この照らす日月の下は……

BACK | NEXT | TOP

  75  



 ギナの影に隠れるようにしながらキラが姿を見せる。
「キラ!」
 それをめざとく見つけたアスランがその名を呼ぶ。その瞬間、彼女はおびえるかのようにギナの背中にすがりついた。
「キラ、俺だ!」
 それが気に入らなかったのだろう。アスランがそう叫ぶ。だが、キラはますますギナにすがりつくだけだ。
「ザフトの軍人というのは最低限の礼儀も知らぬのか?」
 全く、とキラをかばいつつもギナは口を開く。
「釣り上げられた魚のようにじたばたして見苦しいにもほどがある」
 同時に、キラをここまで怖がらせるとはどれだけのことをしてくれたのか、と怒りすらわいてくる。
「申し訳ありませんな、ギナ様。それがうかつに動いて万が一のことがあってはいけないと拘束したのですが」
 苦笑とともにラウが声をかけてきた。
「いや、その判断は正しいかろうよ」
 ミナが彼に向かってそう言う。
「そうでなければ、今頃キラを連れてランチに籠城ぐらいしていたかもしれぬな」
 彼女がそこまで言うとは自分がキラを迎えに行っている間に何があったのかと思ってしまう。
「……やっぱ、あんときの女の子じゃん」
 雰囲気を変えようとしたのか。それともアスランの存在が気に入らないのか。彼を押さえつけていたザフト兵の一人がそう声をかけてきた。
「ディアッカ?」
「ほら。ラスティがけがをしたとき、シェルターの中にいた子だ」
 お前も覚えているだろう? と言われて銀髪の少年がキラの方へと視線を向ける。
「本当だ。あのときは助かった。あいつも回復している」
「それはよかったです」
 思い当たることがあったのか。少しだけ顔を出すとキラはそう言い返す。
「キラ!」
 だが、アスランの声が聞こえると同時に彼女はまたギナの背中に隠れた。
「……ここまでされてもわからないとは……あなたの目は本当に節穴なのですね?」
 ラクスが本当にさげすんでいるとわかる声音でアスランに声をかける。
「あなたが知っている《キラ》は男の子だったのでしょう? わたくし、三歳の頃から彼女を知っていますが、ずっと女の子でしたわ」
 証拠の画像データーもあります、と彼女は続けた。
「それに、お前が月にいた頃、キラはちゃんとアメノミハシラにいたぞ」
 カガリもそれに乗る。
「確かに。IDもちゃんとあるが?」
 ミナもそう言いながら視線をソウキスへと向けた。即座に近づいてくる彼の手にはタブレット型の端末が握られていた。それを受け取ると彼女は何か操作する。そして、その次にアスランの鼻先へとそれを突きつけた。
「さて……これでもまだ同一人物だ。自分の幼なじみだと騒ぐのかな?」
 おそらく二人分のIDが別々に表示されているのだろう。セイラン対策で作っておいたそれがここでも役に立ってくれるといいのだが、とギナは思う。
「キラ、大丈夫だ。ちゃんとあれは退治するゆえ」
 とりあえず、彼女を安心させるように声をかける。
「はい」
 素直にうなずいてみせる彼女の声音には自分に対する信頼があふれていた。それに気づいたのだろう。アスランが奥歯をぎりぎりとかみしめている。
 本当に、婚約者の前でそんな表情を見せるとは、まだまだ未熟だな。
 たとえ気に入らぬ相手でも、家同士の結び付きのためならば、相手を尊重するのが当然だろう。
 しかも、だ。
 ここは身内だけの空間ではない。非公式とはいえオーブとプラントの外交の場だ。そこで私情を優先するとはあきれるを通り越して頭痛の元だ。
 もっとも、本人はそれを認識していないようだが。
「なら、どうして俺のことを見て反応したんだ?」
 まだ納得できないのか、アスランがキラへと問いかける。
「かまわん。正直に言え」
 ため息とともにギナはキラを促す。
「また……僕の居場所を壊されるのかと思って……」
 そうすれば彼女はこう言う。
「何で!」
「だって、来ないって……あそこは身内だけしか使わないからって言われてたのに、急に入ってきて大声で怒鳴ってきたし……」
 以前もそんな軍人のせいで引っ越すことになったから、とキラは何とか言葉を綴った。
「いまは別の意味で怖いです」
「と言うと?」
 ラウが先を促すように声をかけてくる。
「あの子から聞いたことがあります。自分のことを縛る友人がいて、好きなことができなかったって。新しい友達も作れなくて寂しかったと」
 それがとてもいやだった、ってそう言っていた。それは間違いなくキラの本音だろう。
「そんなことはないだろう、キラ! 嘘を言うな」
「本当です。だから、あの子が死んだとき、それを悲しんだのは身内だけです。悲しんでくれる友達がいなかったから」
 きっと自分たちがいなくなったら、誰も彼のことを思い出すこともないだろう。そうしてその存在が消えていくのは悲しいことだ。
「そうさせたのはあなたですよね?」
 強引に自分のそばに縛り付けて、そして、誰一人近づけなかったのだから。
「母さんですらあの子のことを忘れていますよ。それなのに、自分の非を認めないあなたなんて、僕は大嫌いです!」
 自分の感情以外はどうでもいいと思っているアスランには意味がない言葉かもしれないけど、とキラは一息に言い切る。そのまま彼女はギナの背中に抱きついてくる。
「……ここまで言われても理解できぬのであれば、お前の存在はアスハとサハクにとって害悪だ、と認定するがかまわないか?」
 キラにはこれ以上無理だろう。そう判断したのか。カガリが口を開く。
「当然、お前に関わるもの達もそれに準ずるぞ」
 ザラに関わる企業に納入するあれこれの値段を引き上げるとかな、と彼女は唇を器用に片側だけ持ち上げる。
「卑怯だぞ!」
「お前が先にこちらの指示を無視したんだ。その上暴言だからな。当然の結果だろう?」
「そうですわね。わたくしも見ていましたわ」
 カガリの言葉にラクスもうなずく。
「あなたがきちんと謝罪し、二度とオーブには関わらないと言わない限り、彼女たちの怒りは解けないでしょうね。もちろん、わたくしの怒りもです」
 ラクスがきっぱりと言い切る。
「これ以上話しても無駄だというのでしたら、さっさとそれを連れて行ってくれませんか?」
 話し合いの邪魔だ、と続ける彼女にカガリもうなずいて見せた。
 アスランはと言えば、キラに『大嫌い』と言われたのがショックだったのか。「嘘だ」とか「これは夢だ」などとつぶやいている。
 これは確かに使い物にならないだろう。だが、ラウはどうするつもりなのだろうか。そう思いながらギナは視線を向ける。
「イザーク。それにディアッカ。見苦しいからランチに放り込んでおけ」
 確かにそれが一番無難だろうな。そう思いながらこれで終わればいいが、とギナは心の中でつぶやいていた。


BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝