笑を返した。

 それが、キラのカレッジ学生として最後の会話だった。



と言うわけで、プロローグはラスティの視点です。アスキラ視点メインになるのかなぁ……ミゲラス視点にしたい気もするけど……う〜ん