この照らす日月の下は……
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アスランという邪魔しかしない存在が退場したからか。そこから後はさくさくと話し合いが進んだ。
「部下が申し訳ないことをしたね。これ以上、あれが君に関わることがないように最善を尽くさせてもらうよ」
ラウがそう言いながらキラに頭を下げる。
「はい……それで十分です」
アスランが二度と自分の行動を縛ろうとしないなら、とキラは心の中でつぶやく。
「大丈夫ですわ。わたくしも父に言いつけますもの」
自分の目の前でオーブの女性を強引に口説いていた、とラクスは笑う。しかもそれが《妻の親友の娘》だと知れば、間違いなくアスランに厳しい視線を向けるはずだ。
「最悪、ザフトを追放されないまでも本国勤務になるでしょうね」
そうなれば監視もたやすい、と彼女は続けた。
「……そうでなくとも、オーブと関わることがない部隊に回されるでしょう」
ラウもこう言ってくる。
「パイロットとしては有能ですからね。できればどこかの基地で防衛戦に加わってくれるのが一番だが……」
そうなれば勝手に動くかもしれない。それはそれで問題だろう、と彼はため息をつく。
「そのあたりのことはこちらで考えればいいことか」
だが、すぐに彼はそういう結論に達したらしい。
「少なくとも、私も上層部にアスランがオーブに接触することは本国のためにならない。最悪、サハクとアスハを敵に回す結果になると報告しておきましょう」
そこから後は上の判断次第だ、と彼は肩をすくめつつ口にした。
「その旨を記した文書を我々の署名入りで用意しよう」
言葉とともにミナが端末を操作する。間違いなく彼女たちはそれを事前に用意していたのだろう。ラクスに持たせれば、彼女にとってプラスになると判断していたのかもしれない。
「それは助かります」
信憑性が上がります、とラウが即座に言葉を返してくる。
「必要があれば部下達も証言をしてくれるでしょうがね」
そう言いながら彼は隣に戻っていたミゲルへと視線を向けた。
「あれを見せられてはしないわけにはいきません」
アスランの奴、そちらのお嬢さんを拉致監禁しかねなかった。それは彼なりに自分の推測をぼかした表現なのだろう。
アスランが実際に行動に移した場合、どこまで暴走するか。それなりに一緒に過ごしたキラですら想像がつかないのだ。
「実はやばかったんだな、こいつ」
そう言ったのはディアッカだ。
「優等生だとばかり思っていたぜ」
「それは否定しない」
イザークもそう言ってうなずく。
「父親の言うことを聞くいい子ちゃんだと言われていたしな」
それは単に、そうするのが一番楽だからだろう。下手に反発をしてあれこれ言われるのが煩わしかったのではないか。
「と言っても、父親も似たようなものらしいが」
「亡くなられた奥方の復讐をすることが最大の目的になっているらしいからな」
そうか。レノアはなくなっていたのか、とキラは心の中だけでつぶやく。それもあってアスランはザフトに入ったのかもしれない。彼は母親になついていたから、と続ける。
でも、それはどうしてなのだろう。
彼女は農作物についてあれこれと研究していたから、ユニウスセブンの事件に巻き込まれたのかもしれない。
そして、彼女がいなくなったから誰もアスランを止められなかったのだろう。
「……悲しくて怖いね、それは」
それだけ好きだった人を失った人の気持ちが、とキラはつぶやく。
「だからといって、他の者の意思を無視していいわけではないからの」
世界が自分を中心に回っているわけではないと、この年齢まで理解できない方がおかしいのだ。ギナはそう言いながらキラの髪をなでてくれる。
「あやつの世界がどれだけの広さを持っているのか、我にはわからぬがな」
おそらくだが、と彼はさらに言葉を続けた。
「父と母、それに今はいなくなったキラだけがあやつにとっては自分の世界の登場人物で、それ以外はどうでもよいモブだったのだろう」
登場人物だから、自分の好きに演出してよい。ただ、両親に関しては生まれたときからの暮らしで『そういうものだ』とすり込まれていた。しかし、キラは途中から顔を合わせるようになったから、自分の好きに動かせると認識してしまったのだろう。
「パトリック・ザラがそうだからの」
あれはある意味血筋よ、とギナは続けた。
「アスランの性格はお父君そっくりだとうちの父も言っていましたわ」
そういえば、とラクスが教えてくれる。
「ですから、今回のことも皆様、納得してくださるでしょうね」
「……そうですね。俺たちも聞かれたら素直に話しますし……かまいませんよね、隊長」
「そちらのお嬢さんの名誉に関わるからね」
ミゲルの問いかけにラウがあっさりと許可を出す。
「それにしても……謝罪をする予定が予想外の事態で遅れてしまい、申し訳ありません」
ヘリオポリスのことも想定外だった。状況が落ち着き次第、それに関する保証の話も外交ルートで出るだろう。そう彼は続ける。
「……それに関しては話として聞いておこう。我らでは判断できぬ」
五氏族の当主が話し合って返答することになるだろう、とミナは言い返す。
「それと……必要でしたら、そのときの映像もお渡ししましょう。地球軍にも請求できるはずです」
「それはありがたく受け取るが……手心を加えるかどうかは首長達の判断次第だぞ」
「わかっております」
にこやかに交わされる会話の内容が怖い。と言うよりも、これを笑顔で口にできる世界が怖いと言うべきなのか。
それを平然とできるような精神の強さが政治の世界で生きるためには必要なのだろうか、とキラは心の中でつぶやく。だとするならば、自分には無理だ。遠ざけてくれているサハクの双子やカガリ達に感謝するしかない。
「……普通の技術者でいいや、僕は……」
そう口の中だけでつぶやいたつもりだった。
「お前はそれでよい」
しかし、しっかりとギナの耳に届いてしまったらしい。こう言い返される。
「お前の作るものは父君と同じで皆の役に立つ。だから、自信を持て」
政治のことは自分たちに任せておけばいい。そう言われて首を縦に小さく振って見せた。
「さて……それではラクス嬢。ぐだぐだになったが、本国に戻られるがよい」
「名残惜しい気はするけど、戦争が終わればいつでも会えるか」
ミナとカガリがラクスにほほえみかける。
「そうですわね。キラもそのときにはまた一緒に出かけましょう?」
ラクスもようやくいつもの笑みを浮かべるとこう言ってきた。
「そうだね。皆と一緒にゆっくりとおしゃべりしようね」
いつか、絶対にその日が来る。そう信じて言葉を返す。
「では、ラクス嬢。こちらに。ランチの中ではアスランとじっくりと話をされてかまいませんので」
「すてきですわ」
どうやら、アスランにはまだまだ苦行が待っているらしい。それでも同情する気になれないのはこのままでは彼のためにならないと考えているからか。
自分でもわからない。ただ、不幸にならなければいいな、とキラはそっとため息をついた。